113話 S級昇級クエスト・『神殺しの魔窟』
――ダンジョンの中は基本的にどこも少しヒンヤリとしている。99個あるダンジョンの中には火山に隣接しているものもあり、そこだけは例外的に高温だが基本的には涼しい場所がほとんどだ。
それは『神殺しの魔窟』も例外ではない。
「中の方が逆に暖かいの変な感じだよな」
「ん?そう?」
雪の降る極寒の地・ヴァルニルドと比べれば、屋根があり風が吹かないダンジョン内の方が比較すれば温度は高いのだろう。変な感じはするが理解はできるし、どうせすぐになれる。これから何か月もこの中を進むのだから。
「やっぱりこの中でも道分かったりするのか?」
問いかけると、シーラはさも当然とばかりに頷いて進行方向の少し左を指さす。
「うん。もう少し進むと分岐がある。そこは左」
「あぁ、だよな。分るよな、やっぱり。助かるわ」
「当たり前」
そのまましばらく無言で進むと、シーラは不意に勢いよく振り返る。
「それはおかしい。なにが助かる?」
一瞬ギクリ、としてそれをシーラに気づかれない様にできる限り平静を装い笑う。
「いや、道が分かれば最短距離で行けるだろ?助かるなぁって。前は迷いながらだったから、かなりかかっちゃって」
シーラは鑑定するようにじっと俺の目を見る。
「だからそれがおかしい」
俺が言葉に詰まると、再びシーラは踵を返す。その両手には漆黒の双剣。
「話はあと。嘘はダメ」
音もなく、金色のたてがみを揺らす巨大なオーガが三頭。シーラはふぅと短く息を吐き、オーガの攻撃に合わせるように、後の先に徹した省エネな動きで、一振り毎に彼らの首を両断していく。最後の一体に至っては防御した金砕棒ごと首を落としている。相も変わらず、俺が見えるくらいの速度で、さほど魔力を込めているようにも思えないのに。その動きはもはや達人の域に片足踏み入れているのではないだろうか?
「すげぇな、相変わらず」
「簡単。角度とタイミングを間違えなければ平気。あんまり力入れなくても切れる」
「……それを簡単って言えるのがすげぇんだよ」
オーガの魔石は胃にあることがほとんどだ。シーラは魔石を取り出し、隠すこともなくぽいっと口に放り込む。
「終わり。話の続き」
そう言ってシーラは手を伸ばす。
「出して。あるはず。嘘はダメ」
確信に満ちたその声に、俺は観念して収納魔石を開く。その奥の奥、一番奥に封じた箱の更に奥。12年間一度も開いていない日記帳を取り出す。
「……はは、なんでわかるんだよ」
日記帳を受け取り、シーラは得意げに微笑む。
「毎日ごはんのあとに書いてる。だから、前も書いてるはず。と、思った。なんで隠す?」
立場が逆転し、俺はいたずらを叱られる子供の用に歯切れ悪く答える。
「だってさ、前は間違えて、間違えて、進んだからさ。まっすぐ行けるならその方が効率的だ。お前だってその方が絶対いいだろ」
効率優先、時短で行くならそれが最適解。その言葉ならシーラは揺れるはず――、なんて汚い算盤勘定を無意識に行ってしまい自己嫌悪。だが、シーラは毅然と首を横に振る。
「いいはずない。いい?これから私たちはこれを見て進むから」
そう言って、日記帳をひらひらと揺らし、シーラは決意を秘めた目で俺を見て宣言する。
「リューズが夜眠ってる時にもう叫ばないように。もう悪い夢を見ない様に。全部私が楽しいで上書きするから。もう大丈夫だから」
シーラが言うように、俺は12年間ずっと夢に見る。レオンと、バルドと、マリステラの最期を。何もできなかった自分を。夢に見て、声を上げ、目を覚ます。その繰り返し。
「だからもう泣かないで」
と、言われた傍から泣いている俺。
「……じゃ、じゃあ泣かせにくるのやめてくれませんかねぇ!?言っとくけどな、俺元々こんなに泣かねぇんだからな!?お前と会ってからだよ!」
「リューズ。人のせいにするのはよくない」
「……仰る通りっすね」
――12年ぶりに開いた重厚な黒革の日記帳。
それは『神殺しの魔窟』に入った日から書き始め、守護者の間の直前で終わっている。
「こらこら、読みながら歩くと危ないぞ」
「平気。問題ない。敵が来たらわかる」
楽しそうに、弾む足取りでシーラは魔窟を進む。
しばらくして立ち止まり、わくわくと興味深げに周囲を見渡す。
「どうかしたか?」
「ん?この辺でバルドが罠に掛かったって書いてあるから。あはは、しょぼっ」
「しょぼい言うな」
「ねぇ、リューズ。罠作って。落とし穴」
「作りませんっ」
「まだどっかあるかな」
「……あんじゃねぇの?知らんけど」
ダンジョンが陵墓だとするのなら、罠があるのも頷ける。もしかしたら魔物だって、侵入者を防ぐ為の墓守なんじゃないのか?って思ってしまう。
ダンジョンが陵墓だとするのなら、じゃあ【祝福】は?
考えてゾクリと背筋が冷たくなる。
それは、もしかして墓荒らしへの呪いなのではないだろうか?
俺も、アミナも、セレスティアも感じていたその感覚は、正しいものだったのではないだろうか?アクティカだって、あいつが楽しんでいるだけで、人によっては十分に呪いになり得る【祝福】だ。
魔物が出ない道をしばらく歩く。
そう考えると、セイランの言っていた事も繋がる気がする。『全てのダンジョンを消す』。言い換えるなら、ダンジョンを墓に戻す……って事だろうか?セイランは、セレスティアはどこまで知っているのだろう?
もしかしたら、世界は……俺が考えているよりもずっと複雑なのかもしれない。
「リューズ」
シーラが岩場にしゃがんで楽しそうに俺を呼び、手招きする。
「へいへい、なんですか。面白いもんでも見つけたか?」
「うん。ここ。見てみて」
うきうきと岩の隙間を指さす。
「あぁ?こんなとこネズミくらいしか――」
と、片目を閉じてのぞき込もうとした瞬間、穴の奥からかすかに風を感じる。
ヒュッと風切り音がすると同時に、シーラの左手がそれを掴む。矢じりは、例えでなく俺の『目の前』でピタリと止まる。
「あはは。罠あった。びっくりした?」
「え……、あ、うん。お前の行動にな。一応言っておくけど、死なないからって何をしても良いわけじゃないからな?泣くぞ?」
「泣かないで」
「くだらないシチュエーションで感動を上書きするのやめてね!?」
12年ぶりに訪れた因縁の地・『神殺しの魔窟』。
つい半年前までは、また訪れる日が来るだなんて思ってもいなかった。
そして、こんなにも軽く明るい気持ちで訪れるだなんて夢にも思わなかった。
あいつらを忘れるわけじゃない。一緒に進んでいくために、俺たちは魔窟を進んでいく。




