112話 断崖の孤島・ヴァルニルド
――ユルニルドには、常に4組のA級パーティが常駐している。
正確には、ユルニルドに2組と断崖の孤島『ヴァルニルド』に2組だ。この4組は交代制で『神殺しの魔窟』の監視を行っている。その目的は稀に外に漏れ出る魔物の討伐の他、万に一つ生存者が現れた場合の保護である。
ユルニルドからヴァルニルドまでは高速の魔導艇で約一時間。一艇で屋敷一軒分とも言われる高価な魔導艇はユルニルドとヴァルニルドで合計三隻が係留されている。互いに一隻ずつと、予備が一隻。
とにかく、互いに断絶しないように徹底して管理されているのだ。
穏やかなユルニルドの海を魔導艇は進む。12年前は期待と高揚感に心を躍らせて、この海を渡った。
「……やべぇ、吐きそう」
「船酔い、ってやつ?ねぇ、リューズが吐くって」
シーラが同船するA級パーティの一つ『ガンガリ』の一人に呼びかけると、彼は困り顔で荷物を探る。
「えぇ!?船の中ではやめてくださいよ!?吐くなら袋か海で!」
「あ、いや。船酔いじゃないから。気遣いありがとう」
「ん。ならいいか」
いいのかよ、と思ったけど、かまってちゃんに思われるのも嫌なのであえて突っ込みは止めておく。
「なぁ、君ら半年前もここにいた?ツァルのおっさんは、……どんな感じだった?」
二つのA級パーティ、『ガンガリ』と『灼夜』。問いかけると、彼らは言いづらそうにしながらも口を開いてくれた。
「自信たっぷり、って感じでした。12年ずっと言い続けてようやく許可が下りた。ようやく俺たちは『神戟』を超えられるって」
四人全員が大剣を持つ魔法剣士の『魔断』。俺たちが頭角を現すまでは次期S級当確の若手のホープという扱いだった。A級に並び、【奈落噴出】を経てS級に上がってからは、強烈な敵対心を向けられた。
結局、彼らがS級に上がったのは俺たちが魔窟に挑んでから3年後の事だった。
「……こ、これ言っていいかわかんないんだけど」
『灼夜』のリーダーっぽい男の人が言いづらそうに口を開く。
「わはは、どうせ俺の悪口だろ?聞かせてくれよ」
パーティメンバーと目を見合わせて、彼は言葉を続けてくれた。
『あの偉そうなリューズの野郎が無様な燃えカスになってて気持ち悪いんだよ。俺たちが魔窟をクリアすれば少しは火が入るんじゃねぇかな』
彼が放ったその言葉は、俺の頭の中でツァルの言葉で再生される。まるで虎のように金と紺の二色に分かれた珍しい髪色をして、目元に大きな傷のある無骨な大男。それが『魔断』のリーダーであるツァルだ。
あぁ、そうか。彼らを死地に送り込んだのは――俺なのか。
両手を組んだ手に力が入る。
「……生きてるといいな、おっさんら」
「……ですね」
「ねぇ」
干しブドウをつまみながら話を聞いていたシーラが話に割って入る。もう嫌な予感しかしない。
「そのおっさん?ってのは強いの?レオンとどっちが強い?」
「聞くよなぁ、やっぱ……。おっさんとレオンはな、闘技場でやったことがある」
その話にシーラよりも二つのパーティが食いついてくる。
「へぇ!?なんですかその伝説の組み合わせは!」
「どうなったんです!?」
シーラはムッとしながら干しブドウをポイっと口に放る。
「私はセレスティアとやったけど」
「……あ、もちろん存じ上げてます。あの【魔王】と渡り合った【黒姫】の伝説。ここユルニルドにも届いてますよ」
「ならいい。リューズ。どっちが強い?」
「まぁ、オッズ通りレオンが勝ったな。レオンが2.5倍でおっさんは7.6倍」
懐かしい昔話。思い出していると、ポロリと床に干しブドウが落ちる。
「落ちたぞ」
「ん」
手渡すとシーラは右手で干しブドウを受け取る。こいつが食べ物を落とすなんて珍しいこともある、と思ったけれど船の上ならまぁそんなこともあるか。
一時間の船の旅。しばらくして、目の前に切り立った岩壁が現れる。少し窪んだ岩陰が波も来ない係留所になっていて、すでに停まっている船の隣に係留する。
空は灰色で、少しだけ雪が降っている。
岩を削って作られた階段があり、俺たちは島を目指す。吐く息は白く、一足ごとに12年前の思い出も蘇る。
あの時も、二つのA級パーティに伴われ、俺たちはこの階段を上った。いつもと同じように、バルド、レオン、マリステラ、そして俺の順番で。いつも斜に構えながらも俺は、いつだって楽しそうなあいつらを後ろから見ているのが大好きだった。
階段を上りきるとすぐに詰所がある。
先に上ったA級の二組が驚いた顔をして固まり、俺の前を歩くシーラも上り切って苦々しげな顔をする。
まさか――、と急ぎ階段を上る。
「あ、やっと来た」
雪の降る最果ての地、断崖の孤島に似つかわしくない呑気な声。
「随分遅かったっすねぇ、待ちくたびれましたよ」
そこにいたのは、明らかに王族仕様の外套に身を包みポケットに手を入れるセイランと、巨大なこげ茶色の翼を持つロングコートの男――【飛翔】の祝福を持つ【翼人】アクティカだった。
駐在していた二つのA級パーティは彼らの両脇に直立している。
「なんでいる」
苦々しい顔でシーラがセイランに問うと、セイランはいつも通り涼しげな笑顔で答える。
「あはは、ちょっと本場のかき氷が食べたくてね。アクティカに連れてきてもらったんだよ」
「……いやぁ、本当坊ちゃんは人使いが荒いっすねぇ」
「お前人も運べんの!?」
つい驚きの声を上げてしまうが、アクティカは不思議そうな顔で俺を見る。
「いやだなぁ、旦那。こう見えて俺ダンジョン踏破者っすよ?フルスピードとはいきませんけど、一人運ぶくらいならまぁ。こんな風に専用のカゴもあるんすよ、当然お高いっすけどね。あっはっは」
軽薄に笑いながら、しっかりとしたベルトとロープのついたカゴを収納魔石から取り出して俺に見せてくる。
「リューズ。かき氷。私も食べたい」
「えぇ……、今ぁ?」
「今。あいつだけずるい」
俺は恨みがましくセイランを見る。
「……余計な事言いやがって。絶対それが理由じゃねぇだろ。まさか一緒に行くとは言わないよな?」
収納魔石を開いて涼しげなガラスの器と、あと何かシロップを探す。
「もちろん。僕は『三食おやつ付き』じゃありませんし。あ、シロップありますよ?赤と緑と青。味は全部一緒ですけどね、あはは」
「シーラ、一応言っておくけど雪って本当はあんまりきれいじゃないから、食べちゃダメなんだからな?」
「細かいことはいい。早く」
「へいへい」
涼しげなガラスの器を四つ用意して、できるだけきれいな雪をよそい、シロップをかける。
「何色?」
「は?全部に決まってる」
「やめといたほうがいいと思うけどなぁ……」
シーラの分は全色、あとは赤と、青と、緑。
「ほれ、お前らも」
「うへぇ……、雪はもういいっすわ」
「僕青もらおっと」
俺は赤、アクティカは緑のかき氷を手に取る。
シャリ、ときめの細かい雪にスプーンが入り、口に運ぶとやっぱり頭がキーンとする。
「わはは、何十年ぶりに食ったかな」
「頭キーンとするのなんなんですかね」
「混ぜたら色汚くなった」
シーラが残念そうな顔で呟いたので、俺たちは思わず笑ってしまう。
「でもおいしい」
死地に赴くとは思えないほど緩い空気感。いつの間にかこみ上げる不快感も消えていた。
「リューズさん、シーラさん。僕の依頼、まだですからね。忘れずに。まぁ、その話は戻ったらまた」
「おう。風邪ひかないように城で待ってな」
軽口を返すと、セイランはクスリと笑った。
まるでグラスを合わせるように、かき氷の器を合わせてチンと鳴らす。
――食べ終わると、みんなに見送られて俺とシーラは足を進める。
進む先には、まるで俺たちを捕食しようと口を開ける魔物のように、薄暗いダンジョンの入り口がある。
そここそが、『神殺しの魔窟』。神戟最期の地。
俺はシーラを見る。
「行くか」
「ん」
俺たちは足を踏み入れる。一歩ごとに闇は深まり、世界は白から黒へと変わっていった――。




