111話 勝負飯
町の北西にある赤竜の頭蓋骨その下にユルニルドの冒険者ギルドはある。
ギィと音を立てて扉を開くと、ほかのギルドと同様に室内には冒険者たちがたむろしている。よそのギルドとの違いは、酒も高級品であるこの町では気軽に酒は飲めないことだろう。
俺とシーラの姿を見て、冒険者たちはざわめく。
「あいつまさか……、『神戟』の!?」
「こんなとこまで何をしに……まさか!?」
「あの女の脚……たまんねぇな」
ゴクリと唾を呑む三人目の男に白い眼を向ける。
「おい、こら。シーラをそういう目で見るんじゃないよ。酒奢ってやんねぇぞ?」
竜骨の熱で比較的暖かいとはいえ、外は雪。生足放り出して歩いているやつはいないし、そもそもこの町自体が女性が少ない。でもダメ。そんなもの理由になんてならない。絶対許さん。
『酒』の単語を聞いて冒険者たちの背筋が伸びる。
「酒!?」
「へへへ、先に言ってくれよ」
12年前と同じ。この町の冒険者が何を欲しいのかは知っていたので、あらかじめ用意しておいた。
収納魔石を開くと、中には山ほどの酒、酒、酒。
俺は収納魔石を開いたまま、ボトルを一本取り出して、左手で大きく掲げ上げ、声を上げる。
「今はもう『神戟』じゃねぇ。『三食おやつ付き』のリューズだ!俺たちは明日……、『神殺しの魔窟』に挑戦する!今日はその前祝いだ!みんな、盛大にやってくれ!」
――瞬間、竜の頭蓋骨の中から、在りし日を思わせる咆哮が響き渡った。
「ウオォォォォォオオオ!さすが英雄!リューズ・レッドウッド様!」
「頑張ってくれヨォ!応援してるぜ!」
「リューズ!リューズ!リューズ!」
俺の名前を連呼して手拍子も響く。チラリと隣を見ると、シーラは両手をポケットに入れてこの高揚感あふれる光景を冷静に眺めていた。
「持ち帰りはだめだぞー。ここで飲む分だけだからなー」
「へいっ!旦那ァ!」
「……誰が旦那だっつーの」
酒はともかく食材は無駄には使えない。一応ここのギルドにも厨房が併設されているのでひそひそと聞いてみる。
「もし食材余裕あったら、あいつらに適当におつまみ出してもらえたりしないっすかね?お金は出すんで」
すると、顔に傷のある気難しそうな年配の料理人は怪訝に眉を寄せて首を横に振る。
「馬鹿言ってんじゃねぇ、んな事できるか。……12年も経って、あんたがここに戻ってきたのに、金なんか受け取れるかよ」
「……あ、もしかして、前来た時もいらっしゃった感じっすか?」
料理人はそれを誇るようにニッと笑う。
「おう。当然、あんたの飯代も要らねぇ。座ってな、すぐ作っちまうから」
俺とシーラは促されるままにカウンター席に着く。厨房で下ごしらえをしながら彼は口を開く。
「あんたは『魔断』のツァルとも旧知だったよな?」
差し出された茶を飲みながら頷く。
「旧知……っていうか、一方的に嫌われてた感じだけど」
「はっはっは、そりゃしょうがねぇよ。20年前に『魔王』のパーティと張り合って、次のS級!って持て囃されてたところで、あとから来たガキどもにあっさり追い抜かれちまったんだから。意識はするわな。……もう半年も経つ。無理だろうなあ」
キャベツを千切りにしながら、おじさんはさみしそうに呟く。
「……せめて、何か持ち帰ってやってくれないかな?」
「えぇ、必ず」
シーラがおとなしいので不安になって視線を向けると、茶を飲みながら俺とおじさんの会話を黙って聞いているようだった。
「ど、どうした?ずいぶん大人しいな」
「ん?話聞いてるだけ」
そう言うと、シーラはカウンターに頬杖をついて、嬉しそうにほほ笑む。
「ここのやつらは、リューズを悪く言わないから。聞いてて楽しい」
今までであれば『うっさ』とでも言いそうな背後の喧騒も、シーラは嬉しそうに耳を傾けている。
料理人のおじさんは豚肉に衣をつけて、熱した油の中に入れる。ジュワッと食欲を刺激する音と、キツネ色の衣が揚がる香ばしい香りが辺りに立ち込める。何のメニューか分かってしまい、つい口元がにやけてしまう。そうだ、思い出した。12年前も、ここでこれを食べて出発したんだ。
「……懐かしいな。あ、シーラ。お前の分は厨房借りて作るからちょっと――」
「ん?いい。同じでいいけど」
俺の言葉を遮って、頬杖のシーラはきょとんとした顔で答える。
「同じって。それじゃ味しないだろ」
「うん。でも前もそれ食べたんでしょ?なら私もそれ食べたい。味は、戻ったら作ってもらうから。その時でいい」
「……了解。帰ってきたら、真っ先に作ってやるからな」
「ふふ、楽しみが増えた」
シーラの笑い顔の向こうで、ザクリ、ザクリと包丁が衣を切る小気味よい音が何度か聞こえ、少しするとおじさんが皿を二皿カウンターに並べる。
真っ白な皿に盛りつけられたのは、熟練の技で細く均一に千切りされたキャベツと、こんがりきつね色に揚がった衣に覆われたトンカツだ。果実と香辛料を煮詰めたソースの甘辛い香りが衣の香りと脂の旨味と複雑に絡み合ったそれは、鼻腔を通り過ぎてダイレクトに胃を刺激して食欲をそそる。
「ふふ、匂いやば」
「敵に『カツ』と言ったら、これしかないだろ?さぁ、食ってくれ!そして、勝ってきてくれ!二人とも!」
12年前も同じ料理を出された。だけど、あの時は不思議と何も感じなかった。勝って帰るなんて当然だと思っていた。明るい未来以外があるだなんて想像もしていなかった。だから、今はそれが染みる。
「……おじさん。いただきますっ」
涙をこらえ、手を合わせて箸を持とうとすると、シーラが困惑した様子でおじさんを見る。
「ねぇ。これ、リューズたち12年前も食べたの?」
「あぁ、そうだよ。勝負飯と言ったら『トンカツ』で決まりだからね」
それを聞いてシーラは眉を寄せる。
「じゃあ、もしかして『まだん』ってのも食べた?」
「もちろんさ」
「うえっ。えんぎわるっ」
「それは薄々俺も思ったけども!?」
どストレートな物言いについ俺も本音を漏らしてしまう。
「まぁ、いいか。いただきます」
唖然とするおじさんをお構いなしに、シーラは一切れとって口に運ぶ。ザク、ザクと揚げたての衣がリズミカルに音を立てる。
「うんうん」
納得したようにシーラは頷く。
「砂利でくるんだ油まみれの本だ」
満面の笑顔でシーラの地獄の食レポが飛び出し、おじさんも、冒険者の皆さんも唖然とする。
「リューズ。おいしい?」
「あ、あぁ。もちろん。揚げ具合が絶妙で、一口ごとにジュワッと旨みが口の中に広がるっていうか……」
「そっか。やっぱりおいしいか」
再びシーラはおじさんを向く。
「ねぇ。私リューズの作ったものしか味がしないんだ。だけど、リューズがおいしいって言ってるから。戻ったら同じのリューズに作ってもらう。楽しみにしてるから」
キツネにつままれたような顔をしていたおじさん。だが、シーラが嘘や冗談を言っている風でないことがわかると、ニコリと笑う。
「あぁ、楽しみはとっておくといい。おじさんのトンカツ、……ちゃんと勝利飯にしてきてくれよ!」
「当たり前」
こともなげにそう言って、シーラはまたトンカツを頬張る。
――そして、ギルドに話をつけて二頭の管理を頼み、翌日俺たちは港へと向かう。
極寒の海、港からは薄もやの向こうに見える断崖の孤島。
そこに『神殺しの魔窟』はある。
あれから12年、俺はついにここに戻ってきた。




