110話 最果ての地・ユルニルド
――バリルライオ王国に入り、約一か月。北へと向かう俺たちの旅。いよいよ、目的地が近づいてきた。
雪の中。本来であれば、少し間違えるだけで進路を見失い、たちまち路頭に迷うような可能性のある旅。だが、俺たちにはその心配はなかった。
「そっち。そのまままっすぐ」
シーラは真っ白な景色の中、進行方向を指さして、確信に満ちた声で目的地を告げる。
「……それ、本当に【祝福】じゃないのか?」
俺が問いかけると、シーラはあきれ顔で振り返る。
「リューズ。いいことを教える。【祝福】はダンジョンをクリアしなきゃダメ。私のこれは生まれつき。わかる?」
まるで子供に言い聞かせるようにシーラは言う。つまり、ダンジョンをクリアする前からなんだから【祝福】なわけないだろ?というわけだ。
「武器取り出すやつも【祝福】じゃないんだよな?」
「そういってる」
と、そこで考えが繋がる。
「シーラ、お前さ。魔石……って、いつから食べてる?」
「知らない。秘密」
ぷいっとシーラは前を向く。
「あのな、これはパーティとしての大事な話だ。これから向かう場所は冗談抜きで危険な場所なんだ。お互いのできることやできないことは少しでも多く把握してないと命にかかわる」
一旦言葉を止めて、我ながらずるい大人だと自嘲しつつも言葉を続ける。それでもこいつが死ぬよりはずっといい。
「俺とお前は、『三食おやつ付き』なんだろ?」
シーラは困り顔で振り返る。
「……子供のころより前から。赤ちゃんの時から。ずっと」
最初は、魔石を完全に砕いて粉末状にして飲ませていたらしい。通常の工具では傷一つつかないくらいに固い魔石を粉にするのに、シルフィーナさんはどれだけの努力を払ったのだろうか?
行ったことのない場所でも方向のわかる超感覚、収納魔石を開かずに取り出せる無数の武器。――そして、一切の味を感じられないこと。それらはダンジョンを踏破して得られる【祝福】ではなく、生まれつきだとシーラは言った。
魔石を食べているのも生まれてからずっと、だとシーラは言った。
それは偶然だろうか?いや、そんなはずは無い。どう考えても、それらはきっと『魔石喰い』に由来しているのだ。
『忌み子』として産まれたシーラが、公爵家と言う異常な空間で、人並みの幸せを得られるように。きっと、シルフィーナさんはそう願って、藁にも縋る思いでそれにたどり着いたのだろう。その代償に味を失うだなんて、思いもしなかっただろう。
「食べないとどうなる?」
「力が出なくなる」
そう聞いてすぐに思い出すのはダンガロのダンジョン。トールハンマーが不発して、シーラは騎士像に弾き飛ばされて傷を負った。
「じゃあ、もしかしてダンガロのダンジョンの時も?」
シーラはバツが悪そうにコクリと頷く。
「そう。リューズとビスカとずっと一緒だったから、食べる時がなかった。だから、土ぼこりに紛れて食べて、倒した」
「わはは。盗み食い得意だもんなぁ、お前」
俺が笑うと、シーラも安心したのか表情が少し柔らかくなる。
「セレスティアは禁術って言ってたけど、身体におかしいところないのか?食いしん坊以外で」
「は?私は食いしん坊じゃない」
わざわざ竜馬を下げて俺と並走し、異議を示すようにドンと肩をぶつけてくる。手綱一つでまさに人馬一体の動きに感心する。
「大丈夫。私は平気」
シーラは俺を安心させるように笑った。
――俺は愚かだから、やっぱりこの時は気が付かなかった。本当に平気ならシーラが笑うはずがなかったんだ、と。俺を安心させるように笑った理由を、のちに最悪の形で知ることになる。
「うわ。なんだあれ」
しばらく進み、雪景色の先を見てシーラが驚きの声を上げる。
目の前に見えるのは町を覆うほど大きな竜の白骨。尾骨に連なる脊椎から延びる肋骨が大地にしっかりと突き刺さる。
「でっかぁ」
期待通りの反応につい嬉しくなってしまう。
「ふはは、赤竜の死骸だな。調査によると400年前に死んだって話だ。そして、あの骨の下にある町が……最果ての町・『ユルニルド』だ」
「え、すご。リューズ、早く行こ」
「へいへい、そのつもりだよ」
俺たちは竜馬を走らせて目的地へ向かう。『神殺しの魔窟』へと至る唯一の町・ユルニルドへ――。
「変なの。なんで温かい?」
ユルニルドの町。赤竜の白骨でできた天然のドームを見上げてシーラが問う。ついさっきまでの極寒の地と違い、ユルニルドの中は外套がいらない程度には寒くない。雪も降っていない。けれど、その代わりに細かい霧状の雨がずっと降っている。
「赤竜ってのは炎を司る竜でな。火を吐くやつが自分の熱でやけどする訳ないだろ?だから体温も高いし、骨の中にある……骨髄?ってのもかなりの高温なんだとさ。だから、400年経ってもまだ雪を解かすくらいには熱いらしい」
「へぇ」
シーラは興味深げにそう答えてきょろきょろと天井を見上げている。
「こりゃすごい」
「頭蓋骨の場所がギルドになってるんだ。あとで行ってみようぜ」
「ん」
農作物の取れない極限の地ではあるが、未踏の地も多いため自生している魔物も多く、その素材と『神殺しの魔窟』の管理を請け負うことで国から多くの助成金が出ている、と以前聞いたことがある。
だから、ここユルニルドは規模の割に冒険者が多い。
そして、この町では物資は時に金より貴重となるので、この町で補給を行うことはできない。
「リュージとルーシーは?ここに預ける?」
いったん馬房に戻り、二頭の鼻づらを撫でながらシーラが問う。
「そうだな。『神殺しの魔窟』のある島には船着き場と詰所以外何もないから、暖かいこの町にいたほうがいいだろ」
「ずっと?何か月も?狭いとこにいる?」
シーラが不安そうに首をかしげて、疑問を連発してくる。もうすっかりお姉さんだなぁ、とつい目じりが下がる。
「お前さえよければギルドに貸出しって手もあるぞ。それなら運動不足にならないし、こいつらも楽しいんじゃないか?」
「え、いやすぎる。私のこと忘れたらどうする」
まさかそんな弱気な言葉がシーラから出てくるとは。
「何言ってんだ。お前の事なんて忘れようと思っても忘れられるわけないだろ?なぁ?」
と、ルーシーの頭を撫でようとすると、ひょいと避けられる。きっと偶然。
「忘れられるのもいや。だけど、ずっと動かないのもかわいそう。うぅ……」
シーラは腕を組み、真面目な顔で考える。自分で名前を付けた二頭の事を、本当に真剣に考えている。考えて、考えて、眉間にしわを寄せて、汗がにじむまで考える。俺は一言も口を挟まない。決めるのはシーラだ。
そして、今にも泣きそうな顔で、まさに苦渋の決断と言った様子で、指を二本立ててリュージとルーシーに語り掛ける。
「ふ、二つある」
リュージとルーシーはジッと主の目を見て言葉を待ち、シーラの指が一を示す。
「一つ。死なないこと」
答えるように二頭は短く鳴き声を上げて、続けてシーラの指は二に変わる。
「二つ。私のことを忘れないこと。忘れたらおこる」
すると、二頭は明らかに一つ目よりも力強く返事をする。竜馬の言葉がわからない俺でも、二頭が何と言っているのかはわかる。
そして、それは当然シーラにも伝わる。
「ん。ならいい。帰ってくるの待ってて」
名残惜しそうに、二頭を撫でながらシーラはそう言った。




