108話 行ってきます
――ドラッケンフェルド家の墓地へと向かう。
寒冷な気候にもかかわらず、きれいに整備された石畳の両脇を色鮮やかな花と生垣が飾る。
石畳の上を歩き、墓地に向かう道すがら、反対側から整った身なりの少年が歩いてくる。少年はシーラに気づくと僅かに目を丸くする。
「あ。姉様」
「お。アルヴィス」
そう言って二人は通り過ぎる。あまりに普通に通り過ぎたので俺はつい立ち止まって振り返り声をあげる。
「そんだけ!?」
おそらく貴族の屋敷ではあまり聞くことのない大声に、明るい茶色の髪をした少年――アルヴィスはビクっと大きく身じろぐ。
「リューズ。行こ」
「行こ、じゃなくて」
「行くよ」
「でもなくて」
シーラは腕を組んで大きくため息をつく。
「もー、なんなの」
「何って。確かアルヴィスって弟だろ!?んで、5年ぶり。それで交わす言葉がそんだけ!?」
「そうだけど」
「ですね」
どうやらこの空間においてはおかしいのは俺の方らしい。
「ま、まぁ。君らがいいならいいんだけどさ」
「最初からそう言ってる」
アルヴィス少年はシーラより4つか5つ程年下だろうか?先を進む姉の代わりに愛想笑いを浮かべてペコリと頭を下げると、アルヴィス少年は品のいい微笑みでそれに答えた。
俺とシーラは目的地へと進む。石畳は庭園へと続いていて、庭園はやがて墓地に至る。
「随分淡白な姉弟なんだなぁ」
「普通じゃない?」
「……まぁ、俺も兄弟いないから知らんけどさ」
シーラの先導で墓地を進む。大きな石碑と、毎日飾り立てられているだろう生き生きとした花々。石碑には当然一片の苔すらもついていない。
シーラと俺はシルフィーナさんの墓標を目指す。
まるで、貴族街から離れた市民街の、さらに奥の路地を進んだみたいな場所。そこにシルフィーナさんのお墓はあった。日の光も当たらない場所に、ひっそりと。
けれど、そのお墓はきちんときれいに磨かれていて、まるでさっき置かれたかのような瑞々しい切り花が一輪飾られていた。
と、考えてアルヴィスくんは俺たちの進行方向から歩いてきたことを思い出す。
「……もしかして、この花。アルヴィスくんが?」
独り言のようにつぶやくと、シーラはスンスンと鼻を鳴らして手向けられた花の香りを嗅ぐ。
「ん。かもね」
シーラが帰ってきたことを知ってなのか、それとも知らずになのか。どちらにせよ、彼は見た目から想像する以上に、きちんとシーラの事を思っているような気がする。
あれだけシーラに明確な殺意を抱くベラドンナが母なのだ。よく考えなくとも、シーラを守るには逆に淡白な関係に思わせないといけないのかもしれない。
あの歳で、彼も戦っているのかもしれない。――もちろん、俺の勝手な想像に過ぎないのだけれど。
「リューズ。お花」
シーラに手を伸ばされて、催促されてようやくそこに思い至る37歳。
「あ……、悪い。街戻って買ってくるわ」
申し訳なさそうにひきつった顔で答えると、シーラはあきれたように、小ばかにしたように鼻で笑う。それはどこか得意げな笑顔。
「ばかすぎる。もう一度言うね?」
両手を大きく広げて、誇らしげに言葉を続ける。
「リューズ。お花」
あまりに察しの悪い己が嫌になる。俺はニッと笑い、収納魔石からいくつか小袋を取り出す。そして、少しだけ小細工をしてシーラに手渡す。
「ほれ」
「んん?」
困惑するシーラをよそに、俺は一度目を閉じて息を吐く。
「風薙ぐ凪ぐ、長々し夜よ明けん――」
今まで何度も使った治癒魔法。でも、今だけは、今までと同じでいいはずがない。
俺は詠唱を続ける。
「幽玄の古鳥の嘶き、敢え無く闇を裂く。清明、破天、満つる命の灯火。廻り巡りて、輪と成らん――」
俺の意図を感じとって、シーラはワクワクした様子で、うずうずとも感じ取れる表情で、小袋を握りしめてその時を待つ。
一瞬溜めて、俺も気がつけば笑っていた。
そう、これは……完全詠唱の――
「来たれ!【治癒結界】……改!」
俺の声と同時に、シーラは小袋を両手で宙に撒く。
すると、ばら撒かれた種達はあっという間に芽吹いて、花が咲き乱れる。日の当たらない暗がりの墓地にはあり得ない、色鮮やかな光景。
花だけではない。蔓が伸び、カボチャがなり、甘薯が実り、トマトは瑞々しく真紅の彩を添える。まるで、楽園かの様に、この場に不釣り合いな生命が辺りを覆い尽くす。
「あははっ、リューズ。これはやりすぎ」
本当に楽しそうに、嬉しそうにシーラは笑った。
「ふはは、悪いが全力だぜ」
「全力か」
俺の言葉を復唱すると、シーラはシルフィーナさんの墓標に両手を乗せて手枕にして、そこに頰を乗せ、微笑む。
「お母さん、見た?すごくない?……ふふっ」
まるで、母に甘えて寄りかかる様に、シーラは墓標にもたれて、その温度を感じる。
「これがリューズ。治癒魔法が得意。料理が上手。死んでも死なない。私のために死ねない。マリステラが好き」
「……まだ言うか」
俺の呟きも気にせず、シーラは嬉しそうに紹介を続ける。
「私に、一生ご飯を作ってくれる」
「……俺の一生は長いぞ?」
照れ隠しに憎まれ口をたたくと、シーラはクスクスと笑う。
「平気。すぐに短くなる」
【不老不死】の『祝福』を消す。それが、どんな方法なのかはまだわからない。けれど、【解析】の祝福を持つ大聖女アミナは『お答えできかねます』と言った。できないではなく、『お答えできかねます』、と。
方法はある。
だから、今は神殺しの魔窟の踏破に全力を注ぐ。
そんな事を考えていると、ずっと楽しそうな顔をしていたシーラの顔が、はっと曇る。
「そうだ。ごめん、お母さん。約束破っちゃった。秘密。二人だけの、って」
生まれつき魔力を持たぬ黒髪の『忌み子』。市民の出の側室の子として、シーラに少しでも不便をかけさせないように、との親心だったのだろうか?今となっては確かめる方法はない。けれど、このシーラの表情を見ていればわかる。シーラが、お母さんにどれだけ愛されて育ってきたのか。
「んっふふふ、新鮮すぎる。とれたてだ」
そのあたりのトマトを無造作にもいで丸かじりするシーラ。理屈から言えば、俺の手が加わっているのだからトマトも味がするはずなのだが、どうだろう?
「あっまぁ。同じトマトでも全然違う」
ご満悦の様子で幾つかほおばり、お母さんのお墓にも備える。
「リューズ。リューズもお母さんになんか言いな?」
トマトを食べながら無茶ぶりをしてくださるシルヴァリアさん。
「なにかって……、そうだなぁ」
少し考える。
「えーっと……、これから俺と娘さんは『神殺しの魔窟』って言う危険極まりない場所に行きます。命の保証はないです」
シーラを見ると、石碑に頬を載せ、黙って俺の話を聞いていた。
『守ります』、も『死なせません』も、何か違う気がした。俺とシーラは対等な『三食おやつ付き』なんだから。
「だけど、約束します。絶対に俺より先には死なせませんから」
風が吹いて、花びらを揺らす。それはまるで返事みたいだなぁ、って思うのは少しセンチメンタルが過ぎるだろうか?
「また来ます。二人で」
シーラは石碑から離れると、ひらひらと手を振った。
「それじゃ、お母さん。――行ってきます」




