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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と味覚ゼロの最強少女、呪いと祝福の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
神殺しの魔窟

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107話 憧れの英雄

 ――北に向かいエルラディールの街を進む。


 それなりに賑やかで、それなりに活気のある街なのにどこか陰を感じるのは国境沿いという繊細な土地柄のせいか、俺がドラッケンフェルド家に対して抱いている気持ちのせいなのか。


 進むにつれて人もまばらになってきて、警護の兵士が増えてくる。


 やがて、俺とシーラは銀色に輝く城門の前に至る。

「親父さんいるのかなぁ」

「さぁ?」

 独り言に近いぼやきは軽い一言で流される。

「聞いてみるか。ねぇ、お父さん今いる?」

 シーラが門番に問いかけると、彼は一瞬怪訝に眉を寄せた後で直立して敬礼を行う。

「シルヴァリア様!?」

「そうだけど。いる?」

「申し訳ありません……!ヴァンデント様のご予定は私どもには知らされておりませんので……」


「入っていい?お母さんのお墓に行きたいんだけど」

 門の奥を指さしてシーラが問う。

「確認致します。少しお待ちください」

「ん」


 短くシーラが答える。だけど、そんな一言で俺はカチンときてしまう。

「……はぁ?お前本気で言ってんのか?」

 ツカツカと兵士の元に歩み寄り、いい歳してその胸ぐらを掴み上げ、声を荒げる。

「こいつの家なんだろ!?なんで確認なんか必要なんだよ!」

「で、ですが……」

 たちまちに俺たちの周りを兵士が取り囲み、槍の穂先が俺たちを狙う。

 瞬間、シーラのスイッチが入る。

「は?なにそれ」

 ズズッと周囲は黒い渦に飲み込まれた様に、空気は重く息苦しさすら感じる重圧を生み出す。

「下ろさないとひどいよ」


 一触即発。だが、彼らの主はあのヴァンデントだ。ここでおめおめと槍を下ろせば、どんなお咎めがあるかわからない。彼らだって必死だ。


 動き一つが即開戦を告げる、焼きつく様な緊張感。


「バカもの共がァ!なにやっとるんじゃ!」


 ――門の中から老人の一喝する声が響きわたり、場を支配する緊張感を切り裂く。


 その声を聞いた兵士たちは、途端に稲妻が落ちたかの様にその場に直立して、槍の石突は石畳を打ち、穂先は天を衝く。

「たっ……、大公閣下にィ……敬礼ッ!」

 兵士たちは一糸乱れぬ動きで大公と呼ばれた老人に敬礼を行う。

 

「あ。じいちゃん」

 シーラが呑気な声で呟く。恐らくは父方の――、ヴァンデントの父だ。


「……まったく。五年ぶりに帰ってきたんじゃ、気持ちよく迎えてあげんかい。それと大仰な呼び名はやめい」

 門の中で杖をついた老人が小さく手を上げると、門兵は敬礼の姿勢のまま声を張り上げる。

「了解致しました、ヴァリアル様!」


「ヴァリアル……、ヴァリアル!?」

 その名を聞いた途端、全身に鳥肌が立ち、ぶるぶるっと身体が震えた。身体だけでは無い。心も、大袈裟かもしれないが、魂までもが震えた。


「『ヴァリアル冒険記』のヴァリアルですか!?」

 思いがけず大きな声を出してしまい、隣でシーラが珍しげに俺を見上げる。

「なにそれ」

「知らねーのかよ!?冒険者のバイブル中のバイブルだぞ!?」

「知らないけど」


「知らないけど、じゃねーんだわ!持ってるから!読め!な!?」

「え、いやすぎる」


 幼い頃、マリステラが家から持ってきた『ヴァリアル冒険記』。全三巻からなるその書物、それが俺たちの冒険の始まりだった。いくつものダンジョンに潜り、様々な景色を進み、仲間たちと共に多くの魔物を倒して踏破する。


 目の前で見ている様な精細な文章と、緻密な挿絵は俺たちの心を震わせて、冒険に駆り立てた。

 いわば、『神戟』の原点とも言える聖典だ。


 その作者を目の前にして、年甲斐もなく興奮してしまったが、よく考えるとただの同名のおじいさんの可能性もゼロでは無い。そう思うと急に恥ずかしくなってくる。

「……うあ、えっと。人違いだったら、……すいません」


 ヴァリアルさんはにっこりと人のよさそうな笑顔を浮かべる。

「あんな古い本の事をまだ覚えててくれるのは嬉しいね」

「じゃあやっぱり……あなたが!?すげぇ!俺……ずっとファンだったんですよ!いや、俺だけじゃない。レオンも、バルドも、マリステラも……みんなあなたの本を見て冒険者を目指したんです!」


 自分で言っていてもう涙が目のすぐ裏まで迫ってきているのを感じる。

「あっ!あっ……、握手とか……ダメっすかね?」

 ぎこちない笑顔で右手を差し出す。すると、ヴァリアルさんの右手が俺の手を握る。もう小さくなって、骨ばった、でも確かに芯の通った歴戦の右手だ。

 

「俺、もう手ェ洗いませんよ……」

(きたな)っ」

 軽蔑の眼差しを向けてシーラが呟き、現実に引き戻される。

「……物の例えだよ。そうだ!自己紹介がまだでしたね!?俺、リューズって言います!昔――」

「知っとるよ。『神戟』のリューズくんじゃろ?」

「認知……されてる……!?」


「ビスカの真似長くない?」

「真似じゃないんすよ、シーラさん。お前も読めばわかるから。中巻の366ページなんて――」

「え、きも。全部覚えてんの?」

「わはは、何回も読んだからなぁ。ヴァリアルさん!あの虹の滝って、どこのダンジョンなんですか!?」


 客観的に見れば熱量の高いうざったい質問なんだろうけど、ヴァリアルさんは嫌な顔ひとつせずに笑って聞いてくれた。

「どこだったかのう。最近物忘れがひどくてのう」

「なるほど、自分で見つけてみろ……ってことですね?」


「ねぇー。早くお墓行こ。じいちゃん邪魔。もうあっち行って」

「不敬すぎる!」

 

 孫にぞんざいに扱われながらも、ヴァリアルさんは陽だまりの様な笑顔を絶やさない。さすが英雄ヴァリアルさん。

「引き留めて悪かったね。シルフィーナさんもきっと喜ぶじゃろう」


「えっ!?ちょっと、俺まだ聞きたいことが――」

「うざすぎる。もう行く」


 シーラに引っ張られながら、名残惜しくもヴァリアルさんと別れ、俺たちはお母さんの墓に向かう。


「ねぇ、リューズ」

 俺の手を引きながら、不機嫌そうにシーラが俺を呼ぶ。

「……悪かったよ。早くお母さんに会いたいだろうに、足止めしちゃってさ」

「違う。全然違う」


 眉を寄せ、口をへの字に結んで、シーラは首を横に振る。

 そして、立ち止まると、俺の手を掴んだまま、俺の目を見上げる。

「じいちゃんは『神戟』よりすごい?」

「……そりゃあ、世間的には」

「違う!」

 シーラは両手で俺の手を掴みながら、睨む様に俺を見つめ、声を張る。

「『神戟』よりすごいのは私たちしか……『三食おやつ付き』しかいないはず!だからヘラヘラするな!ばか」


 ――心の中を、風が通り抜けた様な気がした。


 それはそよ風とか、そんな生やさしい物じゃない。全てを薙ぎ払う暴風が、一瞬で心の中を通り過ぎた。

 気づけば、浮ついた気持ちなんて、どこかに吹っ飛んでいた。


「……だな。悪かった」

「わかればいい。きもすぎるから」

「それは言い過ぎだろうよ」


「もう行く」

 踵を返してシーラはお母さんの墓に向かう。

 チラリと俺を振り返り、ひらひらと左手を差し出す。

「ん。握手。したければ私とすればいい」

「……別に誰彼構わずしたいわけじゃないんすけどねぇ」

 左手を伸ばすと、パチンと手を払われる。

「違う。そっち」


 シーラが指すのは俺の右手。

「握手じゃねぇじゃん」

「いーから」


 有無を言わさず、催促する様に左手を振る。

「……へいへい、しょうがねぇなぁ」


 右手を伸ばすと、シーラの左手に捕まる。すると、シーラは満足げに微笑んだ。


「ふふ、お母さんとも昔こうやって歩いたから」


 そう言ってシーラは嬉しそうに笑い、思い出した様に俺を見る。

「手、洗う?」

「はぁ?普通に洗うよ」

「は?」


 途端に手に力が籠る。

「いてて……!痛い、痛いっての!折れる!砕けるから!」

「平気。リューズは治癒が得意」

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