105話 国境の街・エルラディール
――国境沿いの街・エルラディール。隣国バリルライオ王国とは現在和平が結ばれているとは言え、百年前までは激しい領土争いを繰り広げていた。
その為、国境間の行き来と同様にエルラディールへの入場も、他の都市より厳格に行われている様子だった。
「通行証、身分証、その他許可を示す物があればご提示ください」
胸に四本爪の竜の紋章が象られた鎧に身を包んだ騎士が、厳粛な物言いで俺とシーラに告げる。
「ギルド証でいいっすかね?」
竜馬から降りて左手を向けると、騎士は金色の輝きに一瞬目を丸くして帳簿と照らし合わせを行う。
「リ、リューズ・レッドウッド様。ギルド本部より通行許可が出ております」
竜馬で駆けてきた俺たちよりも早く届く通行許可。ほぼ確実に【翼人】アクティカの仕事だろう。
続けて騎士はチラリとシーラを見る。
「身分証の提示をお願いします」
「ん」
右手首につけた金色の腕輪を示し、騎士はまた帳簿と照らし合わせる。――厳密には、帳簿と照らし合わせる前に同僚に一度目くばせをする。
「シルヴァリア・ノル・ドラッケンフェルド様。失礼ですが、ドラッケンフェルド家の徽章はお持ちでしょうか?」
「まだあったかなぁ」
そう呟いてシーラは収納魔石を開いてごそごそと探り、くすんだ銀色のペンダントを取り出す。トップには四本爪の竜の紋章が刻まれていて、その瞳は緑色の宝石があしらわれている。
「確認が取れました。どうぞお通りください」
「ん」
二頭の竜馬――リュージとルーシーは街に入る事が出来ないので、併設されている馬房での預かりとなる。シーラは思いのほか名残惜しそうに二頭の鼻面を撫でて、俺たちはエルラディールの街に入る。
分厚い雲が覆う空は灰色で、飾り気のない城壁と合わせて無機質な印象を受ける。
「あれ。あれがお父さんの家」
シーラが無邪気に指さしたのは南北に延びる大通りの終点に見える、王城のような荘厳な城。ドラッケンフェルド公爵の居城という訳だ。
「何年振りに帰……戻ったんだ?」
帰る、の言葉が適切かわからなかったので言い換えて問いかける。
「五年じゃない?」
なんてことのない風にシーラは言ったが、その五年は俺の五年とは訳が違う。37歳の俺の五年前は32歳だけど、17歳のシーラの五年前は12歳だ。公爵家の娘として生まれた少女が、11歳で母を亡くして、ダンジョンに遺棄されて、そのまま踏破して12歳で一人街を出る。それがどれだけ異様で異常な事か。
できる限り表情を変えずに、できる限りなんてことのない世間話を装って、俺はシーラに問いかける。
「てことは、時系列とルート的にそのままヴィザに行ったんだな。で、闘技場で伝説を作った、と」
「かもね」
まるで他人事のように相槌を打ちながら、楽しそうにシーラは昔話を語る。シーラは街の名前を憶えていないので、ヴィザからウィンストリアに行き、その後どんな経路をたどって五年間旅をしていたのかはよくわからない。わかることは、5年間旅をして、ダンガロの街にたどり着いて、ダンジョンで俺と会った。
もし、あのダンジョンで俺とシーラが出会わなければ、出会っていても俺がシーラを素通りしていたら、今でもシーラは世界の味も知らずに、今でも一人ダンジョンで魔物をむさぼっていたのかもしれない。そう思うと、だれに対してかわからない怒りがどこからか湧いてきて、あの出会いがシーラにとっても善きものであってほしいと心から願う。
大通りをまっすぐに進んで城を目指すと思いきや、シーラは途中で路地に入る。ウィンストリアと同様に、城に近いほど家並みが綺麗になっているのはきっと偶然ではないだろう。
「あれ?どこいくの?」
路地の奥に進むシーラに声を掛けると、あきれ顔のシーラは『なにを今さら』といった風にためいきをついて答える。
「ばあちゃんちに決まってる」
「俺エスパーじゃないんだから、決まってはいないんだよなぁ」
毎度唐突に増えるシーラの家族情報。貴族街とも言えない市民街、その中でも失礼ながら一段落ちる路地裏。そこに住むというおばあちゃん。あくまで想像でしかないけれど、シーラの母――確かシルフィーナと言ったか?のお母さんだろう。
いつもと違い、シーラの数歩後ろを歩く。入り組んだ路地裏、シーラは目的地と思われる家の前で足を止めると、おもむろにガン、ガン、ガン、ガンとドアをノックする。
「お前……、ノックとかできるのか!?」
「は?当たり前すぎる」
眉を寄せて俺を振り返りながら再度ノックする。すると、家の中からパタパタと人が近づく気配がして、数秒後にギィと扉が開く。
現れたのは白髪交じりの小柄な初老の女性。彼女はシーラを見ると驚き目を丸くする。
「……シルヴァリアかい!?」
「そうだけど」
五年ぶりの対面とは思えない返事をした後で、祖母は小柄な身体でシーラを力いっぱい抱きしめる。
「そうだけど、じゃないよ!あ~、もうっ!すっかり美人さんになっちゃって!手紙くらいよこしなさいよ、あんたは!」
「だってわかんない」
二人の感情の温度差につい笑みが漏れてしまうが、シーラが何より先にここを訪れた事がその答えだと思う。
おばあさんは、シーラの後ろに立つ俺を見つけると眉を寄せて露骨に敵意を向けてくる。
「シルヴァリア?その人は誰かねぇ」
「ん?リューズ」
「リューズ……」
どこかで聞いたことがあると言った風に、首を傾げて記憶を探り、何秒かして思い出して声を上げる。
「リューズって、『神戟』のリューズかい!?」
「違う。『三食おやつ付き』のリューズ」
「三食……?」
何度か見たやり取りに苦笑しつつ、そりゃそうなるよなと思い説明と自己紹介をする。
「初めまして、リューズ・レッドウッドっす。『神戟』は昔組んでたパーティで、……今はシルヴァリアと『三食おやつ付き』ってパーティをやってます」
「へぇ……。あんたいくつだい?」
ジロジロと値踏みするような視線。
「37っすね」
「……シルヴァリアは17だよ?まさかそういうんじゃないだろうねぇ?」
「あ、それは勿論ご安心を。俺とシーラは純粋な『パーティメンバー』なんで。なっ?」
シーラに振ると、腕を組んで得意げにコクリと頷く。
「そう。『三食おやつ付き』だから」
それを聞いておばあさんは安心したように胸を撫で下ろす。
「びっくりさせないどくれよ。シルヴァリアは17だろ?娘に続いて孫も17で!?って驚いちまったよ」
「と、言いますと?」
シーラからは出てこない情報。不躾ながらも深堀りしてみる。おばあさんは家の外をきょろりと見渡してから小声でささやく。
「まぁ、立ち話もなんだからねぇ。茶でも飲んでいきな」




