104話 北へ向かう旅
――竜馬は馬よりもスピードもスタミナも優れている。尾を上げた高速走行モードでも丸一日は余裕で走ることができる。
だが、名前を付けた家族ともなれば話は別。限界に挑戦する理由なんてないのだから、俺たちと同じく適切な休息が必要なのは言うまでもない。
日が沈み、しばらく走ったところで今日は終了。
「リュージ、ルーシー。お前たちはラッキー。リューズの料理は世界一」
今まで馬にも竜馬にも一切関心を示さなかったシーラが、得意げに二頭の頭を撫でている光景を見て、不覚にも涙腺の危機を感じる。やっぱり名前を付けるのって情操教育的にもいいんだなぁ。ナインたちも絶対に鍋に名前を付けるべきなんだよ、うん。
「二人は何食べる?」
収納魔石から取り出した椅子に座り、足をぶらぶらと揺らしながらシーラが問う。街道から少し離れた岩場を野営地として、中心には焚に火の灯りが揺れる。
ぱちぱち、と焚き火は時折音を立てる。炎魔石は便利だけど、やっぱり焚き火は焚き火の良さがあるよな。
「肉食寄りの雑食だから割となんでも食べるぞ」
「へぇ。豆菓子食べるかな?」
常用の煎り豆袋を取り出して二頭に食べさせようとするので、慌てて静止する。
「あぁ、待った。人間の食べ物は食べさせちゃダメなんだ」
「は?イジワルはよくない」
二頭を守るように左手を伸ばしてシーラは不満げに声を上げた。
「イジワルじゃなくてさ。難しいことは省くけど、人間と違って竜馬は塩とかが分解できないから身体に悪いんだよ。リュージとルーシーが早く死んでもいいのか?そのほうがかわいそうだろが」
「う、それは困る」
「だろ?心配しなくてもそいつら用の煎り豆も作ってやるよ」
「やった」
愛用の寸胴でポトフを煮ながら、フライパンを取り出してもう一つの炎魔石で豆を煎る。王都の商店でもらった新品のフライパン。神殺しの魔窟に入る前に馴染ませておかないとな。
「ほれ、熱いから冷ましてからあげろよ」
竜馬の餌用に買った大皿に入れて渡すと、シーラは当然のように俺の忠告を無視して煎り豆を二、三粒ひょいと自分の口に放り込む。
ボリ、ボリと齧るにつれて眉が寄り首が傾いていく。
「しょっぱいほうがおいしい」
「だろうなぁ。でも人間だってなんでも摂りすぎるとよくないんだからな?」
自分で言って本当にそれがシーラに適用されるのか疑問符が浮かんだ。自動的に分解とかしかねないよな。
「はい。ご飯だよ」
無造作に皿を二頭に差し出すと、二つのくちばしは我先にと煎り豆に食いつく。
「あ、こら。そんなに食べると私の分がなくなる」
「お前の分は最初から入ってねぇよ?」
ポトフで使った野菜の切れ端に豆類と肉を混ぜたものを大皿に乗せる。これが竜馬の食事。
「食うなよ?」
コトリと置くと同時にシーラの手が伸びる。
「食べるけど」
無造作に手で一つまみしてもぐもぐと咀嚼する。
「そざいのあじがいきてる」
「味付けしてないからな」
シーラは両手に大皿を載せて、二頭の前に持って運ぶ。
「はい、一人一皿。おかわりもあるよ」
と、言ってから俺を振り返る。
「ある?」
「あるある」
「あるって」
しばらくして、煮込んだ玉ねぎの甘い匂いとコンソメの風味が辺りに漂い、ポトフもそろそろ食べ頃を迎える。
北に向かうに連れて少しずつ気温が下がってきたが、温かなこの匂いはそれを中和する効果すらありそうだ。
「食べようぜ」
「ん」
そして、両手を合わせて声を揃える。
『いただきます』
じっくり煮込んだジャガイモ、キャベツ、ウインナー。シーラは銀のスプーンでそれらをひとまとめにすくうと、大きく口を開けて一口に頬張る。
味わう様にゆっくりと咀嚼して、ごくりと飲み込むとほぉと小さく息を吐く。
「おいし。やさしいあじ」
「っはは。厳しい味もあるのか?」
冗談で問いかけると、味を思い出しながら鼻の間に皺を寄せ、また一口スプーンを運ぶ。
「ある。わさび。あいつは厳しい味。おいしいけど」
「わはは、わかる」
リュージとルーシーも、ガツガツと皿にクチバシを埋まらせて、夢中でポトフと同じ材料の食事を食べている。味付けは無いが、隠し味に治癒魔法。
「む」
シーラが短く呟いた少し後に二頭もピタリと食事を止める。
「いいよ、食べてて」
二頭を手で制して、シーラはため息をつきながら立ち上がる。
どうやら何かの気配を察知した様子。動物より早いってどう言う事だよ。
シーラは無造作に岩場から離れた森に近づいていく。月のない夜、焚き火から離れた暗闇を無警戒にスタスタと歩く。
ガサ、と木々の間で葉の擦れる音。
次の瞬間――。
「ギッギィッ!」
木製の棍棒を持った無数のゴブリンが一斉にシーラに飛び掛かってきた。
「ぎっぎぃじゃなくて。まだ食べてるでしょ」
闇夜に映える純白の大剣は、一振りで全てのゴブリンを両断し、絶命させる。
傍目に見ればただの一振り。だが、以前の様に力と速度に任せた物では無い。合計八匹のゴブリンの動きが重なる一瞬を狙い、呼吸の隙を付いて、俺にも見える様な速度の剣で一太刀に葬った。
あまりに神業に近いその動きに、口を開けたままスプーンを持つ手は固まり、その手は鳥肌が立っていた。
「あ」
一応ゴブリンの魔石を探っていたシーラが、何かを思いついたと声を上げて振り返る。
「ゴブリン。二人とも食べるかな?」
主の問いに、二頭は揃って声を上げた。
「……食うのかよぉ」
飼い主に似て食い意地の張ったやつらだ。その様子を眺めながら日課の日記を記す。そんな風に、夜は過ぎていく。
――日が昇ると旅の再開だ。
進路は北西。夜明け過ぎと言う時刻もあって、気温はだいぶ冷え込む。
「お前らは暖かそうでいいなぁ」
防寒用のコートを羽織って、ルーシーに呼びかける。だが返事はない。無視である。
「ルーシー。リューズがなんか言ってる」
この寒さにもかかわらず黒のショートパンツ姿のシーラが告げると、ルーシーは短く一度嘶いた。
「なんて?」
「さぁ?」
でもシーラの言葉は確実に伝わってるよなぁ。
「つーか、お前寒くねぇの?」
「ん?なんで?」
「あぁ、聞くだけ無駄か……」
進行方向の遠くに見える山々はうっすらと頂上を白く染めている。
王都を離れて二日目の夕方、視界の端に夕焼けに染まる城壁が見えた。
「着いた。あれ」
王都よりもヴィザに近い無骨な城壁。それは隣国との国境を守る為のものだろう。
吐く息は白く、城壁は近づく。城門には大きく四本爪の竜の紋が刻まれている。それはドラッケンフェルド家の紋章だ。
俺たちは、エルラディールに到着した。




