103話 いってらっしゃい
――翌朝、神樹の家。
「もう行くのか?」
門の前でセレスティアが俺とシーラに問う。
「あぁ。エルラディール経由で国境を越えてユルニルドに向かうからさ。シーラのお母さんの墓参りしてから行こうと思ってな」
腕を組んだセレスティアは一度頷く。
「なるほどな。ユルニルドまではかなり距離もあるし、魔窟への挑戦ともなれば数か月はかかるだろう。その間、家の管理はイズイに頼もうと思うんだが構わないか?私はあまりヴィザを離れられないもんでな」
思わぬ言葉に驚きイズイを見る。
「えっ、……『構わないか?』って言うか、それを聞くならイズイにだろ」
イズイは大きくため息をついて、やれやれとばかりにあきれ顔で首を横に振る。
「私が了承済みだから聞いてるに決まってるじゃないですかぁ。もちろんリューズさんたちに嫌だって言われたら引き下がりますけどぉ?」
「いや……、嫌だなんて言うはずが無いけど……、どれだけ時間掛かるかわかんねぇし――」
「ん。お願い」
俺がごにょごにょ言っている横でシーラが即答すると、イズイはパンと手を叩いて満面の笑顔を見せる。
「はぁい!任されましたぁ!」
「じゃ、じゃあ!せめてお礼……っていうか、報酬!お金おいておくから!それ好きに使ってくれよ!」
ジェンの入った収納魔石を渡そうとすると、抗議するように両手を後ろに回してツンとそっぽを向く。
「要りませぇん」
「でもさ――」
イズイはそっぽを向いたまま、チラリと横目で、不貞腐れたように俺を見る。
「お金を貰ったらそれはもう仕事なんですよぉ。それならギルドに依頼でも出したらいいのでは?私は!単純に二人のお手伝いがしたいんですけどねぇ!」
だんだん語気を強めながら、腕を組んでそっぽを向いて頬を膨らませるイズイ。隣ではセレスティアが楽しそうに笑っている。
俺はペコリと頭を下げる。
「悪い。留守を頼む」
シーラが困惑した様子で首を傾げる。
「んん?最初からそう言ってない?」
「……そ、そうだな」
グズグズ言っていたのは俺一人。イズイはとっくに覚悟を決めての申し出だというのに。
イズイはにひっと笑い、俺に掌を向ける。
「レオン様の敵討ち、よろしくお願いしますねぇ」
「任せろ」
パン、と勢いよく両手を合わせると、イズイは途端にボロボロと涙をこぼし始めた。
「うあぁ、あれぇ!?なんで涙が……、違いますよ、これはぁ……うぅう」
両手で顔を覆い、弁明をしながらイズイはしゃがみ込んでしまう。
シーラはその頭をよしよしと撫でる。
「大丈夫。私も、リューズも死なないから」
「知ってますよぉ!知ってますけど……」
セレスティアは眉を寄せて小さくため息をつく。
「ほれ、もういけ。戻ってきたらS級だ。前祝いはもう済ませたからな」
「あ、セレスティア。ちゃんと調べといてね」
すでに歩き出しかけたシーラが振り返りセレスティアに告げる。その言葉だけで、セレスティアも理解したようだ。
「あぁ。ちゃんと調べておくよ。……【祝福 】を消せる方法、をな」
「うん、お願い。早く赤ちゃん見たいしね。リューズ、行こ」
「おう。それじゃ、二人とも。行ってくる」
「行ってこい」
軽く手を振り、二人に背を向けて丘を降りる。旅立ちの日にふさわしく、よく晴れた日だ。
「いっ――、いってらっしゃあぁい!絶対に帰ってきて下さいねぇ!」
今まで聞いた中で一番大きいイズイの涙声を背中に受けて、俺たちは王都へと向かい丘を降りる。
分かりきった事を確認するように、悪戯そうな顔でシーラが俺の顔を覗き込んで笑う。
「やっぱり」
「……うるせぇよ。きもくて悪かったな」
目を拭いながら言い返すと、シーラは眉を寄せる。
「何も言ってないけど」
しばらく歩いて、王都の市街まで降りてから初めて振り返る。遠く、丘の上には高くそびえる神樹ガルガンテ。仲間たちと一緒に作り上げた、俺とシーラの帰る場所だ。
――国境沿いの要衝・エルラディール。闘技場のあるヴィザからさらに北西。
通常の馬車で一週間、竜馬であれば二日もかからずに着く距離だ。そこから隣国バリルライオ王国に渡り、更に北上。12年前は王都から北に直進した別ルートで向かったが、どちらにせよ結構な長旅になる。
この昂る気持ちを切らしたくないので、俺たちの移動手段は竜馬一択だ。長い期間お供してもらうので、期間貸しでなく買い取りにした。一頭600万ジェン。二頭の竜馬は晴れてうちの子となった。
「シーラ、お前もう名前決めた?」
「は?なに急に。何の話?」
長距離移動用の鞍の背もたれに寄りかかり、手綱も持たずに本を読むシーラ。どんな体幹してんだよ。
「竜馬の話。これから長い付き合いになるんだから、名前は必要だろ」
「へぇ、ちょうど名前とか決めたかった。じゃあリューズ」
「紛らわしいのはやめてね!?」
「いちいちうるさい。じゃあリュージ」
ムッとしながら即座に代替案を提示してくる。そして、意外に悪くない。『竜馬』の竜とリューが掛かっているのが気に入った。
「わはは、いい名前だな。じゃあお前はリュージ。よろしくな」
竜馬は知能も高いので、ある程度人間の言葉も理解するという。理解してかしないでか、俺が声を掛けるとリュージは迷惑そうに眉を寄せ、プイっと進行方向を向いた。
「リューズのは?」
「俺の?……えーっと、なぁ……。そんなにすぐには決められねぇよ。一生ものだもんなぁ」
「じゃあ私が決める」
シーラが得意げに鼻息を荒くする。そして、ジッと俺の乗る竜馬の目を見る。
「決まった。ルーシー。いい?」
「ルーシー……」
(なんとなく『リューズ』と『シーラ』を混ぜた響きに感じるが、考えすぎだよな?指摘するのも自意識過剰で事案気味だよな?)
と、考えるまに仮称・ルーシーは甲高い声で一度雄たけびを上げた。
「いいって」
「俺に聞いたんじゃないのね。まぁ本人が気に入ってるならいいんじゃねぇか?そんじゃ、ルーシー。よろしく」
シン、と返事もなくルーシーは黙々と職務を全うする。
「なんで!?」
「あはは」
いまいち腑に落ちないけど、シーラが楽しそうでよかった。
俺と、シーラと、二頭の竜馬――リュージとルーシーは、ウィンストリアを発ちエルラディールを目指す。




