102話 光
――その夜、ピッカピカの厨房を使って料理を作り、樹の上に置かれたテーブルを囲む。
遮るもののない空には満点の星空。月は見えない。
皮までカリッと香ばしく焼いたローストチキンと、月光草のスープ、そしてシーラのリクエストで様々な野菜スティックとたくさんのディップソースが並ぶ。
「ねぇ。もういい?早く」
甘辛いタレの焦げた匂いをスンスンと嗅ぎながら、シーラが催促をする。
「はいはい、もう少しだよ」
全員のグラスに飲み物を注いで準備完了。
「ではでは〜、セレスティア様から乾杯の音頭をいただきましょうかぁ!」
「私が!?……あー、最初『樹を家にする』って聞いた時は、『こいつら馬鹿じゃねぇの!?』と思ったが、まさか収納魔石をこんな使い方するとは考えもしなかったな。イズイも寝ずにやってくれたから――」
「長っ」
先刻の感謝の言葉などどこ吹く風、とばかりにシーラが呟き、セレスティアは何故か嬉しそうにクスリと笑う。
「だな。とにかく、乾杯!」
『かんぱーいっ!』
グラスの重なる音が夜空に響き、完成パーティが始まる。
「組み合わせが無限すぎる」
さっそくシーラは野菜スティックを頬張る。
「ローストチキン分けますねぇ」
「は?そのままでいい」
「野生的っ!」
イズイとシーラが楽しそうに食事をする姿を眺めながら、セレスティアはワイングラスを傾ける。
「すいませんね、まさかここまでの物を作ってくれるとは思わなかったよ。……掛かった費用は払いますぜ?」
俺がそう言うと、セレスティアは馬鹿にした様に鼻で笑う。
「馬鹿が、高すぎてお前にゃ払えないよ。……それにお前の為じゃない。シルヴァリアの為にやった事だ。気にすんな」
「お前はシーラに甘いよなぁ」
それを聞いたセレスティアは一口ワインを飲み、口元を弛める。
「当然だ。あの子は、自分ですら諦めていた未来を照らしてくれたんだぞ?」
そっと右手でお腹に触れ、愛おしそうに言葉を紡ぐ。
「会える事は無いと諦めていたこの子と、【祝福】を消しさえすれば会える。そんなシンプルで明るい未来をあの子は示してくれたんだ。そりゃ甘くもなるだろが」
それを聞いて俺もニヤリと笑う。
「あぁ、じゃあ俺と同じか」
「はぁ?馬鹿が。お前と一緒にすんな」
空いたグラスに自分でワインを注ぎ、紫紺の液体を夜空にかざしてみる。
「言っとくが、お前にとっては昇級前祝いだからな?」
セレスティアは半分飲んだグラスを俺に差し出し、真っ直ぐな瞳で、威圧感も込めて言葉を続ける。
「だから、絶対に『神殺しの魔窟』をクリアして、二人でここに戻ってこい。ここはそのための場所だ。いいな?……死んだら、ぶっ殺すぞ」
セレスティアらしい真っ直ぐなエールが、胸の真ん中辺りを確かに貫く。俺はグラスを受け取り、グイッと飲み干す。
「あぁ、必ず」
【不老不死】の祝福を持つ俺は死なない。だけど、セレスティアが言っているのはそう言うことではないんだ。命をなくす事だけが『死』でないことを、俺たちは知っている。
「セレスティア様〜、一つ質問いいですかぁ?」
イズイが挙手すると、セレスティアは面倒くさそうに眉を寄せる。
「……なんだよ、面倒くせぇ」
「今、『神殺しの魔窟』ってS級パーティ『魔断』も挑戦してるんですよね?」
――『魔断』。年齢は俺より少し上で、俺たちが先にA急になった辺りから敵愾心を露わにしていた。全員大剣を携えた魔法剣士四人組で、リーダーのツァルは紺と黄色の、二色に分かれた髪が特徴的だった。
「あぁ、もう半年は経つがな」
「もし、『魔断』がクリアしてたら、二人の昇級はどうなるんですか?」
「あ」
まるでそんな事を考えていなかったとばかりに、セレスティアは口元を抑えて短く声を発する。
「ねぇ!?どうなんですかぁ!?セレスティア様!」
確かに。申し訳ないが、俺もその可能性は一切考えていなかった。ダンジョンに踏破目的で潜れば数ヶ月くらいかかるのはザラだ。
明日にでも彼らが『神殺しの魔窟』をクリアして凱旋する可能性もゼロでは無いだろう。
けれど、それならそれでいい事だと思う。そりゃ本当は自分で仇を取りたい。でも、だからと言って嫌われているとはいえ旧知の人間の死を望むほど人間が腐ってはいないつもりだ。
「それなら、別のやり方でちゃんとS級を目指すさ。作戦、考えてくれるんだろ?」
俺がそう言うと、イズイは瞳をうるうるとにじませて、身体を震わせたかと思うと、グイッと一気にワイングラスを空けると、高らかにグラスを掲げて宣言する。
「もちろんでぇす!お任せくださぁい!」
そして、楽しい夜は更けて、セレスティアとイズイは別室の客間にて眠りにつく。なんと、三日三晩睡眠なしでこの家を作ってくれていた様で、二人はベッドに入ると瞬時に寝息を立てた。
「ふふ、こんな家、最高すぎる」
ベッドに寝転がると、シーラはパーティの思い出を反芻しながら呟く。
「畑も下にあるらしいぞ」
「すご」
ベッドに寝転がるシーラは足をパタパタと動かしながら、指折り数える。
「『神殺しの魔窟』をクリアしたら、芋を植えて、できた芋を持ってバルハードに行く。ふふ、芋も墓に入れよう」
「それは多分ありがた迷惑ってやつだと思うぞ?」
かつて誰一人としてクリアしたことのない最高難度のダンジョン。シーラはそのクリアに微塵の疑いも持っていない様子だ。
と、『墓』と聞いて思い出す。
「そうだ。魔窟に行く前にさ、墓参り行かないか?シーラのお母さんの」
「ん。いいよ。行こ」
最後になるから、とかそんな弱気な理由じゃない。きっと、シーラを大事にしていたお母さんに、危険な場所にその宝物を連れていく事を伝えにいかなきゃ、と思ったから。
「また楽しみが増えた」
「わはは、俺も」
王都の北西、国境近くの要衝・エルラディール。次の目的地は決まった。
帰るべき家も出来た。お母さんの墓参りを終えたら、準備をして出発しよう。――神殺しの魔窟へ。
◇◇◇
――夜半過ぎ。
離れたベッドにリューズの寝息を感じながら、シーラは天井を見つめる。
左手を上に伸ばし、握っては開く。感じる違和感の正体が分からぬままベッドの上で眉を寄せるが、すぐに瞼を閉じた。




