【2期】6話 「同じ顔の客人」
王女は、二枚目の絵の前で足を止めたまま、しばらく動かなかった。
一枚目は、世界樹の側で祈る人々の絵だった。
巡礼者たち、土地の民、巫女たち。その群衆の端に、薄い色の髪の少女がいた。少し似ている――そう思っただけだった。
だが、二枚目は違う。
海辺の港町で行われた船祭りの絵。
帆を飾った船、魚を捧げる人々、潮風に翻る旗。場所も、空気も、服装もまるで違う。
なのに、その絵の片隅にもいた。
木箱の上に腰かけ、果物を抱えた年若い少女。
薄い色の長い髪。
どこか気の抜けた立ち方。
つい今しがた見たばかりの顔立ち。
古い絵だ。顔立ちが少しくらい重なることはある。
髪の色も、絵具の褪せ方でどうとでも見える。
そう思おうとして、王女は無意識に最初の絵を振り返った。
それから、もう一度、目の前の絵を見る。
似ている、ではなく。
同じに見えた。
王女は、そのまま回廊の先へ進んだ。
三枚目には、いなかった。
山間の礼拝堂の落成図。集まっているのは職人と土地の領主で、見覚えのある顔はない。
四枚目にも、いない。
北方の冬市を描いた絵。雪と毛皮と白い息ばかりが目につく。
五枚目で、また足が止まった。
南方の歌会を描いた絵だった。花輪と薄布に囲まれた人垣の後ろ、楽師たちの影に紛れるように、あの少女が立っていた。
王女はさらに進む。
次はいない。
その次にもいない。
だが、忘れかけた頃にまた現れる。
全部ではない。
むしろ、ほとんどの絵にはいない。
それでも、時々ふいに、いる。
王女は、絵の下に添えられた札を見た。
寄進元の地方名。
描かれた出来事。
おおよその年代。
三百年前。
六百年前。
さらに奥では九百年前。
場所も違う。
時代も違う。
なのに、現れる少女だけが変わらない。
この神殿には、土地の内外を問わず、寄進された絵や記録が集まる。
祈りの品も、珍しい資料も、誰かが残したいと思ったものは、長い年月のうちにここへ流れ着く。
もし本当に同じ顔が時代をまたいで残っているのなら、群衆画の先に、もっとはっきりした痕跡があるかもしれない。
王女は回廊を離れ、さらに奥の保管区画へ足を向けた。
人物そのものを描いた記録や、寄進品に添えられた由来書き、保管札のついた古い額装が、年代ごとに収められている場所だった。
壁に掛けられているものは少ない。
多くは額に収められたまま棚に立てかけられ、あるいは箱に寝かされ、目録だけが別に置かれている。
王女は目録を取り、群衆画と年代の近いものから順に当たり始めた。
一枚目。違う。
二枚目。違う。
三枚目は老いた学者。
四枚目は武装した地方領主。
五枚目は見知らぬ巫女。
額を戻す。
次の棚へ移る。
そこにも、関係のない顔が並んでいた。
老女。若い術師。商人。兵士。旅芸人。
王女は無言で、ひとつずつ確かめていく。
違う。
これも違う。
そして、何枚目だったか分からなくなった頃だった。
その中の一枚を取り上げた時、王女の指先が止まった。
若い少女の肖像だった。
群衆に紛れていた時より、ずっとはっきり分かる。
薄い色の髪。静かな目元。幼さの残る輪郭。
小ぶりな椅子に斜めに腰かけ、膝の上で指を重ねた姿で描かれている。
少し首を傾け、こちらへやわらかく微笑んでいるその顔には、構えたところがまるでなかった。
王女は、額を少し持ち上げたまま見つめた。
きちんと肖像画らしく座っているのに、どこか少しだけ気の抜けた空気。
……知っている顔だった。
額に添えられた保管札には、こうあった。
――『灰花の娘』。
本名ではない。
その場で誰かがそう呼んだだけの名に見えた。
王女はその額を脇へ置き、次を探した。
すぐには出てこない。
次の棚にもない。
さらに別の箱を開けても、老神官、地方の豪商、名もない修復師の記念画ばかりが続く。
王女は眉を寄せたまま、また一枚ずつ見ていく。
そして、かなり間を置いて、もう一枚を見つけた。
違う年代。
違う土地から来た記録。
こちらの少女は立ち姿だった。
袖の長い旅装の上から薄い外套を羽織り、片手を椅子の背に添えている。
髪の結い方も違う。前の絵よりきちんとまとめられていて、表情もわずかに大人びて見えた。
描き方そのものも違う。絵師の癖だろう、目元の線も、口元の柔らかさも少しずつ違っている。
けれど。
目の置き方。
少しだけ気の抜けた立ち方。
こちらを見ているのに、どこか別のものにも気を取られていそうな表情。
保管札には、別の呼び名がある。
――『野葡萄の客人』。
王女は、その場でしばらく動かなかった。
さらに三枚目を見つけるまでにも、長くかかった。
別の箱。別の棚。別の地方から送られた寄進記録。
今度の少女は、窓辺に身体を半分向けた姿で描かれていた。
髪を緩くまとめ、片手には閉じた扇のようなものを持っている。
服も前の二枚とは違う。地方の意匠なのか、胸元の刺繍が細かい。
なのに、ふと目が合った気がするあの感じだけは、やはり同じだった。
――『春眠の魔女』。
王女は、小さく息を吐いた。
当たりが続いているわけではない。
むしろ、ほとんどは無関係な顔ばかりだ。
その中に、忘れた頃に混ざる。
別の時代の、別の土地の、同じ少女が。
王女は、見つけた額を近くへ寄せ、保管札に添えられた覚え書きを読む。
――祭りの折、焼きたての平パンをたいそう喜ぶ。
――果実の籠を提げていた。
――寄進ののち、夜明け前には姿が見えず。
――騒ぎの翌朝、客間はもぬけの殻。
――去り際を見た者はいない。
別々の時代。
別々の呼び名。
別々の土地から流れ着いた記録。
それなのに、記される癖がどこか似ている。
パン。
果物。
そして、何かあれば、すぐにいなくなること。
王女は無言で、さらに次の額を確かめた。
そこで……王女は、ぴたりと動きを止めた。
――そこに描かれた少女は、禍々しい、黒い杖を持っていた。
描かれている少女は、石の手すりに軽く体重を預けるように立っていた。
肩の力は抜け、口元にはごく薄い笑みがある。
手にある大きな黒い杖だけが、まるで噛み合っていなかった。
王女は前の額を見返した。
そこには杖がない。
さらに前にも、ない。
群衆画でも、最初の方では手ぶらだった。
籠を抱えていたり、果物を持っていたりすることはあっても、杖はない。
王女は、もう一枚出す。
そこには、また杖がある。
さらに一枚。
やはりある。
「……途中からなのね」
王女は、年代を見比べた。
最初の記録から数百年。
顔は変わらないまま。
ある時を境に、杖だけが加わる。
ぞくり、としたものが背を撫でた。
王女は最後に、保管箱の奥に収められていた少し大きめの額を取り出した。
少女は正面を向いていた。
大きな黒い杖を片手に持ち、こちらに向かって、やわらかく笑っている。
無害そうな、にこにことした笑みだった。
何も知らない人間が見れば、親しみやすい旅人の娘にしか見えないだろう。
なのに、王女の喉はひどく冷えた。
その顔を、知っていた。
額に添えられていた保管札を読む。
――“白枝さま”と呼ばれた客人。
――甘い果実と白パンを多く寄進す。
――滞在三日。
――術式庫に騒ぎありし翌朝、姿を消す。
――笑みやわらかにして、害意なしと多くの者これを記す。
王女は、しばらく動かなかった。
害意なし。
それはたぶん、本当なのだろう。
この少女は、何かを壊しに来たわけではない。
奪いに来たわけでもない。
ただそこにいて、何かが起きると、騒がせたことを悪く思って、自分から消える。
それが一度や二度ではなく、何度も繰り返されてきたのだとしたら。
王女は目を閉じる。
もし、あの魔法使いの少女が、自分の正体を知られそうになった時。
もし、自分が長く生きすぎていることを、周囲が知ってしまった時。
きっとあの子は、申し訳なさそうな顔をするだろう。
それから、笑ってごまかして。
最後には、いなくなる。
あの子にとっては、百年くらい姿を消すことも、ひどく大げさなことではないのかもしれない。
こちらが、永遠の別れだと思うほどの長さでも。
王女は、目を開けた。
「……だめね」
小さく呟く。
ひとりで知ったままにしていいことではなかった。
* * * * * * * * * * * *
勇者と剣士が呼ばれた時、王女はまず何も説明しなかった。
「ついて来て」
それだけ言って、二人を群衆画の回廊へ連れていく。
王女は最初の絵の前で止まった。
「世界樹の側で祈る人々の絵よ」
群衆の端にいる少女を示す。
次の絵へ進む。
「こっちは海辺の港町の船祭り」
勇者は最初、何も言わなかった。
ただ、二枚のあいだを視線が往復する。
その次へ進む。
「山地の礼拝堂の落成図。ここにはいない。さらに北方の冬市。これにもいない」
王女は歩を進め、南方の歌会の絵の前で止まった。
「……ここで、またいるの」
勇者が、ようやく息を吐いた。
「……いや」
低い声だった。
「ちょっと待て。これ、どういうことだよ」
剣士は無言のまま絵に近づいた。
その視線は鋭いのに、表情だけが少し固まっている。
「……同じだな」
短い一言だったが、いつもよりわずかに重かった。
王女は二人をさらに奥へ連れていく。
人物記録の保管区画。
目録。
取り出したままの額。
勇者の視線が、保管札の呼び名を追う。
「灰花の娘……野葡萄の客人……春眠の魔女」
「本名じゃないわ。その時その時で、周囲が勝手に呼んだだけでしょうね」
王女は、覚え書きの残る保管札を示した。
「好むものも、消え方も似ている。パンと果物。騒ぎのあとに姿を消す」
勇者は、そこで言葉を失った。
幼馴染として知っている癖が、何百年も前の覚え書きの中にそのまま残っている。
「……おかしいだろ」
掠れた声だった。
最後に、王女は杖を持った絵を見せた。
勇者の顔色が変わる。
「おい……これ」
今度は、そこで言葉が切れた。
剣士が低く言う。
「杖まで同じか」
「最初の頃の記録には出てこないの。けれど、ある時期から先は、かなりの頻度で一緒に描かれているわ」
「知られたら、逃げるか?」
「たぶんね」
勇者が王女を見る。
「なんで、そこまで言い切れるんだよ」
「記録がそう言っているからよ。騒ぎのあとに消える。翌朝にはいない。去り際を見た者がいない。……あの子らしいでしょう」
勇者は答えなかった。
善意で。
迷惑をかけたと思って。
自分が消えれば丸く収まると考えて。
そういうことを、あの子は本当にやりかねない。
「問い詰めたら終わりね」
王女が言うと、剣士は短く頷いた。
勇者が低く問う。
「じゃあ、どうする」
「もっと調べないと。杖が出始める時期を絞って、年代を照らす。いつ頃の記録から、あの子が出てくるのか」
勇者はなおも王女を見ていた。
「そのあとは? 捕まえるのは簡単だけど、あいつ、たぶん杖呼べるぞ。逃がさないのはたぶん無理だ」
「逃げられないようにするんじゃないわ」
王女は机の上に置かれた肖像画を見下ろして、不敵に笑った。
「逃げなくてもいいと、分かってもらうの」
* * * * * * * * * * * *
185:風の名無しさん
王女様の調査シーン怖かった
暗いし
無音だし
職員はなんか不気味だし
191:風の名無しさん
急なホラー展開やめろ
197:風の名無しさん
でもこれで
魔法使いちゃんが長命種なことがほぼ確定しました
200:風の名無しさん
あんなに叩かれてた長命種ニキの説が正しかったとは……
このリハクの目でも読めなかった
204:風の名無しさん
長命種ニキを1度も疑わなかった者だけが石を投げなさい
210:風の名無しさん
いや私は最初から信じてましたよ!
217:風の名無しさん
叩いてたのはスレの空気であって
俺個人ではないんだよね
224:風の名無しさん
あれは否定じゃなくて
健全な議論の活性化だから
231:風の名無しさん
ワイは反対してたんやない
長命種ニキを試してただけや
238:風の名無しさん
ともかくこれでハッピーエンドだよね!
もう寿命とか気にする必要0なんだから!
249:風の名無しさん
いやーよかったなぁ
280:風の名無しさん
長命種ニキはなんで喜んでないの?
もっと喜びなよ当たってたんだから
291:長命種ニキ
だってこの後って
いえ何でもないです
300:風の名無しさん
いいから言ってみなよ
いえ教えろください
306:風の名無しさん
あ、でも確かに……
309:長命種ニキ
1000年後も生きてるのって魔法使いちゃんだけですよね?
仲間はみんな死んでますよね?
317:風の名無しさん
え?
326:風の名無しさん
まあそりゃ……うん
341:長命種ニキ
じゃあまた1人になっちゃうなって
350:風の名無しさん
あんなに「ずっと一緒にいる」とか言っといて?
366:風の名無しさん
勇者と魔法使いちゃんが結婚すれば良くない?
それで子供と一緒に暮らせば?
ほら魔法使いちゃんの子ならたぶん長生きでしょ?
383:風の名無しさん
いや養子でもいいだろ
いっぱい引き取れば寂しくないじゃん
388:風の名無しさん
見送る回数が増えるだけでは……
394:風の名無しさん
でも勇者、魔法使いちゃんとちゃんと進展できそ?
これまで全然進んでませんけど、限られた時間内でいける?
俺は無理だと思う
401:風の名無しさん
同じく
うまくいく未来が見えん……
せめてあと80年くらいあれば……
410:風の名無しさん
もう(時間)ないじゃん……
417:風の名無しさん
監督「この話はラブストーリーですし、ハッピーエンドを目指してますよ」
423:風の名無しさん
「目指す」ってのが不穏すぎる
429:風の名無しさん
到達するとは言ってないんだよなぁ……
2期もアニメは全10話です。




