長い夜
エイムの魔法を込めた三体の人形たちは、散り散りに町の外周へと向かっていた。
即席で築かれた塀は粗が目立ち、小さな人形が潜り抜けるには十分な隙間があった。
手のひらほどのサイズの彼らは、慎重に塀をくぐり抜け、夜の町へと忍び込む。
夜の風が町の空気を撫でる。
窓辺には温かなオレンジ色の灯りがともり、表面上は平穏な夜を装っていた。
人形たちは耳を澄まし、目を凝らす。静寂の中に紛れて、かすかなうめき声が家々の中から漏れていた。門番の言葉はどうやら真実のようで、町には確かに伝染病が広がっているようだった。
ある者は窓の外で動きを止め、音に集中する。
ある者は物音ひとつ立てずに、扉の隙間からするりと家の中へと入り込む。
彼らの使命は明白だった。情報を、ただそれだけを集めること。
夜が更け、星々が高く昇る頃。
エイムは眠気に抗いながら、小さな焚き火のそばでじっと人形たちの帰還を待っていた。
シラセも彼女の隣に座り、同じように目をこすっていた。
ほどなくして、三体の人形が音もなく戻ってきた。
「みんな、お帰り!どうだった?」
エイムの問いかけに、人形たちはそれぞれが見聞きした情報を報告する。
「なるほど……やっぱり病は本当みたい。痛みを訴えるような声が、あちこちの家から聞こえたって……
でも、咳やくしゃみは無かったんだね……」
「なあエイム、普通、伝染病っていえば咳やくしゃみで広がるもんだろ?」
シラセが不思議そうに眉をひそめる。
「うん、私もそう思ってた。でも、この病はちょっと違うみたい……」
二人はしばし黙り込み、思案に沈んだ。
その時、沈黙を破るように、一体の人形が不意に口を開く。
「ᚲᛁᛁᛏᚨ ᛏᛟᚲᛟᚱᛟ ᚾᛁ ᛃᛟᚱᚢ ᛏᛟ ᛃᚨᛗᚨᛁ ᚾᛁ ᚲᚨᚲᚨᛏᛏᚨ ᚺᛁᛏᛟ ᚹᚨ ᛗᛃᛟᚢ ᚾᚨ ᚺᚨᛏᛏᛖᚾ ᚷᚨ ᚲᚨᚱᚨᛞᚨ ᚾᛁ ᚢᚲᚨᛒᛁᚨᚷᚨᚱᚢ ᚱᚨᛋᚺᛁᛁ ᛉᛖ!」
エイムが目を見開き聞き返す。
「……斑点?」
「ん?なんだって?」
「うん、この子が言うにはね――病にかかった人の肌には、小さな斑点が浮かぶらしいの」
「斑点……それが、この病の特徴ってことか?」
「そうだと思う。でも、それが何を意味してるのかまでは、まだわからないな……」
二人は再び沈黙し、疑念を抱えたまま思考を巡らせた。
そのとき――ふと、シラセが顔を上げる。何かの気配を感じて、塀の方を見やったのだ。
暗闇の中、かすかに小さな何かが動く影を見た気がした。
だが、それは森の奥へとすぐに姿を消してしまった。
「……もっと情報が必要だね。夜は人が少ないから、明るい時間の方が話を聞けるかもしれない」
エイムの声に、シラセは向き直った。
「でもよ、昼間に人形たちを動かすのはリスクが高いぞ。特にこの場所から塀までは、隠れる場所がほとんど無いし……巡回してる兵士もいるしよ…」
「うん、だから……今夜のうちに人形たちを町へ忍ばせて、そのまま日中も潜伏させようと思ってる」
「なるほど。でも……エイムが眠ったら魔法が解けるんじゃなかったっけ?ピー助以外は」
エイムは苦笑いを浮かべた。
「そうなの……だから、徹夜するしかない、かなって。はは……」
「マジかよ……」
シラセは呆れたようにため息をつきながらも、拳を握りしめた。
「よし、俺も起きてる!一緒に頑張るよ!」
その言葉に、エイムはくすりと笑って答える。
「ううん、大丈夫!シラセはちゃんと休んで?
でもその代わり、私が寝不足でふらふらの時に何かあったら、ちゃんと守ってね?」
悪戯っぽく微笑むエイムに、シラセは一瞬で顔を赤くした。
「わ、わかったよ……!そ、その時は俺が……ちゃ、ちゃんと守ってやる……っ」
その言葉は照れ隠しにかすれて、最後まで聞き取るのがやっとだった。
エイムは優しく微笑み、そして人形たちの方へと向き直った。
「というわけで、お願い。もう一度、夜のうちに町へ忍び込んで、日中の情報もできるだけ集めてほしいの。大丈夫?」
「ᛗᛟᚲᛁᚱᛟᚾ ᛞᚨᛉᛖ!」
人形たちは元気に答えると、再び音もなく闇へと駆けていった。
静けさが戻る中、エイムは一度大きく息をつき、星空を仰いだ。
小さな人形たちが目指すその先に、真実のかけらがあることを願いながら――
長い夜は、まだ終わらない。
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