34.湖畔の作戦会議<2/5>
「古代の燃料はもう手に入らないから、代わりに、生きた人間を動力炉に放り込んで魔力を取り込んでたんだよ。動力室の床に、風化して砂になった骨が真っ白に積もるくらい昔からな」
「人の……?」
さすがに戸惑った様子で、アルディラがグランを見返した。グランが頷くと、
「私も見ました」
錫杖を片手に、ヘイディアがグランの横に立った。
「あの夫人は、町の非常事態に備えるためと称して、城の機能を維持するためにと生きた人間を心臓部の機械のなかに放り込んで、魔力を吸い上げていました。特に法術の素質がある私やエレム殿のような者は、燃料としてとても具合がよいのだそうです」
「夫人は、ヘイディア殿まで、城の燃料として使おうとしていたのか?!」
それまで黙って聞いていたオルクェルが、さすがに怒気を含んだ声でウァルトを見やった。
「三人が城で迷ったように見せかけたのは、彼らを捕らえて城の動力として利用するための策略であったのか? 」
正確にはそれは少し違う。
もちろん、できればそうしたいとは思っていたのだろうが、エルディエルの部隊の手前、本来は穏便に送り出すつもりだったはずだ。ただ、グランが転移の法円を作動させて、勝手に地下に入ってしまったことで、夫人は欲が出たのだ。
だが、今の話の流れとしては、三人が一方的に夫人に嵌められた事にしておいた方が判りやすいだろう。グランはもっともらしい顔で頷いた。
「逃げる時に、動力炉の一部を破壊してきた。あの炎の蛇は、その後に現れた。動力部に蓄えられてた魔力が行き場を失って暴走してるんじゃないかと思うんだが、違うか?」
「し、知らない……私はなにも知らない!」
立っていられなくなったらしいウァルトは膝を折り、青ざめた顔で頭を抱えてうずくまった。自分達の主の様子の変わりように、ついてきていた兵士達は戸惑った様子で立ちすくんでいる。
「『領主は魔女だ、生きた人間を食べて若さと美しさを保っているのだ』……なるほどな。実際に人を喰らっていたのは、城の方であったようだが」
静かにウァルトを見下ろして、ルスティナが呆れたように息をついた。そのまま、真剣な表情でその場を囲む全員を見回した。
「役場の人間の話では、戦乱時に同じように火の蛇が現れたという伝説が残っているそうだ。当時にも、同じように城の動力炉を破壊した者がいたということであろう。しかし、現実として城は今まで残っている。放っておいたら、動力部は勝手に壊れた部分を直して、機能を元通りにしようとするのではないだろうか」
「……そう、かも知れません」
ランジュの手を引いてグランの横に立ったエレムが、はっとした様子で声を上げた。
「動力炉につながっていた管を壊したんですが、その上にあった寒天状の組織で勝手に穴を塞ごうとしてました。あの炎が吹き出したのはその後です」
「そうするとあの炎の蛇は、動力炉が元通りになり、防衛機能が正常に作動できるようになるまでの間、侵入しようとする外敵を威嚇する役目もあるのかも知れぬな」
なるほど、ただの魔力の暴走ではないということか。
「ではもとどおりになれば、夫人は新たにまた燃料として人間を放り込むのではないか? 今の破壊で失われた分の力を補うために、更に数多くの人間を」
「考えられます」
静かに、ヘイディアが言い切った。それまで、硬い表情で話を聞いていたアルディラが、大きく首を振った。
「そんなの、許される事じゃない。町を守る機能を維持するために、人間の命を犠牲にするだなんて、ただの言い訳だわ! あのおばさんは自分を若く見せたいから、あの城の力を利用してるだけなんでしょ、くだらない!」
ばっさり斬り捨てたものだ。もちろんそれ以外にも、城の管理者に与えられる特権はあるのだろうが、アルディラの言葉はたぶん明確に真実を突いている。
エスツファが口笛でも吹きそうな顔になり、ルスティナに横目で見られて慌てて真面目な表情を作った。
「それに、私の大事な臣下を自分の城の燃料にですって?! 馬鹿にするのもたいがいだわ。ヘイディアはエルディエルの守護神ルアルグの神官で、強力な法術師なのよ。ヘイディアに危害を加えようとしたなら、それはエルディエルへの敵対行為と同じ事だわ!」
「て、敵対……そんな!」
両手を腰に当てたアルディラに睨み付けられ、ウァルトの顔色が青を通り越して白くなっていく。
大国エルディエルとの対立は、この南西地区一帯では国の存亡にすら関わってくる。ましてや、ここは小国の中の一地方にすぎない。
もし領主の伯爵夫人がエルディエルに対して明確な敵対行為を働いたと認められたら、国王は領主側をあっさり見捨てるだろう。クレウス伯の領地や伯爵号の返上もありうる。当然、伯爵家の一員として恩恵を受けている息子達の立場も危うくなる。
「め、滅相もありません! わ、私は今の皆様の話を全く知りませんでした。もし伯爵夫人がそのようなことを企てたのだとしたら、きっと悪いものに取り憑かれているか、気でも狂ったに違いありません」
「そらぞらしい……いずれ城を受け継ぐあなたたちが、夫人がなにをしてるか知らないわけが」
「よし、それでいこう」
持ち前の口達者さで更に言い募ろうとしたアルディラを、エスツファのいまいち緊張感のない声が押しとどめた。




