33.湖畔の作戦会議<1/5>
城への浮き橋がつながる防波堤の上は、エルディエルとルキルアの部隊と、ヒンシアの衛兵たちが集まって、かなりの騒ぎになっていた。まだ日没前だが、火のついた松明を持った兵士も多くいる。
小舟は一目散に、その防波堤に近づいていった。
城が遠ざかれば遠ざかるほど、雲の多い空へと伸びた火の柱の異様な大きさがよく判った。さっきは一本だった火の柱は、今は三ツ股にわかれ、ひとつの体に四つの首を持つ蛇のようにそれぞれが体をうねらせている。
ただ火が燃えるだけでは、あんな形にはならない。城の動力として蓄積された魔力の影響だろうが、うごめき身をくねらすその姿は、何らかの意思を持った生き物のようにしか見えなかった。
戦乱時、攻め込もうとした敵勢を、湖を守護する火の蛇が威嚇したという伝説。その真実を、グラン達は今、目の当たりにしていた。
城に逃げ込んだ者の一部が、古代施設の動力炉を見て驚き、破壊しようとして、今と同じ事が起きたのだ。
通常は湖側から船を防波堤につけることはできないようだが、今はグラン達を待つようにいくつかのロープと縄ばしごが垂らされている。濡れて重くなった服に閉口しながら、必死で防波堤の上にたどりつき、グランは改めて湖を振り仰いだ。
炎の柱を映し、湖面は血のように真っ赤に染まっている。あんなのが現れたら、どんな国の軍隊でも近寄るのをためらうだろう。
「グラン! エレム!」
慌てた様子で道をあける兵士達の動きを待つのももどかしそうに、転げるようにアルディラが駆けてきた。その後ろをおたおたと、オルクェルと護衛の兵士達が追いかけてくる。
「やっぱりあのおばさんがなにか悪さしてたのね!」
大人が見れば妖艶な美女の伯爵夫人も、アルディラにはひとくくりにおばさん扱いらしい。ずぶ濡れで石畳の上に座り込んだ二人の首に、アルディラは有無を言わせず抱きついた。エレムがなんとも言えない笑みを浮かべてグランを見る。
グランはアルディラの背中を軽く叩いた。
「今回ばっかりは、お前んとこの法術師のおかげで助かった。俺達だけじゃどうにもならなかった」
「……?」
アルディラは驚いたように二人から体を離すと、少し離れたところで座り込み、リオンとオルクェルに労われているヘイディアに目を向けた。灰色の髪から水滴をしたたらせるヘイディアは、近づいてきたアルディラに気づき顔を上げた。
その体を、アルディラはぎゅっと抱きしめた。
「みんな無事でよかった。ありがとう、ヘイディア」
驚いた様子のヘイディアの顔に、微かだが柔らかな笑みが見えた。軽く息をついたグランの肩に、乾いたタオルがかけられる。
「とにかく、無事に戻ってくれてよかった」
後ろからグランの顔をのぞき込んで、ルスティナが安堵の笑みを見せた。同じようにタオルを抱えたランジュが、ルスティナを真似てエレムに掛けてやろうとして、大きさに負けてばたばたもがいている。
結局エレムは自分でタオルをかぶり、ランジュの頭を撫でてやっている。それを見て目を細めると、ルスティナは湖の上でうごめく巨大な炎の蛇を振り仰いだ。
「して、あれはいったいなんなのだ。あの城で、いったいなにを見てきたのだ?」
「あれは……」
なにをどう説明するのが判りやすいのか、グランが言葉に困っていると、さっきアルディラが走ってきた方向が、また騒がしくなった。衛兵達を連れて、市長のウァルトがおどおどした様子でこちらにやってくるのが見えた。
ウァルトを目にした瞬間、今にも飛びかかって噛みつきそうになったアルディラを、オルクェルが必死で押しとどめている。
「お……お連れの方が見つかって、ようございました」
「これは市長殿、捜索に尽力いただき誠にありがたく思っている」
飄々とした顔でウァルトに答え、エスツファは湖上の城を指し示した。
「で、あれはなんであるのかな。領主殿の愛玩動物にしては、物騒に過ぎるようだが」
「あれは……いや私もよくは……」
引きつった顔で、ウァルトは言い淀んだ。周りに寄ってきたルスティナやアルディラの顔を見渡し、大きく首を振る。
「城を管理しているのは母……領主の伯爵夫人でありまして、私はなにも存じません。い、いったいあれはなんであるのか……」
明らかに、『自分はなにかを隠している』と白状しているような焦り方である。周り全員が冷ややかにウァルトを見返した。グランは濡れた髪を拭きながら立ち上がった。
「あの城は、古代人が作った施設の上に建ってるんだ。しかも古代施設はまだ機能している」
ウァルトの顔が目に見えて青ざめた。
「湖の水位が上がってもあの城は沈まない。地下にある古代施設の入り口になってるから、施設の防衛機能に守られてるんだ。夫人は管理者の権限を持ってるから、城と同じように守られてる。歳を取らないのもそのせいだ」
「そ、そんな夢みたいな事があるわけが……」
「古代人が、現代の法術をしのぐほどの強大な魔法力で、都市そのものを護っていたのは知ってるわ」
ひきつった笑いでグランの言葉を遮ろうとしたウァルトを、さらにアルディラが遮った。
「でも古代都市を動かしていた心臓部は、現存するどの遺跡でも喪われて、いったいどういう形で古代都市に動力が供給されていたかのは、全く判ってない。それが稼働してるなんて……どうしてそんな重要な遺跡を、この小さな町が占有してるの?! 古代遺跡の情報共有は、南西諸国和平盟約の重要な条項じゃないの!」
「遺跡の動力源として自分達が使っていたものを、公にすることができないからだ」
作り笑いすらできなくなったウァルトは、それこそ流れるような冷や汗をハンカチでせわしなく拭っている。グランは淡々と続けた。




