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会長とハンカチと私  作者: 蒼指輝
特別編 王子とハンカチと私
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とある国に、1つの物語がありました。

3日目、ようやくユミリアとダイは目的の地に着いた。


「ユミリア様、そういえば何故ここを選ばれたんです?」

ユミリアが指定した場所はフィオーラ王国の最南端にそびえる山の麓にある村だった。


「ここは気候がいいのと、山に近いところがいいなと個人的に思ったの。ずっと城の中にいたから広いところを見てみたくて」


ユミリアは馬車の従者にお礼を言って理由を説明した。

部屋にこもりがちだった分、綺麗な大自然を眺めてみたいと昔から思っていた。


まさかこんな形になるとは最初行きたいと思った頃は想像つかなかったけれど、人生どう転ぶか分からないし、これも面白いとユミリアは思った。


「さて、まず家を探さなきゃね」

「あー、大体の段取りは私に任せてくだせえ」


そう言うとダイは道行く人に声をかけ、こっちだそうですとユミリアをある家に連れて行った。


「ここが村長の家だそうです」

「あ、村長に挨拶してからでないとね」


外に出たことがないユミリアは本の知識しかない。

城住まいから田舎へ移り住んだ時の対策本などあるはずがなく、ダイに自分はついて行くしかないのだ。


「最初の方は任せていただいて大丈夫ですぜ。ユミリアさ…は慣れないことが多いでしょうから」

「えぇ、お願いするわ…いえ、お願いします」


馬車の中で2人は予め決めていたことがあった。

ダイの方は、ユミリアを呼び捨てで呼ぶこと、ユミリアの方はお嬢様用の言葉を改めること、そしてユミリアとダイは歳の離れた兄妹で、親を亡くしここに移り住んできたことだった。

ちなみに、ユミリアに故郷の記憶などあるはずがないので、ユミリアは事故などのショックで記憶がないという設定にしてある。


「ごめんくださーい」

「はい、どちら様かい」

「急にすいやせん、私達この町に今日来たんですが、ここに住むことは可能ですかい?」

「よくわからないが、取り敢えず中で話を聞こう」


2人は村長宅に入り、自分達の設定をいかにも本当かのように話した。


「だいぶ歳が離れてるなあ、兄さん私とそこまで歳変わらないでしょう?それに兄妹にしては似てないし」

「母親が違ってですねえ、その詳しいことはお話できねえんですが」

「ああ、いいよ、聞いて悪かった。家とかは決めてあるのかい?」

「いやあ、それが全然で。今日職探しと一緒にこの村を回らせてもらおうかと思ってんです」

「そうかい、それなら娘に案内させるよ。マスミ」

「はーい、何お父さん?」


マスミと呼ばれた少女はユミリアと歳が変わらないほどだった。


「この人達を案内してやってくれないか?職探しと家探しだ」

「分かった。私マスミと言います、よろしくね」

「私はダイで、こっちが妹のユミリアだ」

「よろしくお願いします」


村をざっと案内しながらマスミは2人に話を振った。


「そういえば2人は出来ること何かある?」

「農作業とか、花育てたりとかはできるよ」

「私も、あとは刺繍とか」

「刺繍かすごいね!あ、なら良い店があるよ!」


そのままマスミに連れられやってきたのは一軒の洋裁屋だった。マスミは店に入って店番をしているらしき青年に声をかけた。


「ツカサ、おばちゃん呼んできてくれない?」

「母さんにどんな用事?」

「おばちゃんの強力な助っ人になりそうな人を連れてきたよ」


胸を張るリリーの後ろでお辞儀をするユミリアとダイに、少し頬を赤らめた後、ちょっと待っててと言って母親らしき人を連れてきた。


「おばちゃん!針子できそうな人連れてきた!」

「おやおや、マスミちゃん、ほんとかい?」


店から白髪交じりの女性は、この店の店主のようで、1人でやっているものの、歳のせいもありもう1人雇いたいとマスミに話していたらしい。


「おや、これまただいぶ若い子だねえ。刺繍やったことあるのは本当かい」

「あ、はい。このハンカチの花も私が縫ったものです」


三色の花が刺繍されたハンカチを店主に見せると、まあ、と目を輝かせて言った。


「これだけその歳で出来るのは相当刺繍をしてきたんだろう!いいよ、歓迎するよ!」

「良かったね!」

「よ、よろしくお願いします」


ここまで早く決まるとは思わず縮こまっているユミリアの頭をポンとダイは叩いた。


「よかったじゃねえか、んじゃ私はこのまま家と職を探してくるんで、この店で待っといてな」

「え、一緒について行くよ?」

「いいよ、店で待ってな」


じゃあ、と言ってダイはマスミを連れてさっさと出て行ってしまった。


「君、名前は?」


2人の後ろ姿を見送っていると、ツカサと呼ばれていた先ほどの青年に声をかけられた。


「あ、私ユミリアと言います。その、よろしくお願いします」

「ユミリアちゃんか、昔聞いた王女様の名前と一緒だねえ」

「母さん、その名前はダメだって」

「あぁ、そうだったね、しかし、ユミリア様も同じくらいの年だろうなあと思ってね」

「城にいる王女様ではないんだし、その名前は出しちゃいけないってことになっているじゃないか、大体生きているかもわからないんだし」


親子の話を聞いて、ユミリアは何も返せなかった。

なんせ自分がそのユミリア王女だなんてバレてはいけないのだから。


「その、この店のものはすべて奥様が?」

「ええそうよ、私が作ってツカサに売ってもらってるの。ただ最近は歳のせいか目も遠くなって作るスピードが落ちちゃって。でも刺繍はやったことがある子はたくさんいても、働くまではなかなか大変でね。機械が普及してきちゃった分手縫い出来る子がいなくて困ってたのよ。店をたたんだ方がいいんじゃないかと思ったこともあるわ」

「そんな!どれも温かみがあって素敵です!私奥様には全然敵わないと思いますけど、しっかり手伝いますね!」

「ありがとう、良い子ね!本当助かるわ」

「これからよろしくね」


ユミリアはふと、前王妃が生きていたらこんなやり取りをしていたのかもしれないなと思った。

もし、の話をしても仕方がないけれど、2人を見ながら自分に当てはめてユミリアは少し胸が痛んだ。


そのまま時折会話に交じりつつ見守っていると、2人は本当に職と家を見つけて帰ってきた。


「この近くに綺麗な状態で残っている空き家があるみてえでね、その近くの老夫婦が色々育ててて、そこで雇ってもらえることになったんだ、んで空き家も抑えてあるよ」

「本当、ダイさん即決で」

「家具とか食料とかも買わないとなんで、ちょっくら急いじまいやした」

「ふふ、ダイが言うんだからきっと良い家ね」

「確かに、ここらで売りに出されている家では一番良い家なのがちょっと悔しいです」

「ふふ、私をお嬢さん甘く見ちゃあいけやせんよ」

「それじゃあ、家と家具を見に行こうか」


ダイが選んだ家は2階建ての外装はレンガで出来ていて、2人で住むには十分だった。


「ここ好きだわ」

「良かった!じゃあ必要なものをそろえやしょう」


そのまま3人は、というよりユミリア以外の2人で買い揃え無事に暮らすにあたって必要なものをすべてそろえて、マスミと別れた。


「とんとん拍子に進んだわねえ」

「私も初日に自分の家を持てるとは思いませんでしたよ」

「まあ、といってもリビングだけしか移動できないけどね」


割と綺麗な状態ではあったものの、埃とかは溜まっていて夜までに綺麗にできたのはリビングとキッチンだけだった。


「家具は明日届くから、明日は家掃除と家具運びですねー」

「そうねー、これから大変になりそうね」

「王女の暮らしとは真逆ですからね」

「でも、楽しみよ、縛られない生活と思ったらきっと楽しいわ」


笑い合って2人は未来を想像して楽し気に話していた。




あれから何年も経ち、王妃の部屋には顔なじみの3人が集まっていた。


「久々ですねえ、この3人で会うのは」

「本当に、モモなんかまさか王妃になるなんて思ってもみなかったわ」

「私が一番驚いているわよ、あれよあれよという間に外堀埋められていった感じがすごいけど」

「ハルバートさんも、もう騎士団長ですしね」

「シフォールさんだってメイド長じゃないですか」

「おかげで未だに私だけ独り身なんですけどね、仕事が恋人です」


かつてのユミリアの従者達は今では城の中で出世してそれぞれのトップになるまでになっていた。

モモはあれからシュンの猛アプローチを受け結婚し、王子と姫を1人ずつ育てている。


「そうよ、ユミリア様のお話を語り継ぐためにもぜひ子供作って聞かせなきゃ!」

「そう、だから今は若いメイド達にこんな話があるって言って話してるの」

「私も娘に前に話しましたよ、割と好評なんですよね」

「「その子見る目あるわね」」

「ありがとうございます」




3人はユミリアが去ってからそれぞれの仕事で働いていたものの、ユミリアのことは会えば話題に上っていた。

普通であればいない人のことは避けるものなのだろうが、3人はユミリアを故人に似た扱いにはせず、今は遠くにいる主人の気持ちで話していた。


そして、モモが王子を産んだ頃にシフォールがモモのメイドとしてついていたのだが、モモはある日シフォールに提案をした。


「ねえ、シフォール、ユミリア様のお話を物語にして子供に聞かせたいのだけどどうかしら」


「どうかしらって、ユミリア様お話作る趣味なんてなかったはずじゃ?」

「違うわよ、ユミリア様の作った話じゃなくて、ユミリア様の伝記に近いかしら、ユミリア様とレイモンド様のことを童話風にして聞かせるの」

「ちょっと、モモ。それはユミリア様に失礼じゃない?」

「でも、我が子にユミリア様のような性格の子でいてほしいし、私達は覚えているけど絶対子供たちは忘れていくわ。私達もずっと生きているわけじゃないし、伝えていきたいなと思うのよ」

「それは、まあ…」


モモの気持ちが分かる身として、シフォールは強く出れなかった。


「ハルバートさんにも言ったらいいんじゃないですかって」

「ハルバートさんまで!?」

「うん、ハッピーエンドに変えるのもどうですかって言ったんだけど、ユミリア様のことを伝えたい趣旨なら変えない方がいいんじゃないかって言ってたよ」

「そうなんだ…」

「あ、ただその時に宰相様関連のところは闇があるから自分も含めて消しといてと言われちゃった」

「闇…」

「それで今話をシュン様と作っているの」

「国王夫妻なにやってるの…」


ツッコミに似た相槌を入れつつ聞いていたシフォールは、最後の相槌でため息を吐いた。


「いいんじゃないの、というか、どうかしらって話す気満々じゃない」

「そうよー、シフォールにも広めてもらおうと思って」

「本気で言ってる?」

「もちろん!」


ニコニコ笑うモモに、シフォールは苦笑いだった。


「分かったわよ、協力するわ」




「あれが本当に叶うとはね…しかも」

「いい感じだったでしょう?」

「えぇ、同僚にも好評よ」


ヤケになりぎみにシフォールは言った。

本当に若い子たちに好評で、メイド達の間では驚きの速さで広がっている。


「城中に知れ渡るのも時間の問題ね」

「国王が承認しているんだからそりゃそうよ」

「ユミリア様のことを公で言えるようになったのもこれのおかげですね」

「ふふん、褒めてちょうだい」

「はいはい」

「いつかユミリア様の元へも届くといいな」

「届くわよ、きっと。まあユミリア様おばあちゃんになってるかもしれないけど」

「おばあちゃんになってもユミリア様は綺麗な貴婦人ね、きっと」

「きっとお元気に過ごされていますよ」


3人の思惑通り、この話は国中に広がり、母親から子供に訊かせる話の定番になった。


これは、昔王女だった少女の物語である。

これにて「会長とハンカチと私」並びに「王子とハンカチと私」はおわりです。最後までお付き合い下さりありがとうございました!

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