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不味いレーションを拒否した特級調理官ですが、追放先の辺境村で『道の駅』を開いたら三国の上層部が常連になりました  作者: 月神世一


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第一章 悪臭兵器(レーション)を拒否したら追放されましたが、退職金でタローマンに寄って辺境へ向かいます

悪臭兵器(レーション)を拒否したら追放されましたが、退職金でタローマンに寄って辺境へ向かいます

ルナミス帝国、軍需省兵站局の薄暗い会議室に、激しい怒声が響き渡った。

「何度言えばわかる! この『3型戦闘糧食』こそが、我がルナミス軍の兵站問題を永遠に解決する完璧な保存食なのだ!」

恰幅の良い体に高級なポポロシガーの煙を漂わせながら、上司であるザイード男爵が机をドンと叩いた。

彼が指差す先にあるのは、無地の真空パックから取り出された、鮮やかな黄色をしたスポンジ状の四角い塊――通称『ゲロオムレツ』だ。

私は特級調理官の制服のシワを伸ばしながら、その「物体」を冷ややかな目で見下ろした。

「次長。何度でも申し上げますが、それは人間の食べ物ではありません。スライムの死骸から抽出した凝固剤に、ロックバイソンの骨粉と籾殻、腐敗寸前の醤油草の絞りカスを無理やり魔法で固めただけの産業廃棄物です。一口かじれば強烈な胃酸と腐った靴下の匂いが鼻を突き抜け、兵士の9割が嘔吐したという報告が上がっています」

「うるさい! 原価は同粒5枚! 賞味期限は無限だ! 戦場の兵士など、腹が膨れて闘気が持てば泥だろうがなんだろうが食えばいいのだ!」

「車のタイヤと消しゴムを掛け合わせたような異常な弾力で、強靭な顎と闘気による肉体強化がなければ噛み切ることもできません。これを最前線に投下すれば、敵にやられる前に兵士たちの士気と胃袋が崩壊します。軍隊における食の重要性を……」

「黙れ! 平民上がりの小娘が、次長であるこの私に意見するか!」

ザイード男爵の顔が怒りで赤黒く染まる。

彼がこの欠陥レーションを推進する理由は明白だ。原材料費を極限まで削ることで浮いた軍事予算を、自身の懐に入れるため(中抜き)である。

私は心の中で深くため息をついた。

(ダメだ、この組織。完全に腐ってる)

私は前世、日本という国で働いていた記憶を持っている。現代の栄養学や物流の知識と、このアナステシア世界の魔法技術を融合させ、安全で美味しいレーションを開発するために特級調理官にまで上り詰めた。

だが、どれだけ美味しい炊き込みご飯やカレーのレーション(1型や2型)を開発しても、上に立つ人間がこれでは兵站は機能しない。

「セリア・アーベント! お前には兵站局の予算を不正に横領した疑いがかかっている! 本来なら軍法会議ものだが、私の温情で辺境の緩衝地帯『ポポロ村』への左遷で済ませてやる! 明日から出社には及ばん!」

ザイード男爵が勝ち誇ったように宣告した。

逆らうなら横領の濡れ衣を着せて社会的抹殺、というわけだ。分かりやすい脅しである。

彼はおそらく、私が泣きついて許しを乞うとでも思ったのだろう。

だが、私は一礼して、清々しい笑顔を向けた。

「はい、承知いたしました。では、退職させていただきます」

「……は?」

「あんな悪臭漂う『ゲロオムレツ』を兵士に食わせるくらいなら、喜んで辞めさせていただきます。今までお世話になりました」

バタン、と会議室の扉を閉める。

呆然とするザイード男爵の顔は傑作だったが、これ以上関わる時間はもったいない。

私は以前から少しずつ書き溜めていた書類と、コツコツ貯めていた退職金代わりの貯金を懐にしまい、ルナミス帝国の帝都を足早に後にした。

(あんなブラック組織、こちらから願い下げです。退職金もあるし、憧れだった『自分のお店』を開くにはちょうどいい機会じゃない!)

ポポロ村は、ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の三国が交差する国境の緩衝地帯だ。危険ではあるが、商機に溢れた場所でもある。

私は帝都を出る前に、建国者・佐藤太郎が遺した偉大なる複合ホームセンター『タローマン』に立ち寄った。

「すいません、この『魔導コンロ』と、アウトドア用のクッカーセット、それから機能性インナーと安全靴……あ、あとタッパーの特大サイズをダースでお願いします!」

タローマンは最高だ。武器防具からガテン系職人向けの道具、便利な魔導具までなんでも揃っている。

私は充実した買い物を終え、重い荷物を背負って意気揚々と辺境ポポロ村へと続く荒野を歩き出した。

 ◇ ◇ ◇

帝都を出て数日。ポポロ村へ続く森と荒野の境界線を歩いていた私の鼻腔を、凄まじい悪臭が突いた。

「……っ! この匂い……胃酸と腐った靴下……『ゲロオムレツ』を限界まで加熱した匂い!?」

思わず鼻をつまみながら周囲を見渡すと、道の端の茂みで誰かが倒れているのを発見した。

「ちょっと、大丈夫ですか!?」

慌てて駆け寄ると、そこに倒れていたのは、仕立ての良い軍服を着た銀髪の青年だった。

年齢は二十代半ばだろうか。長身で、顔立ちは息を呑むほど整っているが、その顔は苦痛に歪み、脂汗を流している。

そして、彼の頭には微かに震える『銀色の獣耳』が、腰にはふさふさの尻尾があった。

「獣人族……それも、上位の人狼族!?」

人狼族といえば、獣人族の中でもトップクラスの爆発的な闘気と、ずば抜けた『嗅覚』を持つ種族だ。

その彼の足元には、無惨に破裂した『ゲロオムレツ』の残骸が散らばっていた。

(帝国軍の誰かが、ゲロオムレツを加熱して投げつけたんだわ……!)

人狼族の人間数万倍とも言われる鋭敏な嗅覚に、あの最悪の悪臭兵器が直撃すればどうなるか。

悪臭による凄まじいストレスで闘気が霧散し、最悪の場合はショック死してしまう。

彼の息は弱く、脈も乱れている。

「しっかりしてください! 今、手当てを……!」

私は背負っていたタローマンの巨大なリュックを下ろし、瞬時に頭をフル回転させた。

(ポーションを飲ませる? いや、ショック状態で胃腸が拒絶反応を起こしている。まずは脱水と栄養不足を補い、闘気の回復を促す吸収のいいものが必要……!)

私はタローマン製の『魔導コンロ』を取り出し、着火ボタンを押して魔力で火を起こす。

クッカーに水筒の水を注ぎ、そこに道中で採取していた『陽薬草』の葉を細かく刻んで投入した。陽薬草は太陽を浴びた生命力の塊。回復魔法と相性がいい。

さらに、前世の知識(現代栄養学)に基づき、塩分(少量の岩塩)と糖分(ハニーかぼちゃの蜜)を絶妙な比率で配合する。

目指すのは、ポカリスエットのように体にスッと吸収される、回復特化の経口補水スープだ。

私はお玉でスープをかき混ぜながら、手から微弱な『回復魔法』をスープ全体にじっくりと流し込んでいく。

現代の栄養学に、アナステシア世界の素材と回復魔法を完璧に調和・定着させる。これこそが、特級調理官である私の最大の武器だ。

「よし、完成!」

ハーブの爽やかな香りと、ほんのり甘い匂いが広がり、ゲロオムレツの悪臭を上書きしていく。

私は倒れている青年の頭をそっと膝に乗せ、クッカーの縁を彼の口元に運んだ。

「飲めますか? ゆっくりでいいですから」

青年はピクッと獣耳を動かすと、スープの香りに引き寄せられるように、僅かに口を開いた。

温かいスープが彼の喉を通っていく。

一口、二口と飲むうちに、青年の顔から苦痛の色がスッと消え、青白かった肌に血色が戻り始めた。

そして、彼は自らクッカーに手を添え、残りのスープを一気に飲み干した。

「……ぷはっ」

小さく息を吐いた彼は、ゆっくりと金色の瞳を開けた。

鋭く、理知的な光を宿したその瞳が、至近距離で私を見つめる。

「……信じられない。完全に霧散していた闘気が、全身の細胞の隅々まで満ちていく。それに、あの最悪の悪臭で麻痺していた鼻が……驚くほど澄み渡っている」

彼は静かに起き上がると、自分の手を開いたり閉じたりして確かめた後、私に向かって完璧な所作で片膝をついた。

「私の名はヴィンセント・ルージュ。見苦しいところをお見せしました。レオンハート獣人王国の特務大佐を務めております」

「あ、私はセリア・アーベントです。たまたま通りかかった元調理官ですので、お気になさらず」

私が慌てて立ち上がると、ヴィンセントはそれよりも早く立ち上がり、私の背後にあった巨大なタローマン製のリュックをひょいと片手で持ち上げた。

「ヴィンセントさん!? あの、それ重いですから……」

「命の恩人に、このような重荷を背負わせるわけにはいきません」

ヴィンセントは洗練された大人の笑みを浮かべ、スマートに私の隣に並んだ。

先ほどまで死にかけていたとは思えない、隙のない立ち姿と色気だ。

「あなたが向かっているのは、この先のポポロ村ですね。あそこは様々な勢力が入り乱れる緩衝地帯。村長も一筋縄ではいきませんよ」

「えっ、そうなんですか?」

「ええ。ですがご安心を。……少し、“交渉”のお手伝いをしましょう。このヴィンセントが、あなたを絶対に安全に送り届けてみせますから」

そう言って不敵に微笑む彼の金色の瞳には、有無を言わせない圧倒的な頼もしさと、ほんの少しの抜け目なさが光っていた。

(なんだか、すごい人を拾っちゃったかもしれない……)

ゲロオムレツの悪夢から一転。

私と、人狼族の特務大佐ヴィンセントの、辺境ポポロ村での奇妙な二人旅が始まった。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

ブラック組織をあっさり辞めた実務家ヒロイン・セリアと、スマートで抜け目ないイケメン人狼・ヴィンセントの村おこしがここから始まります!

関西弁の過労死枠ツッコミ猫耳商人ニャングルや、マッハで蹴る物理特化のウサギ村長など、これからどんどん強烈なキャラクターたちが登場しますのでお楽しみに!

「続きが気になる!」「セリアの料理が美味しそう!」「ヴィンセントかっこいい!」と思っていただけましたら、

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