これからのこと ⑧
ふぬぅ~っと顔をくしゃくしゃにして手に力を込めたが……姉の相棒であるグリフォンの編みぐるみはピクリとも動かなかった。……いや、動いたかな?
「まさかの瞬き一回か~」
イノシシ型魔物を一体倒して、上がったレベルは「1」だけ。たぶん、それまでに倒していたスライムとかも加算されての「1」UP。しょぼいわ~。
「あと、どれだけレベル上げたらいいの……お姉ちゃんは、もうダメかも」
昨日、森の中でイノシシ型魔物に追い駆けられた姉は、酷い筋肉痛でダウンしている。そんな辛い経験(姉が言うには)したのに、グリフォンが動くことはなかったことにショックを受けていた。そんな、大げさな。
「グリフォンが加われば編みぐるみ隊は最強だけどなぁ。桜のレベル上げは時間がかかりそうだし」
「ダメよ、お兄ちゃん。私もお兄ちゃんもこれ以上増やせないから。それこそレベルも上げないとダメだわ。あと、魔力量を増やすこと。小次郎がシンシャとヴェルデを動かせるのは勇者特典だと思って」
私のにべもない意見に兄が撃沈する。
いやいや、私だって考えたわよ? 穏便かつ快適にイルブロンの街へ移動するには、馬型魔物か飛行系魔物の編みぐるみを作って動かそうかと……。しかし、コスパが悪いねん。どんだけ、レベル上げすればいいのよ? 姉と小次郎に比べて私と兄のレベルは比較的上がりやすいと想定しても、人を乗せて移動できるようになるまで、どんだけダンジョンに潜ればいいわけ?
そして、出てきた答えは「無理は禁物」である。堅実が一番!
「桜が動けないし、今日は冒険者はお休み。一日、ゆっくりしよう」
姉を気遣うフリして、兄も足がガクガクしていて腰も痛いらしい。私は小次郎とこっそり目を合わして笑いあった。
「菊華ちゃん、なにしてるの?」
シンシャとヴェルデの訓練だと言ってブランたちと遊んでいた小次郎が、トコトコと寄ってきた。うむうむ、こんな異世界生活ではあるが、小次郎が私たち兄妹に懐いてきているようで嬉しい。
「イルブロンの街までの旅程を組んでいるのよ」
なにせ、昨日は私一人で街のあちこちに出向き、いろいろと調べてきたんだから。忘れないうちに旅程と買い物メモとやることのリストアップをしておかなければ。
「乗合馬車で行くんだよね?」
「ええ。イルブロンの街までの乗合馬車は頻繁に出ているの」
マクデルからイルブロンまで走る乗合馬車は多く、毎日出発している。しかも、その乗合馬車にはランクがあり、アーゲン国から乗ってきた馬車のようにぎゅうぎゅう詰めの荷馬車タイプが一般的だが、箱馬車型の少人数タイプやその箱馬車のグレードが高い金持ちタイプまである。当然、護衛につく冒険者のランクも上がるためお値段も高くなる。
「護衛につく冒険者は依頼をするの?」
「そうね。客が護衛を依頼してもいいみたいだけど、向こうでも用意してくれるみたいよ。そもそも、一番高いランクの馬車は完全予約制だもの。箱馬車で一番安いタイプは五日毎に出発しているわ」
たぶん、ここからイルブロンの街までの日程が四日から五日だからだろう。きっと馬車の点検をして、馬と御者を交代して再びイルブロンの街からマクデルまで走らせているの繰り返しでしょう。だったら、もうちょっと値段を安くしてほしい……とか思う。
「その馬車にするの?」
「う~ん、本当は一番安いぎゅぎゅうすし詰めの荷馬車タイプにするべきなんだけど……お姉ちゃんにはキツイかも。編みぐるみ隊もいるし……だから四人乗りの箱馬車にしようと思う」
お値段は張りますが、四人乗りの馬車を二から四台連なって移動するタイプが望ましい。さすがに一台だけで移動するのは懐に優しくないし、護衛につく冒険者がイヤなタイプだと詰む。命を預けるのに、そんな護衛だったら詰む。最悪、私たちの護衛は編みぐるみ隊に任せてもいいけど、その代わり護衛の冒険者たちに私たちの奥の手がバレる。
「いい冒険者たちが護衛についてくれるといいね」
「そうだね」
ニコーッと小次郎と笑い合いつつ、買い物メモとやることリストをソファーにぐでんと寝そべっている兄へと渡す。
「……俺たちにはマジックバッグがあるから、買うものは早めに買って揃えておこう。俺のバッグにはそこそこ食料は入っているし」
「外で食べるのは保存食で、馬車の中で匂いのしないものを食べたい」
むしろ、匂いを遮断する魔道具を見つけたら買いたい! 護衛の冒険者の目の前でマジックバッグを使うことはできないし、作り立てのご飯なんて食べられないもん。密室でこっそりと腹ごしらえしたい。
「そうだなぁ。やることリストもスケジュール立てたら、サクサクとこなして準備しておこうな!」
「「うん」」
そう橘家は堅実な家風で、決して出たとこ勝負のようなことはしない。きっちりと予定を立てて無理のないタスクを消化する、そんな真面目な一家です。
……なのに、どうしてこうなった?
「とにかく、今すぐ出発する馬車に乗せてください!」
お金なら払いますからーっ。
私たち橘家は、乗合馬車の窓口で必死な顔で頭を下げていた。




