51 窓辺
「ミシェル様……お久しぶりです」
トレヴィル男爵アレクセンはまるで、事前に招かれた客人のように優雅に部屋へと入って来た。
その言葉を掛けられたのが、お茶会だったり夜会だったり『彼と会うべき時』であったなら、私もにこやかに微笑み返したはずだ……『まあ、お久しぶりです。トレヴィル男爵』と。
彼が犯罪の容疑者であることは、置いておいて……挨拶をする程度のことはするだろう。
けれど、今は就寝前の寝室。そして、窓からの明らかな不法侵入だ。出会うべき時では絶対にない。
……どうするべきか、少し考えた。ここで、私が大声を出したとする。けれど、トレヴィル男爵は私に飛び掛かって来るかもしれない。
ジュストは出会った頃からずっと、護衛対象の私へ、口酸っぱくして何度も何度も言い聞かせていた。
『もし、僕が不在の時に不審者を目の前にして身の危険を感じた時は、落ちついて冷静に行動してください。僕が助けに行くまで、決して生きることを諦めてはなりません』と……。
いまでは婚約者として立場が違っていても、私にとってはジュストは絶対に私を守ってくれる存在……そうよ。何があっても、私のことを守ってくれる。
ジュスト。私、貴方のためにも自分のことを、絶対に諦めないわ。
深夜の侵入は不意を突かれてしまったけれど、こうして会話できる状態であれば、交渉だって可能なはずだ。
私は胸に手を当てて、ふうと大きく息をついた。
ジュスト必ず助けてくれると思えば、体を支配していた恐怖が少しずつ消えていく。いつもいつも守ってくれる。いつでも、どんな事態があっても必ずどうにかしてくれた。
今回だって、きっと……そうなるわ。
私はまっすぐに視線を向け彼に向かい合い、両手をぎゅっと握りしめた。
「私はお招きしたつもりはないわね。トレヴィル男爵」
声が震えそうになるのを、なんとかこらえた。
彼が何を考えているのかわからなくて怖いけれど、こんな時に決して怯んでは駄目。つけ入れられてしまうから。トレヴィル男爵が私を殺そうとしているのならば、既に殺されてしまっているはずよ。
けれど、それをしていないということは、何か私に言いたいことがある……ということなのではないかしら?
「ミシェル様……僕は貴女に聞きたいことがあったのです。犯罪者として、これから追われることになりますからね……貴女にお会い出来なくなる前に」
トレヴィル男爵は追われていることを自覚していながら、焦りなどはまったく感じさせなかった。余裕ある風情だ。人を騙してくれまで生きてきた……そういう自負があるのかもしれない。
男爵位は捨ててしまえば異国へと逃げられる。
あれだけの美貌を持っているならば、どこででも誰かに気に入られて生きていけると思うし……逃亡先のある程度の見込みは、既についているのかもしれない。
そんな時に、何故……私に会いにきたのかしら。
「? ……何かしら。私の答えられることであれば……答えるわ」
こんな時に質問なんてと私は不思議に思いながら、じりじりと後ろへと後ずさった。そこに、トレヴィル男爵が無遠慮に一歩大きく踏み込み、こくりと息をのんだ。
とりあえず……話を聞いて、話を聞いて終わるものなら、そうしましょう。無理だと思ったら、大声をあげればいいのだわ。
……ねえ。ジュスト。そうでしょ?
何年も一緒にいたせいか私は彼がいない時も、ジュストに声を掛けそうになる。今も私の言葉に『ええ。流石は僕のお嬢様ですね。それがこの場での正解です』と答えてくれるはずだ。
いつも常に一緒にいて、私を守ってくれた人……そうよ。
泣き叫んだからって、命は助からないのよ。恐怖を押し殺し時間を稼いで、可能性を高めるの……そうしていれば、ジュストはきっと来てくれるんだから。
「何故、隠し子程度で公爵の嫡男を捨てたんですか……貴族なのですから、その程度のことは、よくあることではないですか」
彼の言葉は確かに、そうかもしれない。けれど、私にとってはもう、あの時点でラザールへの親愛の情も消えてしまっていた。
結婚しても共にいることは難しいと思えた。それほどまでに、衝撃的だったのだ。
のだけど……トレヴィル男爵は、一体何が言いたいのかしら。
ラザールとのことがあったのは、もう数か月も前のことであの時は大騒ぎになったものだけど、それから何個も新たな噂話は生まれた。
いわば、もう終わった話題で、いまでは進んで口にする者もいないだろう。
「……? その前に、彼は私と妹と、婚約者を交換できないかと両親へ打診をしたそうなの。その時点で私は婚約者としての気持ちが、すっかり消えてしまったわ……だから、自分への愛を告げてくれた男性と結婚することにしたのよ」
それはそれで、二人が出会った発端となったお茶会はジュストが仕掛けたと知っているけれど、ラザールはオレリーとはいずれ顔を合わせたはずなのだし、妹のほうが彼の好みである……というのであれば、いずれは起こった事態で、時が早いか遅いかの問題だった。
「公爵夫人の地位よりも価値のある、真実の愛を見つけたと……?」
ずいっと近づいたトレヴィル男爵から私は、一歩後ずさった。
目がらんらんとして輝いていて……なんだか、怖いわ。眉を寄せて不快な表情を浮かべているはずなのに、彼は何故か不気味ににやっと微笑んだ。
「……そうとも言えます。ええ。そうですね。私は公爵夫人の地位にはあまり、魅力を感じませんから……」
そうだ。ラザールと結婚したならば私はクロッシュ公爵夫人として、高い地位にいて皆に羨まれる生活をしていたかもしれない。
本来ならば、そうなったはずだ。そして、私は貴族令嬢の義務として政略結婚を受け入れるつもりだったのだ。
「素晴らしい……僕は、そんな女性を求めていたんです……」
「は……? はい?」
あまりに思わぬ言葉を聞いて、私は間抜けな声を出してしまった。
何を……? この人は何を言っているの……?
本日は純粋培養令嬢竹コミ!14話更新日です~!
いよいよ次が最終回となっております……!ぜひぜひ必見の回ですのでね。お読みいただけますと幸いです♡
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私が完全に計算違いしててwebはまだ続くんですが、完結巻発売までには完結させる予定です。
四葉らこ先生に素敵にコミカライズしていただきましたコミック第2巻が10/5に発売しています……!
らこ先生の可愛い描きおろし漫画や私のSSのほうを書き下ろしさせていただいております。ぜひぜひおよみいただけたらと思います。




