50 理解
「まあ……お姉様。それで、トレヴィル男爵はどうしたのですか?」
アシュラム伯爵邸へとやって来たオレリーは、ベイリー侯爵邸であったこと、私の話を興味津々な様子で聞いていた。
「ええ。何もかもジュストが言った通りになったわ。ベイリー侯爵夫人は、絵画を売買されることについて何も知らなかった……オレリーの望んだように、ベイリー侯爵夫人は彼らから逃れることができたわよ。彼らは捕らえられて、いまは取り調べを受けているはずよ」
また、ジュストの全部僕の思い通りですというしたり顔を見てしまったけれど、私一人では彼らの一枚上手になどなれるはずもなく、ただただ感心するしかなかったのだ。
「……良かったです! だって、連れ添った旦那様を亡くして、すぐ詐欺行為に遭われるなんて、あんまりですわ」
安心した様子のオレリーは頰を膨らませて、私にそう言った……そうなのよ。ベッドの上で長い間を過ごし何も知らなかった貴女も、誰かが悲しむことを嫌だと感じるようになったのね。
この子を愛する姉の私にとっては、それが何よりも嬉しい。誰かを悲しませてしまえば、いつかは自分の元へ返ってくる。
オレリーは無邪気に人を傷つけてしまうところがあったけれど、今では誰かの悲しみを気にかけることができる。今ではもう、誰かを悲しませることはないはずだわ。
「ベイリー侯爵夫人は、オレリーに感謝していたわ。また、自分が開催するお茶会にも招きたいと……」
「そうなのですか! お姉様。ベイリー侯爵夫人に私の話をしたのですか?」
思ってもいなかったのか、オレリーは目を見開き驚いた表情を浮かべていた。
「ええ。もちろんよ。私たちがトレヴィル男爵の企みをどうやって知ったか、それは彼女も知りたかったことだと思うわ。それに、妹は社交界デビューをしたばかりで婚約者がいないと言ったら、オレリーに良い男性を紹介してくれると言っていたわよ。変な男に目を付けられるよりはと……ふふふ。善行は報われるのね。オレリー」
もちろん、ベイリー侯爵夫人から紹介を受ける男性が、オレリーに合うかどうかは会ってみなければわからない。けれど、侯爵夫人ほどの人が『恩を受けたのだから紹介する』を約束してくれたのだ。
もしかしたら、これがこの子の結婚に繋がるのならば、それはとても良いことだろうと思えた。
「お姉様……けれど、私は一番に愛してくれる人と結婚したいですわ。わかったのです。結局のところ、求められて、結婚するのが女性には一番に幸せになる手段なのだと」
トレヴィル男爵の甘い言葉に騙された自覚はあるらしく、オレリーは最近慎重に交友関係を選んでいるらしい。そうして欲しい。少しは世の中のことが知れた……ということかしらね。
「そうね……私もそう思うわ」
私と結婚するのために建てられたという、このアシュラム伯爵邸……まさか、平民出身の護衛騎士が死にもの狂いで、何もかもを利用して手に入れた物だなんて、本当に……私にだって、今だに夢のように思ってしまう時があるのだ。
ジュストは誰もが驚くようなことを実現させた。私本人もそう思う。
「けれど、ジュストが性格が悪いのは、死ぬまで変わらないと思います。きっと、一生治りませんよ。お姉様」
オレリーはジュストのことが一生苦手だろうし、彼だって同じように思うのだろう。
仕方ないわ。私たちには、これまでに色々あったし、オレリーもジュストと仲良くしなければならないということもない。
「もし、誰かから性格が悪くて嫌な男に見えても、私から見れば何もかもから守ってくれる人なのよ。オレリーも愛する人を見つけたら、きっとわかるわ。誰かから何を言われようが、彼のことを愛しているんだって」
◇◆◇
「帰りました。ミシェル。今日はオレリー嬢が来ていたんですね」
「……ジュスト! おかえりなさい。そうよ。お礼を言ってたわ」
私は夕食前に着替えをしようとしていたら、出かけていたジュストが帰ってきたようだった。
「オレリー嬢が僕にお礼を? 明日は季節外れの雪でも、降りますかね」
ジュストはジャケットを脱ぎながら、肩を竦めてそう言った。
「まあ。また、そんなこと言って……けれど、あの子も大人になったわ。ベイリー侯爵夫人に良き男性を紹介してもらえると言ったら、嬉しそうだったわよ」
「それはそれは……とても、喜ばしいですよね。僕も義兄として早々に結婚をすませてくれると助かるのですが」
「オレリー嬢やベイリー侯爵夫人にはもう手は出せないかと思うのですが、トレヴィル男爵は、どうやら有力者に協力者がいるようでして……証拠不十分で釈放されたようです」
「……え! そうなの?」
どこかでこの情報を聞きつけたらしいジュストは、難しい表情を浮かべていた。
私ももうこの事件は解決したと思っていたのに、トレヴィル男爵は釈放されたとなると、話が違ってくるわ。オレリーも不用意には近づかないと思うけれど、用心するように手紙を出しておかなければ……。
「ですが、重要警戒人物となってますけどね。当分は勝手な真似は出来ないと思いますが、ミシェルもくれぐれも用心するようにしてください……」
いつになくジュストはそう言い、私はこくんと息をのんで頷いた。
ジュストは仕事でいない日が多い。最近は新薬の売り出しで、方々に出向くことが多かった。
私は寝室へと向かい、メイドを下がらせてから、横になろうとした時、バルコニーに繋がる扉の前に人影が見えた。
「……誰かいるの?」
言葉もなく姿を現した影を見て、私は恐怖で声が出なかった。
……アシュラム伯爵邸は、まだまだ使用人の数が足りているわけではない。
ジュストが従属爵位を貰い受けて伯爵と名乗れるようになってから、用意した邸だったし、使用人は信用できる筋から集めたと言っても、教育が行き届いているとは言い難い。
だから、若いメイドが容姿の良い男性に騙されて、手引されるなんてことも……私はきっと、予想しておくべきだったのだ。
本日は純粋培養令嬢竹コミ!13話更新日です~♡
ラストにはとんでもないことになっておりますのでね……ぜひぜひ、お読みになってくださればと思います(特にラザールファン)(ページ下部にリンクあります)
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