44 許し
「……お姉様! こちらの部屋は、お姉様が好きな水色で……まあ、本当に素敵ですわ」
オレリーは私の部屋へとやって来て、周囲を見まわし感嘆のため息をついていた。
この子はジュストが以前から準備していたという、アシュラム伯爵邸へ興味津々だったのだ。
この前に手紙を貰うまで私たちは没交渉だったから邸内部を見せていなかったけれど、オレリーは憧れの眼差しで見て回り、時にはお洒落な家具を見て手を叩いて喜んでいた。
「それだけではないわ。浴室はこんな感じなのよ……!」
私は胸を張って、特製浴槽を見せた。私の好きな童話人魚姫をモチーフにした浴室は、可愛らしいしつらえでオレリーは目を輝かせていた。
「まあ! すごいわ……素敵ですわ。お姉様。本当に、こんなに可愛らしい浴室は見た事がありません」
「ふふふ。そうでしょう?」
私にはとても自慢だったのだけど、他家の令嬢に浴室を自慢するわけにはいかず、妹オレリーに見せられてなんだか満足だった。
「ええ。とっても羨ましいですわ……けど、私はもう、お姉様の物を欲しがったりなんてしません」
キッパリと言い切ったオレリーに、私は驚いた。そんな私を見て、妹はにっこりと微笑む。
この子も人魚姫は、私と同じように好きだった。
だから、ここに住む訳にはいかないから、すべてを移動させることは実質不可能だけれど、同じようなものが欲しいと言い出すかもしれないと私は予想してはいたのだ。
それは、同じものを作らせるだけだし……ジュストもお父様も否とは言うまいとは思っていただけで……。
「オレリー……貴女は本当に成長したのね」
姉の物はもうなんでもと言って良いほどに欲しがったけれど、オレリーはもうそれはしないと言う。
「ええ。お姉様……私は、あの時に目が覚めたのです。お姉様から、私が健康になれば、ずっと言いたかったことがあると、そう伝えられて……後から、私はお姉様に対して、とんでもないことをしていたのだと気付きました。もうあんな事……二度としません。どれだけ酷いことをしていたのか、理解できたのです」
オレリーは寂しそうな表情で、そう言った。
この子が欲しがるものをなんでも与えたこと……私含め甘やかした家族にも、責任はあると思っている。
けれど、それほどまでに病に苦しむ様子は見て要るだけでも辛くて、出来ることならなんでもしてあげたかった。
オレリー、私の可愛い妹。今は昔の私が願ったとおり、健康になって、立派な貴族令嬢になろうとしているわ。
これも、私のためにと、ジュストがしてくれたことのひとつ。
「オレリー。病弱であったことは選べないし、そんな貴女を甘やかしたのも事実。仕方がないと思うわ……今、間違いだったと、そう気がつけたのね。正そうと思えたのね……姉として、とても嬉しいわ」
「お姉様……ごめんなさい」
泣きそうな顔になったオレリーの謝罪は、一言だけだった。頷いた私はそれを、受け入れようと思った。
……可愛くて天使のようだった貴女を、どうか連れ去らないでくださいと神様にお願いしたのは、他でもない……この私自身だったのだから。
◇◆◇
「……トレヴィル男爵についての調査結果を聞きましたが、確かにベイリー侯爵の領地へ何度も足を運び、侯爵家に近付こうとしているようですね」
私は妹オレリーとの会話を終えて客室に送ってから自室へと向かえば、戻っていたジュストは首元のネクタイを緩めつつ難しい表情を浮かべてそう言った。
絵画の詐欺だと言っていたけれど、もしかしたら、危ない犯罪集団にでも狙われているのかしら?
「オレリーはそれだけではわからないような断片的な情報を聞いて、自分なりに後から調べたみたいね。すっごく……成長したのね。浴室を紹介したら、私の物はもう欲しがらないとキッパリ言われてしまったわ……ふふふ。なんだか、私すっごく嬉しいのよ。ジュスト」
「ええ。オレリー嬢は僕の想定外なほどに、成長されたみたいですね」
「ジュストが想定外でも仕方ないわ……前にあの子と二人で話した時に、オレリーが健康になれば、ずっと言いたかったことがあると……そう言って、これまでの私の気持ちを伝えたことがあるの。可哀想な病弱な女の子であった時には、決して言えなかったことよ」
そこで、ジュストは私に近づき、背中を優しく叩いた。
「それはそれは……僕の大事なお嬢様は、予想もつかないことをなさいますね。それで、姉の持つ物すべてを欲しがったオレリー様は、ようやく目を醒まされたということですか」
少し呆れた口調だったけれど、ジュストはなんだか嬉しそうだった。
オレリーのことを嫌っているはずだけど、彼だって妹の成長を喜んでいるようだ。
オレリーを幼い頃から見て来たといえば、彼だって一緒で……誰しもそういう存在には、愛着も湧いてしまうものなのかもしれない。
「そうね。オレリーはもう、病弱で可哀想ではないの。あの子はこの先も、ずっと成長することが出来るのよ。ジュスト。本当にありがとう……」
「いえいえ。その件に関してはミシェルが喜んでくれれば程度でしたが、思わぬ功を奏したようで良かったです。それに、オレリー嬢はアレクセン・トレヴィルに恋しているようでしたが……すぐに気持ちは切り替わったようですね。僕はそれが不思議で」
「あら。そうね……短期間で好きになったとしても、嫌な部分を見てしまえば、すぐに嫌いになってしまうものなのではないかしら」
私はそう思った。熱しやすいならば、同じようにすぐに冷めてしまう。そういうものなのだわ。
「……それでいくと、ミシェルは僕を好きであった期間が長いので、嫌いになるにはとても難しいかもしれないですね」
片目を瞑ったジュストと初めて会った時、彼は余裕の笑顔を振り撒いた。
あの時の私はこの護衛騎士だって、すぐにオレリーに取られてしまうだろうと思った。けれど、オレリーが欲しいと言った時にジュストはこう返したのだ。
『何故ですか。僕には貴女に従う理由はありません」
オレリーの驚いた顔を私は今でも忘れられない。
これまで私が親しくした侍女も護衛騎士も、サラクラン伯爵家内の空気を読んでオレリーの傍へと行った。私とは距離を取りなるべくオレリーの気持ちを逆撫でしないように努めた。
私はそれで良かった。オレリーが満足するなら、姉として我慢するべきなのだと。
そんな中でジュスト一人だけは違った。私自身でさえも私よりも妹の意見が優先されるべきと思っていた中で、彼は私を優先すると言い切った。
文字通り、私だけの専属護衛騎士であり続けたのだ。
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