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32 怪しい人物

 私はオレリーがやって来る時間を待ちきれず、広い玄関ホールにて待ち構えていた。


 私は何があっても妹オレリーを、嫌いになれない。どうしても。


 どうしてだろうか……欲しがる物は何でも持って行ったあの子に対しては、言いたいことは、沢山あったはず。


 ジュストの件で嘘をついたことも、私にとっては許し難いことでもあった。


 けれど、私の幼い時に生まれた時を覚えている。赤子の時抱き上げた温もりを覚えている。私の手を初めて握り返してくれた……あの時の、可愛い笑顔を。


 オレリーは何があっても、私の妹なのだ。病弱な身体でさえなければ、何の問題もなく美しい貴族令嬢として、育っていたはずのあの子。


 時間になって外へと出れば、慣れ親しんだ紋章が描かれた馬車が停まり、その扉が開かれて、御者の手を取ったオレリーがゆっくりと降りて来た。


 そして、顔を上げたオレリーは待って居る私に気が付いた。


「……お姉様っ!」


「まあ、オレリー! ……走らないで!」


 目を輝かせて自分へと駆け寄って来るオレリーに、私は慌てて注意した。病弱なオレリーは二年ほど前までは、ベッドから立ち上がることも出来なかった。


 こんな風に走るなんて、心配になってしまうのも、仕方のないことだった。


 笑顔のままで、腕の中に呼び込んでくる柔らかな温もり。ああ……オレリー、健康になって本当に良かった。


「お姉様、お姉様、会いたかったです!」


「まあ、オレリーったら……もうすぐ、社交界デビューをするのでしょう? お行儀が悪いわよ」


 先天性の病に特効薬が開発されて、それを飲み出してから目に見えて体調も良くなり、ベッドの上でなくても過ごせるようになったオレリーも、遅れていた社交界デビューを果たすことになった。


 私も大丈夫かしらと心配していたのだれけど、軽く走れるくらいにまで回復しているだなんて……本当に良かったわ。


「お姉様。私がこんな風にするのは、お姉様の前でだけですわ! ……社交界に出れば、ちゃんとお淑やかな貴族令嬢になりますもの」


「……ふふふ。そうね。オレリーなら、きっと出来るわね」


 軽く頬を膨らませた顔も、とても可愛い。肉親の欲目と言われようが、オレリーは幼い頃から天使のように可愛かったのだ。


 オレリーは幼い頃から寝たきりで、私のように、貴族の子どもたちだけのお茶会に出ることも出来なかった。


 それは、友人と言えるような人物が、誰一人いなかったということだ。


 これから社交界デビューをすれば、色んな人と出会い、色んなことを話すはず……サラクラン伯爵邸しかなかった、オレリーの世界が広がっていくんだわ。


 なんだか、胸が一杯になった。


 成人出来ないかもしれないと言われていた子が、社交界デビューして結婚までするかもしれない。


「あ! そうです。お姉様。お手紙には書けなかったのですが、実は私、今日同行者が居て……」


 同行者?


 オレリーが振り返った馬車の方向、そこには背の高い男性が居た。ゆっくりと、こちらへ近付いて来る。


「オレリー……あの方は?」


 私は妹のまさかの行動に、呆然としていた。


 貴族の訪問の作法(マナー)として同行者が居るのならば、先んじて伝えるべきだとは思うけれど、オレリーはそういう礼儀作法を知らずに育った。


 ……私たちが、この子たちには必要ないからと、教えなかったのだ。


 病弱なこの子を甘やかした家族の罪と言われれば、甘んじて受け入れるしかない。


「……ミシェル様。オレリー様から良くお話しをお聞きしております」


 金髪に青い目。ローレシア王国の貴族たちに、良く居る色合い。そして、美しい顔には、艶めかしい赤い唇。


 ……あら。なんだか、怪しそうな男性だわ。ジュストが出て行く前の言いつけを思い出した私は、内心冷や汗をかいていた。


 オレリー以外が連れて来た誰かであれば、事前に聞いていなかったことを理由に帰ってもらうところなのだけど、実の妹が連れて来た人物を帰すことは出来なかった。


「私はオレリーの姉、サラクラン伯爵家のミシェルです。あの……貴方は?」


「お姉様。こちらは、この前にお母様と一緒に出席したお茶会でお会いした、トゥルヴィル男爵アレクセン様です!」


 オレリーが意気揚々と彼の紹介をしたので、私は心の動揺が悟られないように精一杯無表情を装った。


 トゥルヴィル男爵って、女ったらしな放蕩者で有名な方じゃない! ああ……これまでに、外に出ていなかった、オレリーが知るはずもないけど……。


「……あら。よろしくお願いします。アレクセン様」


 ここここ、これは困ってしまったわね。


 お茶会でトルヴィル男爵と知り合いになったオレリーは、もしかして、恋愛関係になってしまっているということ……?


 嘘でしょう。少し会っていない間に、そんなことになっているだなんて思わなかったわ。


 私はアレクセン様へ向き直った。女性の好きそうな外見、そして、少し悪そうな雰囲気。きっと、お話しも上手なのでしょうね。


 けれど、この人はおそらくは恋も結婚も、周囲に猛反対されるような類いの男性なのよ……! オレリーったら!


「お姉様。聞いて下さい。お母様はアレクセン様とは、あまりお会いしない方が良いって……けれど、私は自分でお話しする方は、自分で決めたいのです!」


 オレリーはひそひそと耳打ちしたのだけど、すぐそこに居るアレクセン様には筒抜けのはずだ。


 お母様ったらそんな曖昧な言い方をするから、オレリーは反対されるとよりしたくなるという、あの考えになってしまっているわ……もう、どうしたら良いの。


「……ミシェル様。申し訳ありません。僕の存在が、困らせてしまっているでしょうか?」


「そんな! アレクセン様。そんなこと、お姉様が言うはずないわ」


 ……整った顔に、とてもすまなそうな表情を浮かべたアレクセン様。そして、そんな彼へ全身で好意を示す、実の妹。


 ここで私が、この二人を追い返せるはずがないでしょう。どういう仲なのか話を聞いてから、お父様とお母様に早急に相談しなくては。


「いいえ。そんなこと……私ったら、ごめんなさいね。こんな場所で立ち話もなんだから、中へ入ってちょうだい」


 私は微笑んで、アレクセン様とオレリー二人を迎え入れることにした。


 使用人たちは予定外の出来事にも、全く動じていない。そして、今は色々とあってジュストの従者を務めているザカリーが廊下の奥から現れた。


 彼は本来、私の来客時に対応するような仕事はしないのだけど……おそらくは、前は長いことクロッシュ公爵家に仕えて、ベテランの使用人と呼べる彼を、誰かが呼んでくれたのだろう。


「まあ、壁紙もお姉様の好きな水色で、可愛らしいですわね」


 オレリーはそれを選んだ人を良く知っているだろうに、にこにことしてアシュラム伯爵邸内を見回していた。


「ええ。そうね……オレリー、この部屋でアレクセン様と待って居てくれるかしら。すぐに戻るわ」


 私は微笑んで一度、応接室を退室することにした。


 そして、そこに待って居たのは真剣な眼差しの執事シモンと従者ザカリー……ええ。お二人とも言いたいことは、私もわかっています。


 この邸の持ち主、アシュラム伯爵ジュストの言いつけに逆らって、見るからに怪しい人物をこの邸へ招き入れてしまったことについて……とりあえず、お話ししましょう。

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