ミーガンの結婚行進曲ー14
「あれだろう? 不敬罪で罪に問われ、判事に刑罰を言い渡された」
「そうよ。ユルゲンとお友達とかいう判事のなんて名前だったっけ。とにかくその人の部屋で、書面を見せられて、そのまま町の端の森の前まで連れていかれて」
「放り出されたのか」
「まあ、あ、でもランプはくれたわよ」
「そういうことじゃない」
怒り心頭な表情のディーンは、「もっと重い罪を与えればよかった」と王太子ならざるような言葉を吐き出している。
「あの、どういう……」
いまだ訳が分からない私に、ディーンは、
「ミーガンがどう話を聞いたかわからないが、小さな罪は裁判なしで刑罰を決めるとか言われたんだろう」
「そうそう、執事さんがそう言ってたわ」
この世界の決まり事なんだろうと納得していた。
「そんな決まりはない」
ディーンは苦虫を踏み潰したように言い切った。
「いや、以前はというか昔はそんな習慣があったんだ。だが、そんな悪しき習慣はよろしくない。何人もきちんと裁判を受けるべきなんだ。だから、父が若いときに裁判なしの刑の執行は取りやめるようにしたのさ」
ディーンに似た王様の顔を思い出す。
「そうだったの」
「だが、いまだに悪い習慣をこっそり行っているものもいる。裁判を行ったと虚偽の書類を提出してな」
そういうものは逆に刑罰に値するそうで、今回のユルゲンのお友達判事も減給、罰金刑を言い渡されたとか。
「申し訳ないが、ユルゲンも判事ではないが、知っていてそういう行為に及んだから罰金刑にあたるんだ」
「そっかあ」
あのとき、意外にいい人なんだとわかったもんで、何だかかわいそうな気もする。
「元の婚約者が気になる?」
「え? うん、まあ。助けてくれたし」
「そういわれたら、ミーガンが隣国に向かっているのを教えてくれたしなあ」
「そうなの?! あー、でもそれで助かったんだから」
隣国の話、ディーンに知られたくはなかったんだけど。うーっと言いつつ頭を抱えた。
「で? 隣国の話だけど」
やっぱりそこよね。意を決したというか、お腹に力を込めた私は、
「隣国に行こうと思ったのは私では駄目だからで」
「俺と一緒になれないから?」
目を見開いてディーンを見つめた。
「俺にはきれいで優しくて身分ももっと高くて素晴らしいご令嬢が似合ってる?」
「……まさか、聞いてたの? どこから聞いてたの!?」
口をわなわなさせる私にディーンは、
「あなたには渡さない、あたりかなあ」
ひゃあ、と声を上げ頭を抱えた。
「ほとんど全部じゃない」
クスクス笑っていたディーンだが、
「彼にはもっと素敵な人が似合うのよ、とも言ってたなあ」
「もうやめて」
「ミーガン」
「何よ」
「顔上げて」
「嫌です」
恥ずかしすぎて死にそうだ。
「ミーガン、俺に似合う令嬢は、誰でもない、君だよ」
うつむいたままの私の側に座りなおしたディーンは、そっと肩を抱くと私の身体を起こす。
そのまま、そっと顔が近づいてきて。
部屋中を走り回っていたごましおが相手をしろとばかりに「みゃあみゃあ」いうのを聞きながら長いキスを交わした。
「そうはいっても、身分は違うわけだし」
いまだ城に滞在中の私は、以前王様と対面した赤い屋根の小さな家にいる。城の広い庭を抜けたところにあるなんとも落ち着く家だ。
「大丈夫ですわよ」
とレラが持ってきてくれたパイをテーブルに置いた。
「腕上げてますね」
うふふと笑うレラの横でフェリシアが、
「私でもお嬢様になれたんだし」
と紅茶の入ったカップを手に持った。
小さな家の中には台所やベッド、椅子にテーブルと、一通りのものがそろっている
「フェリシア様はお母さんが貴族だったんでしょう?」
「そうだけど。庶民としてずっと生きてきたから、叔父様に引き取られてからマナーにダンス、話し方に色々と勉強させられたのよ。それに比べたら、ミーガンさん、もともとは貴族として過ごしてたと聞いたわよ」
元は貴族だったということはディーンは既に知っていた。ユルゲンという婚約者がいた時点で貴族だったんだなと想像はつくが。
本人曰く、猫の時に私がクロに向かって話したことで想像はしていたらしい。かなりあけすけに話していたみたいだが、まさか王太子とは思っていないんだもの、仕方ない。にしても、どこまでしゃべってたか覚えてないのよね。
一応、もとのミーガンの記憶もある。といっても所々忘れてて、行動とともに思い出すという感じだ。
「元だし、今は庶民だし。それに」
口ごもった私にレラが「何ですの?」とパイを切り分け目の前に置いてくれる。
「王太子妃教育なんて受けてないし」
「王太子妃教育?」
「何それ」
きょとん顔の二人に、
「いや、ほら、小さな頃から王太子妃、後々はお王妃になるべく多種多様な勉強をするんでしょ?」
読んでた漫画の世界では、悪役令嬢が努力を重ねて勉強をしてきたのに、ぽっと出のヒロインに王子を奪われて、てな話があるじゃない、とは言えないが。それなりの勉強はさせられるはず。
目を瞬かせるフェリシアの横で、レラは小首をかしげると、
「そういったものはありませんでしたわよ」
「へ? ないの?」
フェリシアもうーんと唸ると、
「私も貴族生活はゼロからだったし、ほら、王太子妃になるっていう目的のために勉強したけど」
「専門的な勉強はないですわねえ」
レラはお茶を飲むと、
「王太子妃や王妃になった場合、その時に必要な勉強はするでしょうけど、普通の勉強やマナーはお家で学ぶことですから」
「そうなの?」
「そんな不安がらなくても大丈夫大丈夫」
フェリシアにバンバンと背中を叩かれた。
「心配なことはないでしょう? 覚悟を決めて結婚なさいませ」
レラの言葉に思わず吹いた。
「なななな、なに」
「えーっ、もうお城に住んでるわけだし、婚約中みたいなもんでしょう?」
とフェリシアもにやにやしている。