ごめんなさいから始める
ごめんなさいから始める
樹
そして、僕は梨花に会うことにした。父親に電話をして妹の連絡先を聞いた。
「どうしたの?」
「うん。ちょっとね。その、昔のことちゃんと謝ってなかったと思って」
「そうか」
それから笑った。
「変だね。君は。最近は何回か君のところに押しかけてたんだろう?梨花。その時に電話番号聞かなかったのか?」
「ああ……うん」
よく考えれば、自分の携帯も教えない。相手の携帯も聞かない。そんなので、兄弟だって言えるのか。
「お父さんはこれを喜んでいいのかな」
「普通に喜んでいいよ」
「そうか」
「父さん」
ん?と問い返してきた。優しく。
「今までごめんなさい」
「なにに謝ってるの?」
驚いていた。
「いろいろかな」
ごめんなさいとありがとうだけはちゃんと言えるようになりなさい。母親がよく言っていた。だから、人生の大事な次へ進むときに、僕はごめんなさいから始める。
「わざわざ電話番号まで調べてお兄ちゃんから連絡してくるなんて驚いた」
そう言った後にとんと身を乗り出して頬杖ついて見上げる。
「なーに?」
「昔のこと、もう一回ちゃんと謝ろうと思って」
「なに?今更。反省したんだ」
にやにやしている。
「彼女に振られて思い知ったとか?」
「振られてないよ」
ぎょっとした。梨花。
「うそ?なに?つよがり言っちゃって」
「強がりなんて言ってない。振られてなんてないよ。次会う時には指輪かってプロポーズするから」
じっと僕を見て、強い目で、ストローでオレンジジュース飲んで、それから吐き出すように言った。
「気持ち悪い。なにそれ。2人とも」
「なにが?」
「どうしてあんなこと許せるの?お兄ちゃんの彼女って変だよ」
「変かな?」
そこで、また、梨花はじっと僕を見た。
「今日のお兄ちゃんもとても変。いつもだったら、彼女の悪口言ったら怒るのに」
僕は何も言わずに梨花を見た。それから、口を開いた。
「お前のことずっと、拒絶ばっかりして、向き合って来なくてごめん」
そう言って頭を下げた。
「過去のことは変えられないけど、これからは変えるから。お前のことちゃんと妹として受け入れるから」
梨花がどんな顔をして僕の話を聞いているのか、頭を下げている僕には見えなかった。
「ずっと最低なお兄ちゃんだったけど、やり直そう。ちゃんと兄弟として」
「いい人演じ続けるの?そうやって」
顔をあげた。しらけた顔してた。梨花。
「演じてなんかない。もともと俺はこういう人間だ」
「……」
それから、ため息ついた。
「たしかにそうでした」
そう言った。梨花。
「わたしは、こんなにはちゃめちゃなのに、初めて会った時に思った。お兄ちゃんは片親なのにまともに育ってた」
オレンジジュース飲んだ。もう一口。
「それも憎たらしかった」
「そうなの?」
「お母さんは、お兄ちゃんが憎たらしかった。片親なのにまともに育って、いい大学合格して。結局いつまでたっても翔子さんに勝てないってね」
「なにそれ?」
「お母さんなんて最低」
初めて聞いた。驚いた。
「お前、直子さんのこと嫌いなの?」
「大嫌い。あんな女」
「なんで?」
「くだらない自分のコンプレックスで周りの人間振り回してさ」
「どういうこと?」
梨花は頬杖ついて、窓の外を眺めた。
「お母さん、自分で気がついてるかどうかわかんないけど、お父さんのこと好きで結婚したんじゃないよ」
「じゃあ、なに?」
「お母さんは翔子さんに勝ちたかっただけ。ただひたすら」
「え?」
「同じ会社だったんだよ。お母さんも。薬学部に入れなくって、お母さん事務やってたの。それで、研究職している翔子さんが目ざわりだったんだよ」
「そんなことで、人の家庭壊すわけ?」
「だから言ったでしょ?お母さんは最低。翔子さん死んじゃったら、今度はお兄ちゃん憎んで楽しんでるんだよ」
「人を憎むのが楽しいの?」
「お母さんは、人を憎むのが習慣なの。憎い人がいないと落ち着かないんだって」
「なんだそれ?」
笑った。
「変な人。お前のお母さん」
「なんで、笑えるのよ。こんだけひどい目にあってんのに」
そう言って、そう言ってる本人が笑った。
「お前だって笑ってんじゃん」
「そう言われれば、たしかに変な人。わたしのお母さん」
笑い終わった後に梨花がぽつりと言った。
「なんか、もうどうでもよくなっちゃった」
「なにが?」
「お兄ちゃんのこと、わたしも憎むのを習慣にしてたのかも」
「うん」
「結局、人間ってさ」
「うん」
「最初っから不幸なわけじゃなくて、自分で自分を不幸にしてるのかもね」
本当に、このとき、本当に驚いた。
「どうしたの?」
梨花がこっちをまっすぐに見た。
「お前って、初めて思ったけど、すっごい頭いいんだな」
「なにそれ?」
「それは、あれだ。直子さんじゃなくってお父さんに似たんじゃないの?」
「そうかな?」
「そうだよ。あんなやな女に似るわけないじゃん」
くくくくくと2人で笑った。
「よかったな」
そういうと、少しはにかんで笑った。また、初めて思った。こいつこんなふうに笑うと結構かわいいじゃん。俺はこの子の何を見てたんだろうな。今まで。
「プロポーズ成功して、日取りが決まったらさ。ちゃんと出てよ。結婚式」
「いいの?」
「馬鹿だなぁ。普通は出るだろ。兄弟の結婚式は」
「うん」
そう。今まで僕はちゃんと分かってなかったんだ。僕には妹がいる。世界でたった一人の妹なんだ。この子は。僕の。
「プロポーズって失敗する可能性もあるの?」
ふと思いついたような顔で言われた。
「嫌なこと言わないでくれる?」
本当になっちゃうかもしれないじゃん。口にしたら。




