彷徨う踊り子
サウニーナの踊りは芸術的感性がこれぽっちもないと思っている俺でも素晴らしいと思えるものだった。
しかしそれよりも気になったことがあった。
それは使用している音楽があの少女の霊が流していた音楽のメロディが似ていることだ。何か思い入れのある曲なのだろう。
「サウニーナが産まれた頃まで戻ろう」
一体あの少女の霊がなぜ産まれたのか分かるかもしれない。
一言で言うとサウニーナの人生は幸せなものだった。
サウニーナは決して裕福とは言えない農家の家庭の姉妹の長女として産まれた。
小さい頃から親の農業を手伝い、いつも笑顔で近所の人たちに挨拶をしていたのでご近所さんからの評判も良く姉妹揃って可愛がられていた。
時は進みサウニーナが8歳の時、家族旅行で訪れた皇国の大聖堂で踊りと出会った。
音楽に合わせて踊る踊り子に一目惚れした彼女は自分もそうなりたいと強く思った。そして両親にお願いをしてみた。「踊りの勉強がしたい」と。
しかし彼女が住んでいる村で踊りを教えれる人はおらず、皇国の首都に行かなければならなかった。
そしてそれにかかる費用は膨大なもので、彼女の家庭では到底負担できない金額だった。
その事実を両親は言わなかったが、8歳ながらにしてそのことを理解してしまった彼女は再び家族の手伝いを始めた。
9歳になってもサウニーナは踊りのことが忘れられず、家族の手伝いの合間に一人で記憶を頼りに踊っている時があった。 その様子を偶然発見した村の住民たちがサウニーナの両親から彼女の夢を聞き、彼女のためならと村中からお金を集めてきてくれた。そのおかげでサウニーナは踊りを勉強することができた。
サウニーナには踊り子としての美貌と才能があり、メキメキと実力を伸ばしていった。
10歳にしてすでにコンクールで年上のライバルと競い合えるほどになっていた。
その後もどんどんと実力を伸ばし親友でありライバルでもあるベルという少女と多くのコンクールで競い合った。
サウニーナとベルは当時10歳と13歳。この二人が常にコンクールの一位二位を争っていたので彼女たちを髪色にちなんで金色の少女と白銀の少女と呼ばれていた。
その後ベルは17歳で引退してしまったがサウニーナは23歳まで踊り続けた。
余談だがサウニーナはコンクールの賞金をほぼ全て親に送った。親は子供の賞金に手出しはしなかったが本人の強い願望もあって村全体に分けた。
満足いくまで踊り続けたサウニーナは引退後、恋人だった人と結婚し、子供を二人授かった。
夫は学園の教師を務めており、サウニーナも時間ができたら踊りを教えていた。そのため子供二人と一緒に皇国の首都でも生活していけるだけの稼ぎはあった。
皇国が隣国と戦争を始めた時も教師という立場であったため夫は戦争に行かず、首都にある学園で変わらず働き続けた。国全体で物資が不足して人々は苦しんだが。
戦争も子供達が大きくなる前に終わり、各々が目指す夢に向かって旅立つのを見届けたのちサウニーナは息を引き取った。64歳だった。
(来世でも良い人生を)
サウニーナが息を引き取るまで見届けた俺は合掌をした。この時代の64歳は短くない。
(しかし妙だ。なぜ彼女が霊になるのか)
多数の困難はあっても彼女自身幸せだと感じていたはずだ。いつまでも悲しそうに踊り続けるとは思えない。
(それにあの霊の少女は白い髪。金色の彼女とまるで違う。どちらかといえばあの仲の良かったベルの方じゃ・・)
「ベルが産まれた時までいくぞ」
ベルはサウニーナの3歳年下。それにベルのフルネームは『ヘリオス・ベル・カフカ』
皇国でも有名な名門ヘリオス家の分家の一員だ。簡単に見つかるはずだ
「ベル、あなたも踊りを習いなさい」
「はい。お母様」
ベルが物心ついた時から踊りがあった。教養だと言われていたので仕方なく習っていた。
コンクールで優勝しろ、と言われているわけでもない。面白いものではなかったが辛くもなかった。
ベルは淡々と先生に言われたことをこなし続けた。
その過程と本人の才能もあり大きなコンクールで優勝することもできた。両親にも褒められ少しは嬉しいと思うこともあったが、教養くらいで大袈裟なと思う方が大きかった。
(小さい時からひねくれてるな。親のせいかもしれんが)
向かうところ敵なしだったベルに突然スーパールーキーの新人が現れた。サウニーナだった。
村から一人踊りの勉強をするため首都にきたというサウニーナにベルは驚いた。
初めはその熱量がどこからきているのか不思議だった。
しかし、今までできなかったことができるようになった達成感、自分の踊りで客を喜ばせられる満足感。それを嬉々と語るサウニーナに感化され段々と踊る楽しさを実感できるようになった。ただの教養であった踊りも、もっと多くの人に魅せたいものとなっていった。
そしてサウニーナと競い合うことで踊ること自体楽しくなっていた。
しかし、どちらが観客を満足させられるのか競い合っていた時期はそう長く続かなかった。
ベルが15の時、右足が動かなくなってしまったのだ。
医者曰く食中毒ではないか、と言っていた。おそらくコカトリスの毒腺が当たったのだろうと。
猛毒を吐くコカトリスの毒腺は胸の近くにある。高級食品として食べられるコカトリスだが毒腺が危険すぎるため免許が必要だ。しかしごく稀に外部からの衝撃により毒が僅かに漏れてしまう。その毒を体内に通りいれてしまったのだろう。命があって運が良かったと医者は言っていたが、ベルは踊れないことに唖然としてしまった。
そして治療の助けになるかもしれないからと、山の中の別荘で治療を行うことにした。
2年たつと徐々に足の感覚が戻ってきたがそのブランクは埋められず、体が思った通りに動かせなくなってしまった。ベルはまだまだ踊り続け観客を楽しませたかったが今すべきことはまともな日常生活を送れるようにすることなので、泣く泣く引退することとなった。
(確か2年くらい表に出てこないと自動的に引退扱いされるんだったか)
いつまでも踊っていたのは踊りたかったという執念か?それならいつまで踊り続けたらいいのだろうか。
俺はどうやったら彼女が踊るのことをやめるか考え始めた。
きっとこの問題さえ解決できたらなんとかなるだろうと思っていた。
しかしベルの悲劇はまだまだ続いていた
ベルまで終わらなかった