彷徨う踊り子
ベルは踊りから引退したが、家族の手伝いもあり無事元どおりの足に治った。自由に動き回れるし、踊ることもできた。
時間の流れは残酷でベルのことを覚えている人は少なかったがベルは踊りを再開した。
昔取った杵柄で、その踊りは完全に趣味で収まらないレベルだったので講師が一度コンクールに推薦したが断った。今できる踊りでは昔と違い観客を笑顔にできないと思っているからだ。
講師もその考えを理解し、それ以上勧めることはしなかった。
名門だが分家のせいもあり恋愛は自由にできた。
貴族同士のパーティーにも出席できるし、街の飲み屋で相席することも多々あった。
色々な男性と出会い、話した末ベルは鉱夫と結婚した。
鉱夫は仕事をなくした人が行き着く仕事なので下に見られることがあり本家から考え直すよう勧告された。
しかしベルは子供のこのにやった踊りでいい結果を残した。だからこれくらい見逃せ。と半ば強引に押し切ろうとした。本家の方も自分たちの子供が子供時代のベルに勝る功績を残せていなかったので強く言えずベルは結婚することができた。
長い間治療の助けになればと住んでいた山の中の別荘から引っ越し郊外の一軒家で、感情があまり表に出ず無口だが優しい夫とのんびり二人で暮らしていた。
しかし皇国が隣国と戦争を始めたことで生活が一変してしまった。
初期の頃は物資不足を補うため、毎日夜には帰って来ていた夫がほとんど帰って来なくなったこと。
心配になって差し入れと同時に様子を見に行ったことがあった。
鉱夫は山の中を掘り、周りを補強しながら作業をする。かなり危険な作業で当然奥に行けば行くほど危険度は増す。
平時であれば長くて半日しか滞在することのない奥深くに戦争が始まってから夫は一日中、下手したら数日間泊まり込みで作業することが多くなった。
常に鉱山を掘り進めているため鉱山を掘る人、補強作業をする人が忙しなく鉱山の穴から出入りしていた。
事故が起きた。という話は一回も聞いていないが、夫がいない家に滞在しても意味がないと思ったベルは鉱夫たちの休憩所で差し入れを毎日しながら夫の帰りを待っていた。
鉱夫に差し入れをしていくうちに多くの人と知り合いになっていき、自分のおにぎりで笑顔になってくれることがベルは嬉しかった。
質素だがそこそこ量のあるおにぎりと綺麗で冷たい水をくれる美人さんがいる。という話は鉱夫の間でどんどん広がり始めた。中にはアプローチする人もいたが笑顔で粉砕されたとか。
そんな話は奥深くで働いていたベルの夫にまで届いた。
鉱山の中で何日連続かわからないほど働き続けた夫とその仲間たちは一日の休みが与えられた。
鉱山から久しぶりに出れた夫は毎日差し入れをしている人が自分の妻だとその時初めて知った。
それと同時に差し入れをくれる方は鉱夫長の奥さんだから丁重に扱え!と鉱夫たちの間で広まった。
そんなふうに夫が出てくるまでは毎日差し入れをして鉱夫たちと話をしながら過ごし、一日だけの休日を二人で自由に過ごすという生活をしていた。
このような生活に慣れ始め悪くないと思い始めた頃にとんでもない知らせがやってきた。
兵士が足りなくなってきたので鉱夫の半数を兵士として徴兵する。と国から通知が来た。
鉱夫は力仕事なので年齢層が30代前半から10代後半がメインだった。これが兵士としてちょうど都合のいい年齢だった。
鉱夫たちで話し合った結果若い方は戦場よりは安全な鉱山に残ることとなった。年配者は戦争に行き、いなくなるので役職の引き継ぎと同時に新たな人材の育成が急ピッチで進められた。
すでに30になろうとしていた夫は戦争に行くこととなったので若い世代の育成に力を入れていた。
ベルは夫だけでなく友達とすら言える鉱夫仲間が戦場に行くと知り、本家のツテを使ってでも戦場に行こうとした。
本家も戦場に行くことは何度も反対したが、ベルも聞かなかった。
踊りができるので兵士を元気付けられるとして夫が配属される軍隊についていった。
軍隊に所属されたばかりの頃は戦闘の激しい地域には出陣せず後方支援ばかりだった。
そのためベルの踊りを見て笑い合い、笑顔で夜を過ごすことができた。ベルも笑顔にできたと満足していた。
しかし戦争が激化していくと戦闘にも駆り出されるようになった。
ベルも鉱夫たちも戦争にいくので誰が死んでもおかしくないと覚悟は決めていた。
しかし長年ともに働いてきた仲間を失った時の喪失感は大きかった。
初めて仲間が一人戦死した。
全員が集まって見ていたベルの踊りに一人こなくなってしまった。
その日は鉱夫たちでなくベルも笑顔を作れなかった。
しかし、翌日にはなんとか現実を受け入れ無理やり自然な笑顔を作った。
もうこれ以上仲間を失いたくない。そう誰もが思っていたが、それでも日を追うごとにベルの踊りを見にくる人の顔ぶれが変わっていった。
戦場ではじめてベルの踊りを見て、それ以降毎日見てくれた年配の兵士。
差し入れで作っていたおにぎりを2個持って行こうとして周りに怒られていた青年。
自分の踊りを見てよかったと感想を言ってくれた若い少年。
どんどん知っている顔が減っていき、観客の笑顔も曇っていった。
観客を正面から見ていたベルが一番それをわかっていた。
自分の踊りで本当に人を笑顔にできているのか。自分は役に立っているのか。
笑顔を振り撒かなければいけないベルもだんだん笑顔が作れなくなってしまった。
そしてついに・・・
■■■■ 別荘跡地 にて ■■■■
この子がいつまでも子供の姿で踊っている理由がわかったかもしれない。
自分の踊りで笑顔にしたい。という想いがまだ踊れていた少女の姿になったのだろう。もし引退せずにサウニーナと踊り続けていたら多くの人を笑顔にできたかもしれない。しかし、森の外での体験がないためずっとここからぬけだせず踊っているのだろう。
「いつまでここにいるつもりだ?」
「・・・・・」
俺は池のほとりに座り込んで聞いてみた。
「十分多くの人を笑顔にできただろ」
「・・・・さい」
「ん?」
「うるさい!あなたに私の何がわかるの!!!」
少女が怒り始めた。それにつられ穏やかだった水面が波打ち始めた。少女の周囲を飛んでいた輝虫は宥めるかのようにあたりを忙しなく飛んでいた。
「なんでも知っているぞ。生まれた時から、初めてしゃべった言葉。サウニーナと喧嘩したこととか、プロポーズの言葉まで・・・全部見てきたからな」
「そんなの関係ない!私のことは私しかわからない!あなたに彼たちをその時だけでも幸せにできなかった私の気持ちがわかるの?」
綺麗な星が暗い雲に覆われ始め、あたりに強風が吹き始めた。
「わからないな。俺はお前とは別人で何を考えているかわからないからな」
「じゃあ・・・」
「ならなぜ、彼たちは毎晩毎晩仲間がいなくなってもお前の踊りを見にきた?」
「それは私が毎日やっていたから・・」
「それだけではないと思うぞ。・・・彼らの中には支給された飯すら食えなかった人もお前の踊りだけは毎日見にきていた」
どんなにやつれ、弱ろうと彼らは毎日見にいった。
「戦場という冷たくて血生臭い場所から戻ってきた時、ベルが踊って励ましてくれる。そこに暖かさを感じたんじゃないのか?」
「・・・・」
「確かに笑顔を作れる力はなかったかもしれない。しかし彼らの居場所を作れた。それだけでも彼らは感謝していると思うぞ」
「でも・・死んでしまった。みんな・・・」
俺はその時を見ていた。初めて、見ていることしかできないことにもどかしさを覚えた。
「最後の戦いで彼らが何を言っていたかわかるか?
「俺たちの、そしてベルさんの帰り道を守りきれ!!」だ。
圧倒的に人数差があったにも関わらず、彼らは下がらなかった。いや、下がれなかったのかもな。
自分たちの後ろにはベルという存在があったからだ」
「・・・・」
強い風はすっかり収まり満点の星空が顔を出した。
薄暗く霞んで見えていた少女が白く輝きだし、ふわふわと浮き始めた。それに導かれるように輝虫が森全体から飛び出し天まで伸びる道を作り出した。
輝虫と戯れながら笑顔で少女は空まで登った。
「最後まで愛されてたんだな」
少女の霊が空まで登った時、輝虫の道もスッと消えた。
それには満点の星空が輝いていた。
「俺もいつかみんなを見守る方になるのか」




