第十五話『歓迎会』
時刻は土曜日の午前十時五十分、場所は犬の象の前。俺は約束の十分前にその場所に来ていた。心配性である俺は五分前では遅れそうで心配、だからと言って早く着いても皆が来なくて心配とどう頑張っても心配するしかない事態に直面していた。その結果、十分前に約束の場所に来ていたのだ。
「おはようございます、望くん!」
一番早く来たのは唯美だった。大体俺が来てから二分後くらいだろうか。それにしても昨日あんな姿を見せてしまったのでどうも気恥ずかしい。とにかく昨日のお礼を言わねばと勇気を振り絞る。
「昨日は...その、ありがとな。」
「いえいえ。これからも何かあったら言ってくださいね。」
やはりかわいい。何かいつも以上にかわいさを感じると思ったら今日は制服ではなく私服だった。髪の色に合う白い長袖のパーカーに身を包み、黒いショートパンツ、さらに黒いストッキングを履いている。いやニーハイというのだろうか。特に白いパーカーのフードに付いている猫耳がポイント高い。思わず見とれてしまった。ちなみに俺は今日適当に買ったパーカーを着ていた。なぜかフードがあると落ち着く。
「よぉ。もう望も唯美も来てたのか」
幸嗣が来た。ということはあとは夏海だけか。大体今は集合時間の五分前くらいだろうか。はたして夏海は集合時間までにくるのだろうか。
「おはようございます。上原くん。」
「おはよう唯美。ってもうこんにちはでもいいんじゃないか?」
俺が言われたときは気付かなかったが上原の言う通りだ。ちなみに基準は午前五時から午前十一まではおはようございます、午前十一時から午後五時まではこんにちは、あとはこんばんはらしい。
集合時間ギリギリで夏海が猛ダッシュで来た。夏海は学校の制服で来ていた。
「ごめん、間に合った?」
「三分遅刻だ。」
息切れをしながら夏海が聞き、幸嗣が答える。既に三分どころか十三分ほど待っていたので三分なんて短いものだ。
「夏海は何で制服なんだ?」
素朴な疑問を問いかけると夏海は恥ずかしそうに答える。
「あ、、、それ聞いちゃう?」
「お前はこの前の筆記のテストの点数が悪かったから午前中補習だったんだろうが。」
幸嗣が「この馬鹿」と夏海の頭を軽く叩く。その叩き方には少しやさしさは見えるものの、その筋肉質な体でそんなことをしたら絶対痛いと、傍から見ると思ってしまう。まぁ優しいとはいえ脳細胞が確実に幾つか死んでいるだろう。この世界でもテストはあり、今筆記のテストがあることは分かった。能力のテストもあるのだろうか。
「何してんの、はやくいこーよー。」
夏海が俺達三人のことを急かしている。いや、元は夏海のことをまっていたんだがな。今日の夏海はやけにテンションが高い気がする。自分が好きなカラオケに行けるということで気分が上がっているのだろう。その夏海の言葉をきっかけに俺達三人はカラオケに向かい歩き始める。
しばらく歩きカラオケに着いた。予約をしていた夏海が受付で色々話しているあの様子だと世間話も混ざっているだろう。それにしてもカラオケに限っては用意周到だな。カラオケに限っては。
戻って来た夏海に連れられ、俺たちはカラオケの個室に入る。そこは元の世界のアニメやドラマで見たカラオケと大差はなかった。まぁなんか画面浮いてますけど。
「ここがカラオケ...」
俺には一生縁がないと思っていた圧倒的リア充空間。たった今俺はその場所に足を踏み入れてしまったのだ。リア充独特のなんかイケイケでオシャンティーな空気が流れていた。駄目だこの空間無理。いるだけで頭悪くなりそう。
夏海が左側の席に座り、唯美がそれに続く。テーブルをはさんだ右側に幸嗣が座り、俺はバランス的に幸嗣側つまり右側に座った。夏海が浮いている画面に触れ何かしている。おいおいまさか浮いているのに加えタッチパネル式とはこの世界凄いな。夏海が操作を終えしばらくするとピピピという音とともに謎の固定されていた籠に飲み物やら食べ物がでてきた。ここも無人ということは元の世界で見たカラオケあるあるのうちの一つ「熱唱中に店員さんが注文した物を持ってきて恥ずかしくて歌えなくなる。」は見れなくなるのか。それにしてもこの世界には無人の店が多いな。人類何してんの?
届いた飲み物や食べ物を夏海と唯美が運び人数分のドリンクと幾つかの種類の食べ物がテーブルの上に並べられた。十二時過ぎで昼食もまだなので余計に美味しそうに見える。夏海がドリンクを持ち席を立つ。
「それでは辻見望くんの編入とこれからよろしくということで、乾杯!」
「「乾杯!」」
「かっ、乾杯。」
きちんとグラスはぶつけずその素振りだけで乾杯する。グラス同士をぶつけると傷がついてしまいますからね。ここテストに出るぞー。
それから俺達はしばらくの間カラオケを満喫していた。まぁ歌っていたのはほとんど夏海、たまに幸嗣、一曲だけ唯美が夏海と一緒に歌った。あれは良かった。ちなみに夏海は百曲ほど歌っていた。あれ?桁がおかしいぞ?本当に。一方、自分で言うのもあれだがこの会の主役である俺は全く分からない歌、聞いたことのないリズム、カラオケ、長いという慣れない場所の四回攻撃でボコボコにし、俺は端っこでジュースをちゅーちゅーストローで飲んでいた。人の血を吸う蚊ってこんな気分なのだろうか。満喫とは何だろうか。
「じゃあラスト十曲!!」
ラストという言葉にほっとしていた筈が続いた十曲という言葉によって希望は打ち砕かれた。ラストって言葉の意味知ってるのだろうか。上げて落とすとは一番質が悪い。何故こんなにも嫌がっているかというと、理由はたくさんある。例えばカラオケのこの感じ嫌だとか、曲を全然知らないからとか。だがそんなことよりも大きな問題があるのだ。さっきからぶっ通し五時間近く座りっぱなしでもう体力は限界をこえているのだ。そしてもう何も感じなくなった。五時間もぶっ通しで歌い続ける夏海はとてつもない体力だな。そのやる気をもう少し勉強にまわしてみませんかね。だが残り十曲だ。大体一曲三分あたり、つまり三十分のアニメを一話分見るだけの時間なのだ。そう考えると耐えられる気がしてきた。
懲役三十分の刑を耐え、釈放された俺は座りっぱなしで限界を超えた背中や腰、首などをバキバキ音を立てながら身体を伸ばす。別に夏海の歌が某ネコ型ロボットのアニメに出てくるGさんくらい下手というわけではないのだ。むしろ上手い方だろう。ただただ長い。これを耐えている幸嗣と唯美はどうなってるんだと思い二人を見たらもう気力が無かった。耐えられているのではなく、耐えているように見せているのだ。お疲れ様です。その心構えに敬礼。だが一番凄いのは夏海である。ほとんど一人で歌い続け、結局5時間半歌いきったのだ。これは連続歌唱時間でギネス認定されますね。当の本人は「あー歌った歌った♪」と満足気に部屋を出る準備をしている。座り地獄が終わったと俺達三人は思っていた。だが、帰るまでが地獄です。
部屋を出た俺達は夏海が会計を終えるのを待っていた。そして立ったまま身体を動かしながらの会話が始まった。。
「それにしても今回も長かったな。」
「上原くんはあの長さを知っていて止めなかったのですか?」
どうやら俺と同じく唯美は夏海とのカラオケは初めてだったらしい。
「それは...あんな嬉しそうな顔見せられた後にやっぱやめようなんて言えねぇだろ。」
確かに歓迎会をやる場所がカラオケと決まった時には本当に嬉しそうだったからなぁ。今まであれ以上の夏海の笑顔は見たことがない。
「それもそうですね。夏海さんが嬉しそうで何よりです。望くんには悪い事をしてしまいましたね。望く
んの歓迎会なのに...」
「大丈夫だ、問題ない。そもそも唯美が謝るようなもんでもないだろ。」
やべぇ今の死亡フラグだった。
「ありがとうございます。望くん!」
「会計終わったよー。帰ろー。」
夏海が会計を終え、こっちへやって来る。そして俺達は椅子から立ち、夏海と合流し、カラオケを出る。
空だ。青い空だ。俺達は生きて帰って来たんだ!あとは帰宅のみ、既にバッキバキの全身にもう少し負荷を加えるだけだ。なんの問題もない。たださっき死亡フラグ言ったのが少し心配だ。
帰ろうとしたところで小学校三年くらいの少女が俺達目掛けて突っ込んでくる。ぶつかると思った瞬間少女は止まる。状況が全く理解できない。
「お姉ちゃんを助けて!お兄ちゃん、お姉ちゃん!!」
今すぐ泣きそうな表情で少女は言う。
「は?」




