第十六話『誘拐』
「お姉ちゃんを助けて!お兄ちゃん、お姉ちゃん!!」とは言われたものの状況が全く理解できていない俺達に何ができるのだろうか。とりあえず話だけは聞いてみようと少女との会話を試みる。
「とりあえずどういう状況か一つずつでいいから教えてくれる?」
「うん。ぐすっ」
少女は鼻をすすりながらそう答えた。とにかくここでは話しにくい。なんせカラオケを出てすぐ、つまり沢山の人が居るど真ん中だ。人の視線がとても痛い。
「とにかく場所を変えよう。俺の部屋でいいか?」
「大丈夫です。行きましょう。」
俺が問いかけ、唯美が答える。行先が決まった俺達四人改め五人は学生寮の俺の部屋に向かい歩き始めた。
俺の部屋に着き、早速話を聞く。ソファーには夏海と唯美その間に少女が座っている。俺と幸嗣は元々あった椅子に三人と向き合う形で座っている。少女は帰っている時から二人に慰められ、今はだいぶ落ち着いている。木曜日あたりに寝っ転がるために作ったソファーがこんなに役に立つとは思わなかった。このソファーは文字通り出血大サービスだったからな。
「あなたのお名前は?あと年齢も。」
夏海はやさしく少女に問いかけた
「私の名前は、七森鈴、です。12歳です。」
「鈴ちゃんね。ありがとう。お姉ちゃんの名前は?」
「お姉ちゃんは、文、七森文。15歳」
夏海が聞きだした七森文という名前はこの世界に来たばかりの俺はもちろん、幸嗣、唯美、そして友達が多そうな夏海でも知らなかった。全員が聞いたことがない名前だった。七森文と俺達の年齢は同じだ。誰も知らないということは派手で、目立って、ヘイトを集めるような狙われやすいタイプではなく、大人しく目立たない狙われにくいタイプだろう。まだ何があったのかわからないので何も言えないが。
「じゃあ、私たちも自己紹介するね。私が湊夏海で、この子が|日尾野唯美《ひびのゆ
み》、こいつが上原幸嗣、そして一番奥に居るのが辻見望だよ。みんな同じ高校の一年で十五歳。よろしくね。」
何故幸嗣だけこいつ呼ばわりなのか少し気になったがそれは考えないことにした。一通りの自己紹介を終えたところで七森鈴に事情を話してもらうことになった。
「わたしのお姉ちゃんは、えっと、夏海さんたちと同じ第五高校で、B組でした。お姉ちゃんの能力はテレパシーです。それで5月くらいにアルカナっていう組織に誘拐されて...」
アルカナという聞きなれない単語に反応した。アルカナといえばタロットの大アルカナとかそういうアルカナと何か関係があるのだろうか。とにかくアルカナという組織が5月に七森文が誘拐されたのなら俺達が知らなくとも無理はない。入学した年の五月というのは、環境が変わり自分の事で精一杯な時期だろう。とても他人のこと、しかも他のクラスの人のことを気にかけている余裕はない。しかし誘拐されて既に二.三か月ほど経過しているが未だに戻ってきていないということはかなり難しい事件なのだろう。
「何か手掛かりになるようなものってある?メールとか手紙とか。」
夏海がそう聞くと鈴はスマホをポチポチ操作しその画面を俺達に見せた。これはおそらくメールだろう。文面はこうだ。
『差出人:アルカナ
題名:七森文について
本文:はじめまして。七森鈴さん。私は武装能力組織タロットという組織に所属しています。早速ですが本題です。貴方の姉七森文さんを誘拐させていただきました。我々は身代金欲しさに人を選ばず誘拐したわけではありません。理由は文さんの能力が我々にとってとても必要な能力だったからです。我々は文さんの命を決して奪いません。1日三食の食事、最低五時間の睡眠時間の確保も約束します。ただし、それは貴方が警察や教師などの大人このことを言わなかったらの話です。決断を誤らないでください。
武装能力組織アルカナ 戦車』
それを見る限り随分安全な誘拐だ。ここに書いてある事が全て本当ならば文に命の危険はないだろう。そして鈴は大人には話すなと書いてあるため、まだ大人ではない高校生である俺達に助けを求めたのだろう。だが高校生の中にも名取のような一人でちょっとした事件を解決できる奴だっているだろう。なのに何故大人には言うなと書かれているのだろうか。俺が推測した結果、二つの可能性が浮上した。一つ目、ただただその犯人がバカだった。二つ目、子供たちを対象に自分達の組織に引きずり込もうと誘っている罠。この二つが有力だろう。一つ目はまぁ説明する必要はないだろう。二つ目は、アルカナは文を必要な能力として誘拐した。ということはアルカナは能力持ちの戦力を必要としている。そこで引き入れやすい子供をターゲットに絞り、戦力の増加を図ったのだろう。しかし、「これは罠だ。」と言って助けに行かなかったら文はそのままずっとアルカナの中だろう。
「どうする?結構ヤバそうだよ?」
夏海が俺達に向かい聞く。俺達は助けを求められただけであってまだ助けると返事はしていない。助けるも助けないのも俺達次第だ。この世界の人間に助ける価値はあるのか。助けて何になる。そもそも文の安全は保障されているのに助ける必要はあるのか。元の世界であれだけ憎んだ人間、それはこの世界に来ても同じだ。だけど俺は...
「これが子供を対象にした罠っていう可能性もある。だけど俺は、助けたい。」
この世界で多くの人に救われた。ならば俺は少しでもその恩返しがしたい。助けられた分、助けたい。貸し借りは嫌いだ。というかそもそも「助けてお兄ちゃん」なんて言われて断れる男などいない。そして俺はこの場の誰よりも家族を失うことの悲しさを知っている。
「望くんがそこまで言うなら、私も少しは力になりたいです。」
そこまで言ってないと思うんだが。
「俺も協力するぜ!」
「私もやる。」
これで三人も協力してくれるようだ。能力無効の幸嗣、身体能力の唯美、遠距離、中距離攻撃の夏海、これだけ戦力があれば大丈夫だろう。と、言いたいところだが敵の戦力は不明、さらに武装能力組織アルカナという明らかに強そうな名前、生半可な覚悟では太刀打ちできないだろう。
「決まりだな。とにかく今は情報収集だ。誰か武装能力組織アルカナって名前に聞き覚えはあるか?」
「ない。」
「ないです。」
「ないね。」
全員なしか。まぁそんな物騒な名前だったら忘れている可能性も薄いだろう。
「アルカナって言ったらやっぱりタロットの大アルカナとかだよな。」
「タロット?タロットってなんですか?」
「え?タロット知らないのか?幸嗣と夏海もか?」
「知らない。」
「聞いたことないわね。」
まさかこの世界にはタロットがないのか?まぁ後で調べよう。
「じゃあ手分けして情報を集めよう。夏海は鈴から細かいことまで聞いてくれ、幸嗣と唯美は誘拐された日の文の服装を鈴に聞いて、鈴の家周辺の通行人に聞き込み調査だ。」
「望くんは?」
「俺はアルカナについて調べる。何かあったら連絡してくれ。それでは調査開始だ。」
俺は自室つまりこの部屋のパソコンの電源を入れる。唯美達三人は鈴に幾つか質問をし、唯美と幸嗣は部屋を飛び出ていった。その後も夏海は鈴を慰めながら質問を続ける。パソコンに電源を入れながら、元の世界からもってきていたスマホとこの世界のスマホを取り出し、スマホでも検索をかける。俺の予想が当たるとかなり嫌な展開になってしまいそうだ。




