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八百万荘の神様候補  作者: 脇汗ベリッシマ
3/9

八百万荘にて、勇者と魔王は再び出会う

あっという間だった。


椀は空。

皿も、鍋も、きれいに。


自分でも驚くほど食べた。


「ご馳走様は?」


唐突に言われる。


「……ご馳走様? なにそれ」


女は呆れた顔をした。


包丁を置き、こちらを見る。


「料理を作ってくれた人。食材を育てた人。運んだ人。並ぶまでに関わった全部の人に感謝する言葉だよ」


ゆっくりと言う。


「あんたが食べたものにはな、全部、命が宿ってたんだ。感謝しなきゃ」


命。


その言葉が胸に刺さる。


戦場で、何度も奪った言葉。


少しだけ目を伏せる。


「……ご馳走様でした」


女はにかっと笑った。


「お粗末様でした」


やけに誇らしげだった。



「で、ここどこだよ。夢か? 夢にしてはリアルすぎるだろ」


女は腕を組む。


「ここは八百万荘!」


胸を張る。


「そして私は、食の神の“食”だよ」


……は?


「あんた、神様候補に選ばれたんだ」


一瞬、意味が入ってこない。


「やおよろず? なんだよそれ。しかも神? 寝ぼけてんのか?」


「寝ぼけてるのはあんたでしょ」


食は鼻で笑う。


「八百万。読んで字の如く。たくさんの神様が住んでるって意味さ」


何を言っている。


神。


候補。


俺は、死んだはずだ。


腹を貫かれた。


魔王と――


「ささ! 食べたんなら庭掃除行きなさい」


いきなり背を押される。


「働かない者、食うべからずだよ!」


理不尽だ。


だが。


確かに飯を食った。


労働で返すか。


廊下に出る。


木の床はどこまでも続く。


角を曲がると、酒瓶が転がっていた。


その横で、見たこともない服装の男が大の字で寝ている。


いびきが盛大だ。


「……なんだここ」


通り過ぎる。


その先に、透明な扉。


見たこともないほど澄んだガラス。


外には庭が広がっている。


砂利。木。苔。


そして。


人影。


誰かが掃除をしている。


ほうきを持ち、淡々と。


風が吹く。


その横顔が、こちらを向く。


――呼吸が止まる。


黒い瞳。


見覚えのある、底なしの目。


魔王。


喉が凍る。


「……」


無意識に、扉を押す。


ガシャーン!


派手な音。


割れた。


「……押すんじゃねーのかよ!」


だが音が響く前に、身体が勝手に動いていた。


一瞬で距離を詰める。


戦場の感覚。


血の記憶。


相手も同時に反応する。


魔王は跳び退く。


距離が空く。


砂利が散る。


庭の静けさが裂ける。


「魔王!」


声が震える。


怒りか。


恐怖か。


それとも――


「何故ここにいる!」


魔王は、ほうきを握ったまま、こちらを見ていた。


あの戦場と同じ目。


だが。


どこか違う。


血がない。


憎悪も、ない。


ただ静かに、こちらを見ている。


風が、木を揺らす。


割れたガラスの音が遅れて響く。


八百万荘の庭で、


勇者と魔王は、再び向き合った。


だが今度は。


血も、剣も、ない。


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