八百万荘にて、勇者と魔王は再び出会う
あっという間だった。
椀は空。
皿も、鍋も、きれいに。
自分でも驚くほど食べた。
「ご馳走様は?」
唐突に言われる。
「……ご馳走様? なにそれ」
女は呆れた顔をした。
包丁を置き、こちらを見る。
「料理を作ってくれた人。食材を育てた人。運んだ人。並ぶまでに関わった全部の人に感謝する言葉だよ」
ゆっくりと言う。
「あんたが食べたものにはな、全部、命が宿ってたんだ。感謝しなきゃ」
命。
その言葉が胸に刺さる。
戦場で、何度も奪った言葉。
少しだけ目を伏せる。
「……ご馳走様でした」
女はにかっと笑った。
「お粗末様でした」
やけに誇らしげだった。
⸻
「で、ここどこだよ。夢か? 夢にしてはリアルすぎるだろ」
女は腕を組む。
「ここは八百万荘!」
胸を張る。
「そして私は、食の神の“食”だよ」
……は?
「あんた、神様候補に選ばれたんだ」
一瞬、意味が入ってこない。
「やおよろず? なんだよそれ。しかも神? 寝ぼけてんのか?」
「寝ぼけてるのはあんたでしょ」
食は鼻で笑う。
「八百万。読んで字の如く。たくさんの神様が住んでるって意味さ」
何を言っている。
神。
候補。
俺は、死んだはずだ。
腹を貫かれた。
魔王と――
「ささ! 食べたんなら庭掃除行きなさい」
いきなり背を押される。
「働かない者、食うべからずだよ!」
理不尽だ。
だが。
確かに飯を食った。
労働で返すか。
廊下に出る。
木の床はどこまでも続く。
角を曲がると、酒瓶が転がっていた。
その横で、見たこともない服装の男が大の字で寝ている。
いびきが盛大だ。
「……なんだここ」
通り過ぎる。
その先に、透明な扉。
見たこともないほど澄んだガラス。
外には庭が広がっている。
砂利。木。苔。
そして。
人影。
誰かが掃除をしている。
ほうきを持ち、淡々と。
風が吹く。
その横顔が、こちらを向く。
――呼吸が止まる。
黒い瞳。
見覚えのある、底なしの目。
魔王。
喉が凍る。
「……」
無意識に、扉を押す。
ガシャーン!
派手な音。
割れた。
「……押すんじゃねーのかよ!」
だが音が響く前に、身体が勝手に動いていた。
一瞬で距離を詰める。
戦場の感覚。
血の記憶。
相手も同時に反応する。
魔王は跳び退く。
距離が空く。
砂利が散る。
庭の静けさが裂ける。
「魔王!」
声が震える。
怒りか。
恐怖か。
それとも――
「何故ここにいる!」
魔王は、ほうきを握ったまま、こちらを見ていた。
あの戦場と同じ目。
だが。
どこか違う。
血がない。
憎悪も、ない。
ただ静かに、こちらを見ている。
風が、木を揺らす。
割れたガラスの音が遅れて響く。
八百万荘の庭で、
勇者と魔王は、再び向き合った。
だが今度は。
血も、剣も、ない。




