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八百万荘の神様候補  作者: 脇汗ベリッシマ
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14/16

教えられた敵

石牢の中に、鈍い音が響いていた。


――ドン。

――バキ。


勇者の拳が魔王の頬を打つ。

次の瞬間、魔王の肘が勇者の腹にめり込んだ。


勇者が笑う。


「怒りなんて、目の前にいる奴が原因だろ」


拳を握り直す。


「殴り合いしてりゃ、そのうち消えるんじゃねぇの?」


魔王は血を拭いながら頷いた。


「同意だ」


再び拳がぶつかる。


――ガン。

――ドス。


数日間、それは続いた。


殴り、倒れ、起き上がり、また殴る。


だが――


鉄格子は、びくともしなかった。


ルクスリアは石壁に背を預け、静かに二人を見ていた。


やがて深く息を吐く。


「……怒の牢か」


その声に、二人の動きが止まった。


勇者が振り向く。


「なんだよ」


ルクスリアはゆっくりと言った。


「何故、お前たちは争う?」


勇者は即答した。


「こいつは人間を殺した」


魔王もすぐに言う。


「貴様こそ、我が同胞を」


ルクスリアは首をかしげた。


「同胞が、そんなに大切か?」


二人の視線が鋭くなる。


「仲間が、そんなに大切か?」


勇者が睨む。


「何が言いたい」


ルクスリアは二人を順に見た。


その瞳は静かだった。


だが、どこか深く冷たい。


「何故、魔族が悪いと思う?」


勇者が言う。


「村が滅ぼされた」


「何故、人間が悪いと思う?」


魔王が答える。


「同胞が殺された。子供もだ」


ルクスリアは小さく頷いた。


「なるほど」


少し間を置く。


そして静かに言った。


「だが、それは――お前たちが始めた争いか?」


勇者が眉をひそめる。


魔王も黙る。


ルクスリアは続けた。


「お前たちが生まれる前から、争いはあったはずだ」


「そしてお前たちは、幼い頃から教えられてきた」


指を一本立てる。


「魔族は悪だ」


もう一本。


「人間は悪だ」


静かな声だった。


「だが、それは本当にお前たちの考えか?」


石牢の空気が止まる。


勇者が低く言う。


「……何が違うってんだ」


ルクスリアは少しだけ笑った。


「簡単なことだ」


「それは、お前たちが考えた答えではない」


勇者が黙る。


魔王の瞳がわずかに揺れる。


ルクスリアは続けた。


「幼い頃から、そう教えられてきただけだ」


「疑うこともなく」


「考えることもなく」


静かな声。


だが、重かった。


「お前たちは一度でも考えたのか?」


「何故争っているのか」


「何故憎むのか」


「何故殺し合うのか」


勇者と魔王が顔を見合わせる。


初めてだった。


互いを敵としてではなく、

同じ問いの前に立つ者として見るのは。


ルクスリアは言った。


「怒りとはな」


鉄格子に手を触れる。


「他人から与えられるものではない」


指先が冷たい鉄をなぞる。


「自分で選ぶものだ」


そして振り返る。


「語れ」


その瞳が、二人をまっすぐに射抜く。


「それがお前たちの怒りなら」


「それがお前たちの思想なら」


静かな声。


「お前たち自身の言葉で語れ」


石牢は、静まり返っていた。


拳を振るう音は、もうない。


ただ、重い沈黙だけがそこにあった。


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