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最終話

 植木鉢に花が咲いていた。おぼろげな記憶の通り、ピンクの色の花は禁足地で見たものと一緒だった。


 今日は国民の祝日で、花祭りの日だ。


 数ヶ月前までは自分が今日祭りに参加するなんて想像してもいなかった。人生、何が起こるかわからないものだ。


 夕方、準備のために自室に戻るとキュピが窓辺にちょこんと佇んでいた。大きくなったり小さくなったりはしたが、基本はヒヨコのままだ。


 キュピは振り向き、私に問いかけた。


「俺様に感謝してるか?」

「うん。ありがとう」


 私はキュピに感謝をしている。ありとあらゆる言い訳に使い倒してきた。しかし、そろそろそれも終わりにしなくてはいけないだろうとは思っている。


「そうか」


 キュピは白いまぶたを半分閉じた。目を細めているその様子は、どことなく大人で、やはり私とは違う存在なのだと感じさせた。


 キュピは夕暮れと共に窓から飛び去ってしまった。てっきり一緒に行くのかと思ったのに驚きである。


 待ち合わせ場所に向かう。ヒューイは先に到着していた。



「ものすごく混んでる……」


 往来は移動する人でごった返している。ヒューイは花が潰されないよう、必死に頭の上に植木鉢を乗せている。


「つ、疲れた……」


 広場には大量の出店が並んでおり、臨時で設置されたテーブルと椅子は満杯で、溢れた人が通路に座り込んで酒盛りをしている。


 その間をすり抜けて、やっとヒューイの実家までたどり着く。結局、ご両親はそのまま田舎に戻ることに決めたのだそうだ。


 外は異常なほどの喧騒で、もはや何もかも全てが自由気まま、といった風体だ。確かに、これは参加しない側からするととんでもない状態かもしれない……。


「やっと着いた……」


 ランプに火を入れ、ソファに腰掛けた時、私はすでに「今日はこれで手仕舞い」と言った感情に支配されていた。


「ここからが本番なんだけれどね……」

「……」


 私はヒューイの目を見た。不思議な事に、何を考えているかわかる。


 面倒くさい。私も同じことを考えている。


 どんなに至近距離だろうと、ぎゅうぎゅう詰めの広場に突撃して右往左往する──それはスッキリとしたやり方ではない。


 私たちには最強の武器──確保された二人だけの空間、すなわち屋上があるのだから無理をすることはない。



 用意した服に着替え、髪の毛を編み込みしてバレッタを留める。


「おお、すごい。完成形だ」


 我ながら、ここまで変わるのかと感心してしまう。


「まだだと思うけれど……」


 ヒューイは植木鉢から大きな花を切り取って、私の左耳にさした。


「うーん、もしかしなくてもここの会場で一番可愛いんじゃないかな」


 薄々勘づいていたことがある。ヒューイはお馬鹿だ。勉強はできるし、真面目だけれどちょっと抜けているのだ。


 しかし、妄言だとわかってはいても、悪い気はしない。


「ところで、キュピはどこに行ったんだろう」

「確かに」


 あたりを見渡しても、姿は見えない。屋台のあたりでお酒の樽に顔を突っ込んだり、飴を齧ろうとして毛がベタベタになっているかもしれない。


 屋上から身を乗り出したり、葉っぱをめくったりして探していると、どこからか見たこともないピンクのふわふわの毛をした、尾の長い鳥がやってきて手すりに止まった。


「キュピ?」


 色以外には全く面影がなく、どこか近寄り難い雰囲気があるけれど、目を細めた様子を見て、私はこの鳥がキュピなのだと思った。


 キュピらしき鳥は、クルルルル、とダミ声ではなく美しい声で鳴いて、ねだる様に首を傾げた。花を差し出すと、ちょい、とつまんで飛びさってしまった。


 その後ろ姿を眺めながら、もう会うことはないのだろうと感じた。


「……あっさりしすぎてない?」

「精霊の行動基準は人間に当てはめて考えることはできない」


 それもそうか、と思う。ヒューイが「もしかして他人の空似ならぬ他鳥の空似だったりして」と言い出すので笑ってしまった。


 屋根の上まで登り、祭りの喧騒を眺める。広場では踊りが始まっているようだ。

 

 人の隙間を縫うように、鋭く踊る一組の男女が目に入る。篝火に照らされているその二人は、よくよく見つめてみると……エレナ様とリオだった。


「あっ、エレナ様!!」

「いつの間に!?」


 相談とは、この事だったのだろうか──しかし二人は大人なので、私が間に入る必要もなく、何とかなったのだろう、と言う結論に達した。


「いやー、やっぱり、やる時はやる人なんだよな」

「ヒューイも、先輩を見習う?」


 ヒューイはいつものように、顎に手を当てて考える仕草をした。

 

「僕たちも下まで行く?」


 踊りの練習はしていないが、誰も他人のことなんて気にしていない。しかし、二人の踊りは鋭く、まるで炎のようである。


 私も顎に手を当てて考える。導き出した答えは……。



「ちょっと、あそこに割って入る勇気はないかな」

「同感」

「でしょ?」

 

 ヒューイは笑った。別段面白い事は何もないけれど、私もつられて笑った。



 ピンク色をした摩訶不思議な鳥は、その夜以降私たちの前に現れる事はなかった。少し寂しいけれど、それがこの世界の理なのだと、私の恋人は締めくくった。



 私はお城で働くメイドだ。いつもの服に、いつもの仕事。それは去年からずっと変わらない。


 でも、以前とは違う事もある。眼鏡を外して、前髪を切って。そして、もうすぐ私は結婚をする。ボロい家と白い家、どちらの家に住むのかはまだ決まってはいないけれど。


 仕事を終えて、移動しようとした時──物陰から、聞き覚えのある声がした。


『お前、好きな相手はいるか?』

『い、いるけど、何』


『よし。お前に、夕暮れまでに好きな相手に告白しないと死んでしまう呪いをかけた』

『えっ?』


「またやってる……」


 物陰からそっと様子を伺うと、ピンクのヒヨコが見知らぬ女子を恫喝していた。精霊と言えど、一度味をしめてしまうと手口が一辺倒になるのだろうか。


『ほら、あと二時間しかないぞ。行け』

『ひえっ……』


「あらあら……」

 

 彼女には気の毒だけれど、手助けはしない事にして、その場をそっと立ち去った。恋の精霊は親切なので、きっと彼女に勇気が出る魔法をかけてくれるだろうから、心配はしていない。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。引き続き色々書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

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