10
私は先日のお礼にお菓子を作ることにした。寮には事前に登録しておけば自由に使っても良い共有キッチンがあるので、休日の早朝から、ずっとここでジタバタとしている。
「こんな感じかな……」
買ったばかりの鳥のクッキー型。
「えーと、抜いた後はもう一度まとめてめん棒で伸ばして……」
買ったばかりの本。
ようやくオーブンに入れる所まで来た。焼き加減を確認しなければいけないので、まだ油断はできない。
作業台にもたれかかり、手についた「ガビガビ」を剥がしていると、急に不安が襲ってくる。
甘いものが好きかどうか確認していないし、手作りのお菓子が嫌いな人も世の中には結構な割合でいるらしいと聞く。
私はあまりにも一般的と言うか、つまらない選択をしてしまったのではないかと思う。
「でも、市販品よりは気持ちが伝わる気がする……」
服と髪飾りと釣り合う値段のお菓子なんて、ない。あるにはあるけれど、きっと「途方もない」感じに違いない。市販品ではなんだか釣り合わない気がしてしまうのだ。
カタ、と音がして振り向くと、キュピがボウルに顔を突っ込んでいた。
「また出た……」
ボウルからつまみあげると、クッキー生地がベッタリと張り付いてピンクと黄色のまだらになっていた。
「これうまいぞ」
「焼いてない生地を食べるとお腹壊しちゃうよ」
「お前が洗い物をそのままにしておくのが悪い」
ごもっともなことを言われたので、洗い物と一緒にキュピをざぶざぶと洗う。テーブルの上に乗せてやると、ぶるりと震えて水滴が飛び散る。
「洗われてやったんだから、うまいのよこせ」
なんて横暴な精霊なのだ、と彼? と出会ってから何度思った事だろう。
「まだできてないよ」
分厚いガラス越しにオーブンの中を確認する。
「なかなかよく膨らんでいる」
「でしょ?」
「気持ちがこもっているのはいいことだ」
「気持ちじゃなくて、ふくらし粉の問題だよ」
「そんなことはない」
「あります」
ちらりと時計を確認する。私が台所を借りられる時間は午前中だけなので、今回のものがうまくいかなかったら諦めるしかなくなってしまう。
「さて、どうかな……」
──クッキーの焼き加減はおおむね良好であった。
「さあ、食わせろ」
私はキュピの発言を無視した。今はそれどころじゃない。
試食するにはまだ熱い。達成感で胸がいっぱいになっていると、キュピが──ガッ、と音を立ててクッキーの端っこを砕いた。
「や、や、やめてー!」
私の悲鳴など全く聞こえない、とでも言うのだろうか。キュピは黙々とクッキーを食べている。一応、見た目のよくない物を選んではいるみたいだけれど……。
「問題なし。うまい。これならヒューイも喜ぶ」
「そ、そうかな」
暴君ぶりは許し難いけれど──精霊のお墨付きをもらってほっとした気持ちはある。
「それではもう一枚貰おうか」
「甘いものが好きなの?」
この前も人参を食べていた。食べ物を渡せば、機嫌を取れるのかもしれない。
「飴をあげようか」
カバンを開け、缶を取り出す。小さい、真珠の粒みたいな飴は中にシロップが入っているのでとっても壊れやすい。キュピの前にちょこんと置くと、クチバシで突いた後、そっぽを向いた。
「これじゃ嫌だ」
「えっ!? これ高いんだよ!?」
触ったんだからちゃんと食べてよ──そう言うと、キュピはますます遠ざかってしまった。
「意外と好き嫌いが激しい……」
何はともあれ、お菓子はできた。後は手紙だ。
「えーと。この前は、ありがとうござまし……ござまし?」
書き損じた。どうしてこんなありえない所で失敗してしまうのか。書き直し。斜めになっている。やり直し。
「なんか、字、下手だな……?」
ものすごく達筆ではないが、悪筆でもないはず。でも、妙に力んだ感じがしてちょっと変だ。ヒューイはもっと大人っぽくて綺麗な字をさらっと書いていたのに……。
時間が迫っている。手紙はあきらめよう。
「俺も署名してやる」
そう言って、キュピは私の書いたカードを踏みつけた。インクもないのに、きらきらとした足跡が残る。わかっていたことだけれど、やっぱり普通のヒヨコじゃないんだ。
「精霊がしるしをつけた手紙はとても珍しい。欲しがるだろうなー。あいつら学者は、そういうものが大好きなんだ。とってもとっても、飛び上がるぐらい大好きなんだ」
キュピは白いまぶたを半分閉じて、なんともイヤらしい顔をした。
グッと言葉に詰まる。手紙を出せと言うのだ。ヒューイが欲しがるものを、勝手に捨てることはできない。
「仕方ないか……」
私は諦めて不恰好な手紙とクッキーを一緒に箱に詰めた。




