第六十話 ルリジサ
エタっていて気づいたら伸びていたので続き書きました。3年以上書いてなかったんだなぁ……。
設定読み込んで書いてはいますが、当初と異なる可能性があります。
「……やれやれ。勝手に段取りまで進めてるとはな」
ディマは苦笑しながら、籠の中を見る。
ルリジサがふんわりと香り、レモンの黄色が鮮やかに並んでいる。
「ディマのまじゅつ、見るのたのしみ~!」
アンヴィがその後を嬉しそうについてくる。ディマは軽く肩をすくめながら、廊下を歩き出した。
「早く部屋に戻るぞ。器具も材料も揃ってる」
「わーい!!」
*
ディマは荷物を机に置くと、小さな鍋や薬瓶を取り出して作業台に並べ始めた。
「そこに座って待ってろ。下手に手を出すなよ、危険だから」
「はーい!」
アンヴィは椅子にちょこんと座り、わくわくと足をぶらつかせる。その様子に、ディマの口元がわずかに緩んだ。
「──さて。派手なことはできんが……魔術ってやつの、地味で実用的な側面を、少しだけ見せてやるよ」
ディマが小さく息をつくと、アンヴィがぱあっと顔を輝かせた。
「はやくはやくー!」
「魔術ってものを……少しだけだが見せてやる」
彼は籠からルリジサの花を数輪取り出すと、掌に乗せ、そっと目を閉じた。空気がわずかに震えた気がした。ディマの魔力が、静かに周囲へと染み出す。
「《抽出せよ――》」
彼の手のひらに淡い光が集まり、ルリジサの花がふわりと宙に浮かび上がる。
魔術陣もなく、詠唱も極小化された精妙な術式。
それは派手ではない。だが、見ている者に確かな技を感じさせる魔術だった。
花の芯から、透明な雫がぽたり、ぽたりとしたたり落ちる。小さなグラスの上に溜まっていき、まるで蜜のような芳香が辺りに満ちていく。
「すごい……」
アンヴィがぽつりと呟いた。
続いて、ディマはナイフを取り出し、レモンを半分に切った。
果汁を搾るのも魔術でできたが、そこは手作業だ。刃を使う音が静かに響く。
「レモンは火を入れないと酸味が勝つ。湯を注ぐ前に、香りを立てておく」
言いながら、彼は小鍋に湯を沸かす。
炎もまた、彼の魔術で灯された。青白い小さな火が鍋の底を包む。
「──よし」
湯が沸いたのを確認すると、抽出されたルリジサの液体に温かい湯を注ぎ、そこに数滴だけレモンを垂らす。
淡い紫が一瞬、透き通るピンクへと変わった。
「わっ……色が変わった……!」
「ルリジサはおそらく酸に反応して変色する。そういう性質だ。」
ディマは淡々と言って、カップを二つ取り出した。片方はアンヴィに、もう片方には自分で注いだ。
香りは柔らかく、気持ちを落ち着かせるような甘さがあった。
「飲んでみて」
「いただきますっ!」
アンヴィはごくりと一口飲み、途端にぱあっと顔を輝かせた。
「……おいしい! なんかね、やさしい味!」
「そうか。変化と調和の象徴を示す紅茶だが、気に入ってくれてよかった」
ディマはうっすらと笑って、自分もひとくち口にした。
懐かしい、というほど昔ではない。しかしどこか、心が緩む味だった。
──彼女の魔術の第一歩が、こんな穏やかなものになるとは。
悪くない、とディマは思った。