第五十三話 幻惑
……よく考えてみればジャーダが薬草園に来てくれるのはラッキーか。
相手にイニシアティブがあるとはいえ、魔法でねじ伏せることくらい容易いことだ。
薬草園には見えないバリアが施されている。
なにせ、取られたら危険な薬草だらけだ。僕が直接手を下すより簡単に、大量に殺せることだろう。
アルジェントの民にしか見えない地面の紋章に左手をかざし、中へと入る。
「ディマー、おそい!」
50mほど離れた場所でアンヴィ達が両手を振って僕を呼び寄せている。
ルリジサってそんなに奥にあったっけ……? 奥の方なんて劇薬しかないはずだが――
嫌な予感が脳裏を走る。
直感というものは半分くらい当たるものだ。劇薬を摂取させようものなら直ちに殺すしか――
そんな気持ちの中急いで向かうと、理由はすぐに分かった。
「ディマ、クウィンデシムだよ! おひさまのなかでもきれいだね!」
陽光と同じように輝いていたため遠くからでは分からなかったが、確かにクウィンデシムであった。
何故こんなところにあるんだ? あれを採取したら首撥ねられるレベルの禁忌だろう?
「ディマ、『なんでここにクウィンデシムがあるんだよ』って思ってない?」
「そりゃそうだろ。デュンケルと繋がっているのか?」
「と、思うじゃん? 違うんだなぁこれが」
いつも以上にノリノリでジャーダが解説し始める。
「クウィンデシムは種を残せないから株を分けるしかないって今まで思われていたんだよ。まぁ、一応種は出来るんだけどさ、よくわかんないけど生えてこないの。で、最近植物界に激震が走ってね、なんと、クウィンデシムの種から双葉が出たわけなんだ」
「ふーん……?」
「分かってなさそうだけど凄いことなんだよ!? いわゆる品種改良……? に、なるのかな。海沿いにしか生えないと言われていたんだけど、こんな山奥でもちゃんと生えるようになったんだ! 偶然って凄い!」
「……種は誰から貰ったんだよ」
「広場まで行けば買えるよ。ただ、ある程度薬学ができないと買えない劇薬に変わりはないから、ディマじゃ無理だろうね」
……そんな馬鹿な話あるか?
致死性のあるものに関しては、能力が認められた人しか買えないのは事実である。
しかし、嘘をつくにしては下手すぎる。何もかも疑り深くなってしまうな。
「にゃあ、なんか疑ってる?」
「多少はな」
「僕はメルクリオほど悪いことはしてないさー。かわいいもんよ」
「それを自分で言うのか……」
「そりゃあねぇ、事実だし。もうちょっと僕を信用してくれてもいいんじゃない?」
「僕からすればアルジェントの奴らは全員敵だけどな」
「はぁ、まーた始まったよ反抗期が――って」
ジャーダは植物とじゃれあっているアンヴィを見るや否や、今まで見たこともないほどおぞましい形相をし、稲妻のごとく目にも止まらぬ速さで彼女を植物から引き離した。
「大丈夫!? 刺されてない!?」
「えっ……」
アンヴィは何が起きたか把握しきれてないようだ。正直、僕も状況が分からない。
その植物は「ヒイラギモドキ」と書かれている。
「ヒイラギモドキは守護の魔術として有用ではあるが、一般的な植物とは違って水ではなく血を求める唯一無二の植物だ。ヒイラギよりトゲが鋭く、トゲの先端に麻酔のような効果を持つ成分が含まれている。毎年のようにこの草にからめとられている動物を見るよ。なにせ、近づきすぎると幻覚を見せる作用もあるんだ。そして、人間がこのトゲに刺されれば、昏睡状態に陥る可能性がある」
肌が露出している部分をしきりに確認する。
「やはり――」と小声で囁いたと思ったら、手のひらと足首に鋭く裂かれた跡があった。
いつものジャーダとは全く雰囲気が違う。まるで別人が憑依してしまったかのようであった。
「解毒は出来るけど、時間との勝負だね。先に手当てしているから手伝って」
そう言ったかと思うと一瞬にして彼らは消えてしまった。
手伝えって言ったって僕が何をすればいいんだが――
「っ――! 逃げろぉッ、ディマぁ!!」
反射的に振り向くと、ヒイラギモドキの葉が僕の後ろから這いよっていた。
だが、叫んだ人物は見当たらない。聞き覚えのある男の声ではあったが、名前が出てこない。
既にヒイラギモドキに魅せられているわけか――?
そうこうしているうちに、頭からべっとりとした生暖かい真紅の液体が垂れてくる。
はっ……?
これは、幻覚なのか? 幻覚にしてはリアルすぎる。
ぐっ……そんなことも言ってられない。頭が割れるように痛むが、とにかく離れなければ。
「ディマ、お前は――」
何かに抱き寄せられる感覚がある。
なぜだろう、なぜ、こんなにも懐かしく感じるのだろう。一度も経験していないはずだ。
いっそこのまま眠りについた方がずっと楽なんじゃないか――




