第五十二話 調合1
自分の部屋に戻り、机の中から本のようになっている黒い装丁のメモ帳を取り出した。
……魔術を教える前に聞かなくてはいけないことがたくさんある。
――メルクリオ、お前は一体何がしたいんだ?
「ディマー! ディマは、メルクリオみたいにぶら下がれる?」
ぶら下がれるか否かで聞いたら是であろう。失敗しない限り死んでしまうが。
だが、アンヴィが思っているのは「首吊ったまま人間には不可能な動きができるか」という意味だろう。
ずっと死にたいから吊って見せてもいいんだが、ちょうどタイミングよくメルクリオが現れてロープを断ち切ってしまうだろう。
しばらく考えた後、曖昧な表現で返した。
「できなくはないけど、やりたくはないな」
「えー、メルクリオ、すごかったよ? わたしもやりたーい!」
「アンヴィは絶対あんなことやっちゃダメだからね? あれは訓練が必要で――」
……自分で言っていても疑問しかない。
どんな訓練だよ……。そして、それを訓練したところでどんな時に役立つんだか。
これは仮説だが、メルクリオは首を吊っていたわけじゃない。魔法で若干自分を浮かせてロープと接地させてなかったんだろう。それでも謎すぎるが。
「メルクリオは吊ってるときに何か言ってた?」
「うーん、『面白いものが見れるよ』っていってた! あとね、あしたおんなじ光景がひろばでみれるって!」
……見せしめ処刑の事か? 子どもにとんでもないことを教えるなよ……(実際恥辱を見られてしまったけど)。
「そしたらね、さっきのハチさんがとんできてびっくりしてたよ。メルクリオがバーンってけって、まほうじんにしばられちゃったんだ」
「あー……そうなのか」
うん、ビーネの言っていたことは合っているな。可哀想に。
「それとね、よくわかんないこといってたの」
「……例えば?」
「きいたことないことばでね、まどにむかってしゃべってた」
それって傍から聞くと痴呆としか思えないんだが。
何か魔術でもかけていたのかな。あれはヘブライ語だから分からなくて当然だ。
「メルクリオってたまにぼーっとしてるよね」
「あぁ、悩み多き男だからな」
「なやんでるの?」
「あんなことするくらいだから悩んでいるだろう。僕より面倒な奴だからな」
昔は怒りだすと憎悪のまま動く奴だったからな。どっちが保護者か判然としないよ。
基本ここにいる男性らとバチバチに殺り合ってたから……。実際ジャーダは一、二回殺されかけてるし、統率者にまで刃向いてたことがあったりしたし。その割にはちょっかいかけてるけどな……。
最近は諦めてるのか血族同士で一切争いはしないけど。
「……まぁ、そんなことはいいや。アンヴィ、魔術を教えてあげよう」
「ほんと! うれしい!」
「必要なものを取りに行くものがあるから、ジャーダの部屋に行こうか」
「うん!」
*
――魔力がなくてもできる魔術の基礎中の基礎、ハーブについて教える。
僕も全てを知っているわけではないが、一般的に使われているものだけは教えることができる。
ハーブは海を渡った先の国にしかないものもある。輸入に関してはオーロやプラーミャが率先して取り入れ、その種を絶やさないよう魔法で温度管理をして育てている。
どうしても早急に欲しい時は無理矢理成長させるが、効能が弱くなるので推奨されていない。
「ジャーダ、入るぞ」
特にノックもせずに堂々と入る。
ジャーダの部屋は調合室と兼ねているので二部屋分ある。
中に入ると部屋中様々な薬草が吊るされて干してあり、草原の中にいるような感じである。
こんなところにいてよく酔わないよな……。僕は10分も居れないよ。
今日は物見の番じゃないはずだから、ここで調合しているはずだ。
「んー? ディマ、どうしたの?」
「ルリジサとレモンはあるか?」
「レモンはあるけど……ルリジサはちょうど使い切っちゃったなぁ」
ジャーダは申し訳なさそうに乳鉢を見せると、青紫色の花がちりぢりの状態で他の薬草と混ぜ合わされていた。
「あと10分くらい早く言ってくれればなー。薬草園にあるからそこから取ってきて。……って、何に使うの?」
「魔術的な能力を強めるためだな」
「ベイリーフじゃダメなの? マジカルオイルで良ければテンプルとかあるけど――」
「ハーブティを作る予定だったんだが……」
「……なるほどね? 神秘を見せようってことか」
「にゃははー、やるなー」とにやけながら右頬をツンツンとつついてくる。
この二つを組み合わせると面白いことが起きるのだ。何が起きるかは作ってからのお楽しみだが。
「アンヴィちゃん、裏庭に薬草園があるから行ってみようか!」
「ジャーダもくるの? やったー!」
「えぇ……うるさくなるだけじゃん」
「僕の方が詳しいからいいじゃん、ねぇ?」
肩を抱き寄せ、猫のように悪い顔をして僕を諭す。
全く、悪い奴だなぁ……。
「んじゃ、アンヴィちゃんには特別に、風の如く連れてってあげよう!」
ジャーダは軽々とアンヴィを抱き寄せ、何のためらいもなく窓から飛び降りた。
正確には飛び降りた後、垂直に壁を走っている。人知を超えているよ……。
あとは勢いを殺しながら着地するなりしているのだろう。
「あっディマー! 窓閉めておいて―!」
落下しながら言う言葉ではないと思うが、何か取られても問題なので一応閉めておいた。
……僕も後を追うとするか。




