第四十九話 嫌疑
アンヴィは箱を大事そうに抱え、俯きながらとぼとぼと歩いている。
「……メルクリオは、ちょっと不器用なだけなんだ。悪気があったわけじゃないよ」
「でも、怒ってたよ?」
「怒ってたのはアンヴィに対してじゃなくて統率者様だ。いろいろと雑なのは……その……」
「メルクリオはきらわれちゃってるの?」
幼子とはいえ核心を突くあたり女というものは恐ろしいものだ。
嫌われている、と言えば確かに嫌わているが……僕の明確な理由は分からない。
「かわいそうだよ……」
「うーん、そうなんだけどね……。彼が望んでいる部分も少なからずあるというか……」
「仲直りすればいいのにね」
「そうにもいかないのが血族っていうものなのさ」
「そんなのひどいよ! みんな仲良くしようよ!!」
少女の懇願が廊下に響き渡る。
気持ちはよく分かる。僕も両方から煙たがられる存在だからな。
アンヴィは考えるよりも早く行動に移していた。
小さな体で懸命にメルクリオの部屋へと走っていたのだ。オーロのわりには情がある奴だな、とは思ったが、子どもだからこんなもんか。
目で追えるような距離なので特段追いかけようとは思わなかった。転んでもすぐ駆け寄れるし、襲われたらすぐ殺せばいい。
アンヴィがメルクリオの部屋の中へと消えたのを確認する。アイツが殺すような真似はしないからひとまず安心だ。
早急に送らなきゃいけない書簡があるからな。それを出さないと――
明らかに不審な挙動だ。アレを出した時点で挑戦的すぎる。
なぜなら、あの種はオーロとデュンケルの敷地内にしかないのだから。
部屋に戻り羊皮紙を取り出すと、走り書きで『ある人』宛てに書き出した。
――Find out Giada.Et latebat aliquid.(ジャーダについて調べてくれ。何か隠している。)by Dima――
人差し指をくるくると回し水晶で鳩を作り出すと、手紙をくちばしに咥えさせて飛び立たせた。
行先は、唯一の第三者的立場のフィークスだ――
全く、アルジェントは歪んだ組織だな。
*
とりあえずアンヴィがいるメルクリオの部屋へ行ったが、そこにメルクリオの姿はなかった。
その代わりに、面倒な男が魔法陣によって縛られていた。アンヴィが張れるはずがないから、メルクリオが張ったんだろうけど……。
「えーっと、アンヴィ、これはどういう状況……?」
「メルクリオとお話してたらね、この人がいきなりあらわれて、まほうじんにひっかかっちゃったの。メルクリオは『取りに行ってくる』って言っていなくなっちゃった」
「はぁ……全く……」
一週間に一度は見る害虫だ。暇だからってちょっかいかけてくるシュピネの阿保だ。
真っ黒な毛で手入れのされてないボサボサの短髪である。褐色の肌であり、首筋には刺繍のような模様が描かれている。
長身で痩せた身は指の長さをより誇張させている。本当に蜘蛛のような指だ。
「ディマっ! 今日だけは君が救世主だ……。頼む、これを解いてくれ!」
「誰が解くか」
「だって、可愛い女の子がアルジェントにいるっていうからさ、気になっちゃうじゃん? ね?」
「やっぱり燃やすしかないな」
パチパチと手のひらで燃え上がる火を見せつける。
シュピネにいるやつらは、簡単に言うと虫そのものだ。普段は人の姿をしているが、虫に変化することもできる。めっぽう火には弱い。ちなみに、ビーネは蜂に変化する。
「あーー! それは勘弁してくれよ!! 同じ属性を扱う者同士さ、仲良くしようよ?」
「仲良くできないから滅べ」
「君だけには言われたくない……。今日もちゃんと用事があってきたんだよ!」
「何? 特に何も頼んでないんだが」
「デュンケルの動向だよ! 仕入れてきたんだから少しは弾んでよね? あとはアンヴィちゃんを手籠めに……」
「余計な一言さえなければ解いてやったが、より強い火力で炭にするしか……」
「分かった、分かったから何も手は出さないから解いてくれ!!」
仕方ない野郎だな……解いてやるか。
ため息をつきながら、気怠げに左手をかざして解除してあげた。
「さすがはディマ! 国王に愛されているだけあって慈悲深いお方だ……」
イラついたので間髪入れず足元に向かって水晶を突き指す。
しかし、ビーネの姿は一瞬にして消えた。正確には、小さくなっただけだが。
「もう、怖いことしないでって」
耳元でブンブン羽を鳴らしながら囁いてきた。
本当、コイツの一言は毎回のようにイラっとさせる……。
「うわっ、ハチさんになっちゃった!?」
「そうだよアンヴィ! すごいでしょ?」
そして、また一瞬で元の人間の姿に戻る。
幻術の一種なんだろうが、仕組みは今一つ分からない。
「あっ言い忘れてたけど、ディマ生きてたんだね」
「残念ながら生きてますよ」
「俺も国王に愛されたいなぁ。あの人虫嫌いだから永遠に分かり合えないのさ」
「……そうなのか。そういえば、メルクリオも虫嫌いなんだよな」
人の噂をしていたところ、ちょうどその人物が帰ってきた。
「……ディマも来ていたか」
「まさか、アンヴィを一人にして放置するとは思ってなかったが。毒針でも刺されたら……」
「向こうに利点がないだろう。やるはずがないと踏んだ」
確かに、3つの血族で争ったら弱すぎて真っ先に死ぬもんな。
納得していたところ、アンヴィから聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。
「――メルクリオー、さっき首にまいてたロープはどうしたの?」
半年ぶりに更新しました。論文さえ書き終わればもう少し早く更新できるのですが……。
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