第四十八話 生誕の儀1-2
「若い順で行くなら私ね」
統率者の隣に座っていたイペリットが立ち上がり、大きく膨らんだお腹をさすりながらアンヴィの元へ寄った。
つい、ふくよかな胸に目が行ってしまう……。逸らさねば。
「何度か会いましたねアンヴィ。側近のイペリットよ。ディマみたいな魔法はできないけど、ある意味最強の魔法使いだからよろしくね」
「イペリットはどんなまほうができるの?」
「そうね……殺しに特化した魔法かな? 居合わせただけで悶え苦しみながら死ぬ恐ろしい魔法だからそう簡単にはできないけど」
「うーん、なんかすごいんだね!」
「子どもの前でそれを言うかよ……」と思ったが、アンヴィはおそらく理解していなさそうであった。
……理解したらそれはそれで怖いけどね。
イペリットは、魔法で特殊なガスを生成できる。
だが、ほとんど人体には有害なため、本人も「どうにもならないくらい憎い相手にしか使わない」と断言している。
……それで両親を殺して自ら捨て子になったのもまた事実だが。
そんなこともあって「悪魔」と呼ばれていたらしい。
ランポと並ぶほど実験家であり、遅効性で皮膚が焼けるような痛みを生じさせる無色透明な液体を作り出していた。どうしたらそんなおぞましいものを作ろうと思うのか……。
ちなみに、父親の名前が「イーペル」というらしく、そこから取って「イペリット」と名付けられた。アルジェントが細々と生きていられるのはコイツのおかげかもしれない。
僕と子供を作ったのはもちろん子孫を残すためでもあるが、実験も兼ねられていた。
「異常なほど猛毒耐性がある母親から産まれた子は、その耐性を受け継ぐのか」というものである。
もし、耐性がなければ胎内で死んでいるはずだから、持っていると思うけど。
「私からは些細なものですが、絹糸で作ったハンカチーフを」
ローブの裾から滑らかな白いハンカチーフを取り出して手渡した。
不思議な織り方をしており、陽光とも思えるほど輝いていた。
「つるつるしてるー!」
「脆いから乱暴に扱わないでね。あと、虫に食われやすいから気を付けて」
「ありがとー!」
「……月の加護があらんことを」
アンヴィは両手で持ちひらひらさせて遊んでいる。
イペリットみたいに器用なら織ってあげられたんだけどなぁ……。
「はいはーい! 次は僕だね!」
ジャーダが女の子のようにルンルンしながら駆け寄ってきた。
お前の精神年齢は一体何歳なんだよ……。
「ジャーダはなにくれるの?」
「僕からは……これ!」
そういって握った手を開くと、そこには殻付きのクルミがあった。
「クルミだ!」
「ただのクルミじゃないよ……」
殻を開けてみると、そこには種が入っていた。
黒く粒々としたものが数十個あるように見える。
「クルミの種、と言いたいところだけど、これはアルブスルナの亜種、クウィンデシムという花の種だよ。アルブスルナより光る期間は短いんだけど、光る強さはこっちの方が強いんだ。あっ、食べたら死ぬのは同じだからね」
「わーい! たねまきしたい!」
「春になったらね」
お前はお前で毒を渡すのか……。恐ろしいことするな。
「月の加護があらんことを……。次はランポだね!」
「……もう私の番か。強すぎる神聖に汚されぬようにしないと」
黒い皮手袋を付け、アンヴィの元に行くと軽く一礼をした。
水色のメッシュが顔をあげる瞬間にキラリと輝いた。
「ランポだ。しがない魔術師だよ。知りたいことがあればいつでも来るといい。さて、私からは……」
ポケットから錫で作られた板を取り出し、優しく手のひらに乗せた。
何やら青い字で魔法陣らしきものが書かれている。
「これは木星1護符だ。君に眠っている新たなる才能を引き出す護符だよ。生半可な願いじゃ天罰が下るだろうけど、君なら大丈夫そうだと思ってね」
「アンヴィはりっぱなまじゅつしになりたい!」
「あぁ、きっとなれるだろうね」
「やったぁ! いっぱいおべんきょうする!」
「そうか……なかなか険しい道だと思うがな。月の加護があらんことを……」
十字を切り終わると、隅に隠れているグランディに目をやった。
「あ? なんでオーロのやつに俺が渡さなきゃいけないんだよ」
「儀式だからだ。ディマの時だってやっただろう」
「あれは事情が事情だったじゃないか。コイツに義理はねぇぞ」
「……彼女にかけられた魔術が気になってた割には強情だね。素直に触らしてくれと言えばいいものの」
「はぁ!? 汚らわしい。誰が触るか……」
グランディはアンヴィと真反対の方向を向き、意地でも目を合わせようとしない。
彼、ツンデレだからなぁ……。拗らせちゃうと厄介なんだよ。
「もう、子どもじゃないんだからさっさと渡せばいいじゃない」
「お、おい! 嫌だ、俺は渡さんぞ!」
しびれを切らしたフラックスがグランディの裾を引っ張り上げてアンヴィの元へ連行した。
「ごめんねアンヴィ。彼に悪気はないのよ。ほら、さっさと渡しなさい」
「チッ……。なんで俺が……」
そんなことを言いつつ、小さな巾着袋を放り投げた。
中には小瓶が入っていた。
なんだ、文句言いつつちゃんと用意してるじゃないか。
「その中に、アンタークチサイトっていう……石が入ってるんだよ。後はディマに聞け」
「なんで僕に説明を投げるのさ」
「いいじゃん別に。月の加護があらんことをっ!」
投げやりに祝詞を述べて何処かへ行ってしまった。
もう少し感情を上手く伝えられるようになってほしいな……。
アンヴィは何が起きたか分からずきょとんとしている。
「えーっと……あんなやつでごめんね。アンタークチサイトというのは石というか水というか……難しい物質なんだ。夏になると溶けるんだ」
「ふーん、へんなのー」
瓶をくるくるさせながら結晶の様子を眺めていた。
「さてさてアンヴィちゃん、私はフラックスよ。服飾系と料理全般を担当しているわ。ちなみに、魔法でコランダムを作れるのよ」
「こらんだむ?」
「見た方が早いわ。ディマが生成するものよりずっと綺麗な宝石よ」
木箱を開けると、ラウンドカッティングされたルビーとサファイアが入っていた。
色身も上等だ。濃い色を作るのは人工であっても難しいからな。
「わぁ~っ! お星さまみたい!」
「ね、綺麗でしょ? 私からはこれをプレゼントよ。月の加護があらんことを」
フラックスはアンヴィの頭をポンポンと頭を撫で、自席に戻った。
「……少々問題はあったが、私の番だな」
統率者が立ち上がると、輝緑岩で作られた重厚な箱をアンヴィに手渡した。
「この箱に貰ったものを全て入れなさい。それで儀式は終わりだ」
「……でも、メルクリオからもらってないよ?」
「一応呼んだのだがな……」
皆が気まずそうな顔をする。
僕以外は事前に予告されていたっぽいし、意図的に逃げたか……?
――そう思った時だった。
「……なんだ、仲間外れか? これでも俺はアルジェントなんだけどな。既に俺は死んでいたか?」
声がする方へ振り返ると、メルクリオが腕を組み堂々たる態度で立っていた。
「メルクリオだ!」
「やぁ、アンヴィ。遅くなってごめんね。意地悪な野郎が30分遅く俺を招待したようで」
統率者の方を微笑みながら睨みつける。
だが、特に返答はなかった。
「アンヴィ。俺からはペンダントを渡そう。月の加護があらんことを……」
そう言って無表情で竜が描かれたペンダントをアンヴィに手渡すと、水銀の中に飛び込んで消えてしまった。
「あっ、行っちゃった……」
「……後で話そうか」
アイツからすれば最悪の状況だから仕方ないと言えば仕方ない……か。
しかし、なんで僕とアンヴィ以外に話そうとしないんだろうな? 未だに分からないよ。




