第四十四話 多色性
反射的に水晶で足場を作ってリカバーしようとするが、渦に飲み込まれてどんどん底へと引きずられていく。
ヤバい、このままじゃ呼吸できずに死ぬ。
だが、藻掻けば藻掻くほど水面から遠ざかる。
……凍死の方がまだマシだったな。
底に光る何かは見える。
伝説通りに取ろうだなんて、なんて馬鹿なことをしたのだろう。
オーロの策略じゃないか。このまま封じ込めて殺す気だ。
痴呆はさっさとこの世を去るべきだった。アリヴェデルチ、サンクトゥアーリ。
――硬く目を閉じ、水の流れに身を任せた。
*
……温かい。
ここは、どこだ? もう春が来たのか?
薄っすら目を開けてみると、目の前に青白く光る小さな石があった。
小さいとはいえ、辺り一帯を照らし出すほど明るい。
……あれ、息ができる。僕は魚にでもなったのか?
自分の身体を確認するが、人のままである。
やっぱり死んだのか、僕は。
まぁいいや。石を取って生存確認しようじゃないか。
埋め込まれていた5cm程の石を取り、形状を確認する。
斜方形で光沢があるな。それに、角度によって色が変わるのか?
――突然、メキメキという音と共に石が増殖し始める。
あっという間に周りを覆いつくし、そのまま自分も巻き込まれる形で上昇していく。
木のように真っすぐに、色鮮やかな石柱がすくすくと伸びていった。
そして、湖面へ勢いよく飛び出す。
体勢が崩れ倒れそうになったが、すぐさま石が足場を作り何とか落ちずに済んだ。
……なんだ、この石は。
もしかしたら、僕の魔力が制御できずに石に伝わってしまったのか?
つまり、ケイ素が含まれて――
「うわっ!? なんだそのオブジェは。綺麗ではあるが……禍々しさを感じる」
「あっ、いたのかレオーネ。ってことは、僕生きてるのか……」
「……この世界では見たことない石だな。その石、削ってこっちに渡せ」
「偉そうな口利きやがって……」
そうは言ったものの、僕のこの石のことは分からない。
仕方ないため石で岸まで一直線の道を作り、滑ってレオーネの元へ寄った。
「ほら、やるよ」
投げるふりをしてグサッ、と左手に石を突き刺して見せた。
傷口から水銀がダラダラと漏れ出ている。
……水晶より反応速度が速いな。武器として申し分なさそうだ。
「ったく……効かないって分かってるくせに」
レオーネは面倒臭そうな顔をしてその石を引き抜く。
しばらく眺めた後、耐久をチェックしている。
「これ、横方向からの力を加えてもビクともしないが、縦に裂くことはできるな。色んな色があるし、宝飾としても使えそう」
「で、こいつは新種か?」
「だろうね。『Suilite』なんてどうだ?」
「……なぜ?」
「自殺志願者が見つけた鉱石だから」
「なるほど、センスはいいな。伝説には似つかわしくないが」
……かっこいいが、なんかコイツに誘導されている感じがして嫌だな。
とはいい、僕にはネーミングセンスがない。反論したところで押し切られるだろう。
レオーネは石を手にしてからしきりに辺りを確認している。どうしたものか。
「……チッ、そろそろ勘付かれたか。僕は先にお暇させていただくよ」
「えっ、ちょっとまだ話が――」
彼は水銀だまりを作り、その中に飛び込んで消えてしまった。
残されたのは馬とこのSuiliteで作られたオブジェのみ。
誰が来るんだ……? 一緒に逃げなかったということはおそらくアルジェントの輩が来ると思うんだが。
「ハァーイ! ディマ! 何年ぶりの再会だ?」
目にも止まらぬ速さでその男はやってきた。
このタイミングで会いたくない男ランキング二位だよ。一位はもちろん統率者だけど。
「なんだジャーダか。何の用だ?」
「なんか城から見える位置に光り輝く物体が見えたから来てみたわけよ。そしたら、ディマまでついてきた! 素晴らしい再会だね!」
揺さぶるような握手をされ、その後軽くハグされた。
はぁ……よりによってなんでコイツなんだ。メルクリオだったら話が早いのに。
「全然返ってこなかったからオーロに寝返ったのかと思ったよ。あっちの方が食事美味いしね」
「誰が寝返るか。拷問されて殺されかけたんだぞ?」
「まっ、今の国王である限り絶対殺されないけどねー」
「やっぱり。皆僕が殺されないって分かっているようだな。僕だけその理由を知らないんだが」
にゃははー、と笑いながら適当にはぐらかされた。
「僕もちゃんとは知らないんだけどね。詳しくは統率者に聞いて―」
「答えてくれるわけないだろう。親すら教えてもらってないのに」
「まーそーだねー。しゃあないよ」
なんというか、全てが雑である。事の重大さが理解できていないのか。余計に疲れるよ。
「で、この立体物は何?」
「あぁ、『Suilite』で作られたオブジェのようなものだ」
「綺麗だけど、聞いたことない鉱物名だね」
「さっきつけたからな」
「おぉ、新種なんだ。これでお金の工面はしばらく心配なさそう! やったねディマ!」
ジャーダは子供のようにキラキラした眼差しで湖を眺めている。
……そりゃそうか。見たことないもんな。
「湖の伝説になるのかい? ディマ」
「あんなの信じているわけないだろう」
「ディマが子どもの時は『伝説になるー』とか言って遊んでたんだけどなぁ」
「子どもだったからな。現実を知らなかったんだよ」
……大人になるとどうも冷たくなるようだ。嘆かわしいな。
でも、これって伝説を再現していることになる……のか?
「そうそう、アンヴィちゃんがずっと泣いててさー、君のベットから離れようとしないんだよ」
「えっ、アンヴィがいるのか!?」
それをもう少し早く言ってくれよ。安否を早く確認しなければ。
焦る気持ちを抑え、ジャーダの話を慎重に聞く。
「クロウマスクの人たちが送ってきたよ。もうその時点でギャン泣きだったけどね。誰があやしても話聞かなくて。ディマじゃないと泣き止まないだろうね」
「そうか……そうか。それなら早く戻らないとな。ジャーダ、頼んだぞ」
「了解、愛しき人よ。これでも力はあるからね」
ジャーダは軽々と僕を抱き上げると、ステップを踏みながら俊足で城へ向かっていった。




