第四十三話 死刑執行
……冗長はない方が楽に死ねる。
何、当たり前さ。長く苦しむ方より即死の方が気楽だろう。
今回は、どっちかな?
呼吸困難っていうのは長く感じるんだよな。というか、死因は何になるんだ?
台に立っているのだが、やたら活気がある。
はぁ……皆暇人だねぇ。こんなの見たってつまらないよ?
僕が死んだところで何が変わるわけではない。いつも通り時間は流れるしね。
「さぁさぁ、皆さまご覧あれ。今回はアルジェントの殺人鬼、ディマの処刑だ!」
烏の形をしたマスクを被った処刑人たちが煽動する。
本当に祭りみたいだな。何百人と見ているわけだし。
意外と民衆は行儀よく、石とかを投げつけたりはしていない。
まぁ、いいさ。どうせすぐに忘れる。
向かい風が強く吹いている。
……寒い。火を飲む前に凍死しそうだ。
身体を張り付けられているせいか余計に手足の冷えを感じる。動いていれば多少熱を作ることができるのだが。
何も考えないよう目を瞑りうなだれていると、あの国王が白いローブを羽織りやってきた。
……弔う時の正装。白であるのは、血が生えるからだ。今回はそんなに関係ないけどな。
ボイドタイム明けにのこのこと……。15時ぴったりに来なかったのはそのせいか。
「やぁ、諸君。本日はお集まりいただきありがたく思う。さて、今日は火を飲ませて殺すつもりだ。……見たまえ」
ゴブレットの中に火を放つと、青々とした焔が天高く燃え広がった。
……改めて残虐だと思う。こんなもの飲めるはずがない。
――だが、ほんのりと酒の匂いがする。
相当度数が高くなければ燃えないはずだ。そして、燃えている割には案外熱くない。
プラーミャでは祝い酒としてやることもある手法である。
と、いうことは……?
いやいや、そんな簡単にバレるような仕掛けは使わないだろう。
もしかしたら、酒に毒が入っているのかもしれない。
オスクリタはゴブレットを手に取り、祭壇を上って僕の目の前に立った。
そして、目で合図を送ってきた。
……その合図の意味は僕でも分かる。
意識的に二回瞬きをするときは、「あとは任せた」ってことだ。
全くなぁ……無茶が過ぎるよ。これで何回目だ?
「――汝の命を奪うことを赦せ。月がお前を向かいに来てくれるだろう」
足元の香に火をつけ、形式上浄化させる。
香の匂いより、足元が暖かくなったことに喜びを覚えた。
「……最期に言うことはあるか?」
「何もないね。早く殺してくれ……」
絶え絶えとした声で返事をすると、オスクリタはにんまりと笑う。
深く一礼をし、口元に焔を注ぎ込んだ。
「――っ!? あ“あぁぁぁぁぁぁっ!? あぐぅっ!? う”うぅ……う……」
手足をばたつかせ、ビクビクと痙攣している様子を全身で表現した。
時折焔を纏った液体を吐き出し、より凄惨さを引き立たせる。
枷が外れんばかりの力でやっているので迫力はあるだろう。
我ながら良い演技である。民衆も歓喜してギャーギャー騒いでいるしバレてなさそうだ。
焔自体はなんてことなかった。ただ、身体を打ち付けているので痛みはあるが。
「――あっ、あぁ……っ」
白目を向きながら言葉にならない声を発し全身を硬直させた後、ガクッと体の力を抜いた。
その瞬間黒い布を被せられ、僕は張り付け台ごと台車へ乱暴に投げ捨てられた。
……今日一番痛かったかも。
「これで殺人鬼は消え去った。皆、喜ぼうじゃないか」
拍手喝采。それに紛れて悪口も。どんな気持ちでオスクリタは言ったんだろうか。
ところが、かすかに叫び声のようなものが聞こえた。
……女の声だ。それに、僕の名を言っている気がする。
僕が死んで悲しむ奴なんてそうそう――
――頭の中に少女の姿が思い浮かぶ。
濡れ羽色の髪、真紅に光る眼……。
あぁ、忘れていたはずなのに、何で思い出してしまったのだろう。
罪深い。僕は最後まで馬鹿だった。忘れられるわけがない。
……死んだと思うだろうな。あんな演技見せちゃったもの。
どう説明する気なんだろうか。どうせ、彼女もまた僕と同じように――
滅多に泣かないはずなのに、涙が溢れ出てきた。
うっ……酔いが回ってきているせいで涙腺が緩んでいるのか……。あれだけ度数が高いものを一気に飲んだらそりゃそうなるか。
そう思った瞬間、台車の留め具が外されガタガタと動き出した。
墓地行きかな。どうせ、このまま生き埋めにされるんだ。
ごめんね、アンヴィ。僕は先に行くよ――
*
……どれくらい時間が経っただろうか。
酔っていたせいで記憶が飛んでいる。
突如台車が止まり、被せられていた黒い布を引き剥がされた。
辺りはすっかり暗くなり、黒い森の中は霧が立ち込めていた。
近くには黒々とした湖が見える。
例のマスクを被った人が馬から降り、ナイフで縛り上げていた縄を解いていく。
僕が生きていることに何とも思ってなさそうであった。
「……運がいい奴だな。陛下に感謝しろよ」
「――っ!? お前は……」
憎たらしい奴だ。マスクをしていても分かる。
地味に僕と似ているから嫌なんだよな……。
「あーあ、殺し損ねちゃったなぁ。これで5回目だよ? 治癒能力の強さに驚いちゃうなぁ?」
「治癒能力でも何でもない。最初から殺す気はなかっただろう」
「確かに、お前は陛下のお気に入りだからな。殺すより生かして甚振る方が好きなんだろうよ」
「光栄だな。また国王を殺すチャンスをいただけたよ」
チッ、と軽く舌打ちをされた。
創られてからまだ10年しかたってないから若いなぁ。
「そんなことはどうでもいい。お前は伝説通りに復活してもらわないと困るんだ」
「……そうじゃないとアルジェントに戻れないから、か」
「呑み込みが早くてよろしい。湖に飛び込め」
「はいはい。沈めて殺すんだね」
「殺したいくらいだが陛下の命令には逆らえない。さぁ、飛び込んで屑石を拾ってこい」
半ば強引に腕を引き寄せられ、湖の淵に立たされた。
……そういえば、水銀のくせになんで手が暖かいんだろう?
脈拍もあるし、無駄に精巧に作られてるな。
ローブを着たまま冷気に覆われた湖に足を入れようとする。
だが、硬く凍っていて足で蹴って割れる気がしない。
「ほう、なら中央まで泳ぐ手間が省けたな。頑張って掘って潜るといい」
無責任な。僕が怪力ならレオーネを投げ捨てて氷を割って見せるんだが。
……まぁ、考えても仕方のないことだ。
微かな月明りを頼りに中央まで向かう。
寒くて死にそうである。本当にやる気なのか?
すると、湖面に薄っすらと青く光るものが見えた。
たかが伝説、されど伝説。
まだ石だと決まったわけではないが、少し期待をしてしまう自分がいる。
位置を確認し、水晶でスピアーを作る。
おや、魔術回路を正常に戻してくれたんだな。刑が執行されたから解いてくれたんだろう。
ガツガツと氷の表面を突いていく。
……割れる気配は全くない。どうしたものか。
「なんで火を使わないんだよ? 腐ってもオーロの血持ってるだろお前」
遠くからレオーネの余計な茶々が聞こえる。
「うるせぇな……使いたくないんだよ」
「そっちの方が絶対楽じゃないか。俺早く帰りたいんだけど」
お前の都合なんて知るかよ! ……言いたいことは分からんでもないけどな。
渋々火を使って表面を溶かし始める。専門にやっているわけではないから火力は弱い。
これじゃ何時間かかることやら。突きながらやった方が早そうだな。
――しかし、変化は突然起きた。
ミシミシ、という音が足元から聞こえてきたのだ。
「えっ……?」
……気付いた時にはもう遅かった。
中央から氷が砕け散り、そのままバランスを崩して湖の中に落ちてしまった――
元ネタは『西洋拷問刑罰史』から。
拷問に見せかけた偽の処刑方法。先住民を騙すために使ったんだよ。
意外にも騙せて畏怖されてたとか。




