第三十七話 湖の伝説
……何の冗談だ。
A.aが作った書物など、我々からすれば紛い物に過ぎない。
旧約か新約か、それが問題だ。
「ディマにもよんでほしいの!」
オスクリタは彼女の動きを察して絨毯の上に下ろすと、テーブルに置いてあった本を手に取り僕に渡してくれた。
「これ『湖の伝説』! よんでよんでー!」
僕の手を取りソファーに座らせると、本を手渡してくれた。
……見た感じかなり古そうだ。タイトルも原著と同じ『蘇りし湖の魔術師』。アルジェントの紋章が裏表紙に彫られている。
「てっきり焚書されたのかと思っていたが、残してあるんだな」
「我々は全ての本を収集するのが義務である。もちろん、悪書でも」
「はっ……そんな悪書をアンヴィに読ませたのか」
「どうしても読みたいというから渡したに過ぎないよ。さっさと燃やしたいが良心がそれを赦さないのさ」
……全く、気が狂うよ。
でも、アンヴィの顔を見たら少しは元気が出た。読んであげるか。
埃を払い、焦げ茶色の革書のページをめくった。
*
『今は昔、まだミラグロが繁栄していた悪しき時代。サントゥアーリ歴78年。兄であり国王のステーラとその弟クリスタがこの地を治めていた。
ステーラは傲慢で浪費好き。圧倒的な権力と魔術の知識によって民を掌握し、自分の意のままに操っていた。民は疲弊し、生産能力も落ちていた。
一方のクリスタは理知的で心優しき人。ステーラのやり方に疑問を抱き、いつしか兄を嫌うようになった。
ある日、ミラグロの魔術師が商人を殺し、品を強奪する事件が起こった。本来ならば死刑であるが、その魔術師がステーラの側近だったため減刑された。
今まで何も口を出さなかったが、今回ばかりは許せず抗議した。
「こんなやり方をしていては国が持たない。(このままでは国民が不信になり)反乱を起こしかねない」
「……歯向かうのならそれまでだ。殺せばいい」
実の弟にすらステーラは心を開かず、(魔術用の)アサメイを向けてきた。
クリスタは怒り狂い、自分のアサメイを取り出し振り払った。
ステーラのアサメイは宙を舞い、ミラグロの紋章旗に突き刺さった。
「貴方にはもうついていけない。私も、民も。ミラグロは解体されるべきだ」
「出来るものならやってみるがいい」
「……後悔することになるでしょうね」
ローブに刻まれたミラグロの紋章を目の前で切り落とし、クリスタは王室を去った。
反旗を翻した彼に賛同した4人の魔術師がお供としてついてきてくれた。
占星術に長けたサンドラ。
虫に化けるリー。
風を操るウィン。
陰に潜むシャロ。
後に新たな血族を創り上げ、生きることになる者たちである。
城から離れ、誰も踏み入れぬような薄暗い森に魔術で小さな城を築き上げると、彼らは円卓で誓いを立てた。
「ミラグロを地に堕とし、我々が魔術師として権威を以ってして国を繁栄させてみせよう」
――そう誓った矢先、ミラグロの処刑人が乗り込み、クリスタの腹を切り裂いた。
その場から何とか逃げ切ったもの、命は持たないと察したクリスタは自ら近くの湖に飛び降り死んでしまった。
4人は悲しみ、クリスタの意思を引き継いで各々魔術師を募り血族を創った。彼が死んでからすぐの話である。
サンドラは【フィークス】。
リーは【シュピネ】。
ウィンは【トルメンタ】。
シャロは【デュンケル】。
ミラグロは彼らを魔術師とは認めず、異端者として殺すように指示していた。
しかし、歯が立たずどうすることもできない。ミラグロはミラグロで決して折れないので泥沼になっていった。
――こうして魔術師間で争うこと3年。一筋の希望があの湖から現れた。
あの死んだはずのクリスタだ。
王室にいた時より若返っており、凛とした黒髪に藍色の瞳を輝かせ、見たことのない煌びやかな鉱石を持って微笑んで見せた。
刺されたところには水晶が埋め込まれている。
「我は蘇った……戦乱を止めるために」
湖の封印を難なく解いてみせると、寂れた城に戻り円卓に紋章を刻み始めた。
二重円の間に「Ad augusta per angusta」。中には魔術で扱う剣と杖を描き、剣先と杖先の間にはひし形。
「我が血族は【アルジェント】だ。ここに誓おう。世の中の状況は全て湖の中で聞いた、知った。あの暴君を殺さねば」
紋章を刻んだ途端、左手の紋章がアルジェントのものに変化した。
クリスタは水晶で馬を作って見せると、ミラグロの城に向かって走り出した。
門を強行突破し、水晶で空中に道を作って王室に乗り込むと、怯えた様子のステーラがそこにいた。
「我が友はミラグロを落とすために尽力した。ありがたく思う。この戦いは今日でおしまいだ」
ステーラは魔法で応戦するが、特殊な生地で作られたローブを着ているため全く効かない。
頭を押さえつけ首を切り落とそうとすると、ステーラは泣きじゃくって命乞いをしてきた。
「私が悪かった! もうこんな非道なことはしないし、ミラグロの名は捨てる! だからどうか、命だけは……」
クリスタには慈悲があった。切っても切れぬ兄弟という名の血。
「……王から降りろ。話はそれからだ」
それからミラグロは解体され、【オーロ】を名乗って国を治めることになった。
新たな国王が民への整備を進め、国に平穏が訪れた。
クリスタはことを見送ると湖から3人を産み出し、湖に沈み還っていったとさ。
めでたしめでたし。』
*
読み終えると、アンヴィは「すごいすごーい!」と喜んでいた。
聞いてわかる通り、旧約は文章が雑である。歴史書として事実を淡々と書いてあるだけだからな。
絵本と言いつつ文字の方が多い。そして、子供向けではない。
ちなみに、僕が「湖の使者」と言われるのは、モデルのクリスタと相貌が似ているからだ。
「ねぇねぇ、なんでプラーミャはないの?」
「プラーミャは異国から来た血族の魔術師なんだ。我々と魔術回路は違うし、仕組みもよく分からない。魔弓なんて我々からしたら不便極まりないしな」
「そうなんだ! ディマは何でも知ってるね!」
オーロの二人は冷ややかな目線をこちらに送る。
別に、君らにとって不都合なことは言ってないだろうに。
「……この本はサンクトゥアーリ国の歴史の断片である。禁書だけれどね。血族が6つに分かれ、紆余曲折しながら今日に至るわけだ」
「曲解しすぎてアルジェントの地位が落ちましたけど。昔は今でいうデュンケルのような立ち位置だったわけですし」
「あれと一緒にするな。底辺の血族が……」
コロコロ機嫌が変わる面倒な国王なこと……。まぁ、いいけどさ。
「アンヴィにも会えたしこれで満足だろう? レオーネ、牢獄へ送れ」
無理やり立ち上がらせると、麻縄で手首を拘束され目で「こっちにこい」と指示された。
アンヴィは不安げにこちらを見やる。
「ディマ、もう行っちゃうの? わるいことしたの?」
「大丈夫だよアンヴィ……。すぐ戻ってくるから」
パッと思いついた嘘をそのまま口走ってしまった。
さすがにアンヴィも見破ったらしく、彼女を余計に困惑させてしまった。
「だって、ろーごくって言ってたよ……? いたいことされちゃうよ……」
これ以上情に訴えかけてきたらこちらとしても辛い。
すると、オスクリタがアンヴィを優しく抱き寄せ、罪深い言葉を発した。
「――ディマはいなくならないさ。彼が私を信じている間は、ね」
レオーネが強引に縄を引き寄せるので、外に出ざるを得なかった。
――本当の地獄は、ここからだろう。
「あぁ……明日の15時が楽しみだな」
オスクリタはそう言い残すと、不敵な笑みを浮かべて僕を見送った。




