第三十三話 死蝋の罠
この僕のどこを好いてるっていうんだ……。あからさまに嫌われてるって。
アルナシオンは怪訝そうな表情を浮かべながら結晶のようなものを取り出す。
水晶とは結晶構造が違う。方解石に近いか?
サッと上へ放り投げると、石から七色の光が帯びだす。
「瞬間移動っ――」
一瞬にして光は辺りを包み込み、僕たちはどこかへと飛ばされた。
*
……降り立ったのは、重厚な扉の前。
特定の魔力を放出することによって開くタイプの扉だ。
様々な魔術記号が描かれている。まぁ、読むからに嫌な予感しかしない。拷問部屋としては素晴らしいと思うよ。
アルナシオンが手をかざすと、スムーズにスライドして開かれた。
……真っ暗で何も見えない。
だが、物怖じすることなく僕の腕を無理矢理引っ張り中へと連れ込む。
静かに扉を閉め、壁と思わしき場所に向かい火を放った。
「――っ!?」
確かに壁……いや、壁に立てかけてあるものが燃えていた。
巨大な蝋燭だ。僕の身長と大差ないし、一体どうやって作ったんだ……?
とりあえず、わずかな気力で場所の把握を試みる。
部屋の大きさは……僕の部屋より広い。蝋燭の右側に拷問器具と思わしきものも見える。
「凄いだろうこの蝋燭。100人以上犠牲にして作った甲斐があるよ」
「は……?」
「呪術用の蝋燭さ。あぁ――そういえば、アルジェントの者もここに混ざっているね。あっははははっ! もちろん、お前が食べた蝋燭にも、な? 共食いだよ共食い」
――意識が遠のく。全く体に力が入らない。
これは……死ぬな。もう、体力も気力も限界だ。
意識が途切れそうになった瞬間、思いっきり腹部を蹴り飛ばされた。
「う”っ……!?」
僕を意地でも寝かせる気がなさそうだ。ひでぇ野郎だ……。
「ここなら誰にも文句は言われない。お前を甚振ろうと、殺そうと許される。最高だと思わないか?」
「はぁ……最高だな……」
「それは良かった」
アルナシオンは僕の背面にのしかかると、左腕を押さえつけた。
すぐに左手に劈くような痛みが走る。あまりにも痛くて声すら出ない。
首を傾けると、手に短剣が刺さっているのが分かった。
血が止めどなく流れ出ている。死は近い……な。
だって、そいつは……禁忌だぞ……。僕が言えたことじゃないが。ははは。
「少しは喘ぐかと思ったが……しぶとい奴だな」
胸ポケットからガラスの小瓶を取り出すと、僕の口元へ運んだ。
ものすごく……甘いシロップである。
「吐くんじゃねぇぞ。コイツは気持ちよくなれる薬なんだから――」
嘘だ、と頭の中では分かっていたが、本能的にその甘さを欲した。
吸い付くようにして瓶の中身を飲み干す。
それでも物足りず舌先を捻じ込み、周りについた液を舐めだした。
「あー、面白いねぇ。快楽には誰だって逆らえない。どう、気持ちいい?」
気持ちいい……というよりふわふわするんだ。
視界が鮮明に見えるし、音も深みを感じる。
なんだこれ……左手の痛みが消えたぞ……。
「……キマってるな。さて、これはどうか?」
片手で首を絞め上げられたが、全く苦しくない。むしろもっと絞めて欲しい。
「絞めて……」
「強請ってくるんだ。マゾに目覚めた?」
成すがままに仰向けにされると、口の中に手を突っ込まれた。
苦しい、痛い、咽るほどに。だが、これを受け入れている自分がいる。
「へぇ、感じてるのか? 気色悪っ……」
手を抜き取ると、ひたすら頭を殴りつけてきた。
乱暴に、何度も何度も……。
段々と痛みに対して鈍感になってきている。
この感覚は、一体何なのだろう。視覚も、聴覚も、クラクラしてもう分からなくなってきている。
――気が遠くなる。
一瞬、アルナシオン以外の人影が見えたような気がするが、気のせいだろうか。思考力もほとんどなくなってきた。
あぁ、完全に真っ暗になってしまった。
これで、僕は――