第三十一話 獅子宮と水銀
「……その呼び方はやめろ」
メルクリオはいかにも忌まわしそうな表情を見せる。
「何も間違ってはいないだろう? 可愛い可愛いメルちゃん……?」
「……死にたいのかっ!」
一瞬にして詰め寄ると、殺意を孕んだ短剣を首元へ突きつけた。
「僕を唯一殺せる剣をそう安々と出しちゃいけないよ。第一、殺して困るのは君だろうメルクリオ。あっはっはっは」
嘲るようにして僕らを牽制する。
このやり方は正しくオスクリタの配下、レオーネそのものだ。
スファレライトのような黄色味を帯びた褐色の瞳に、僕と同じくらいの長さの黒髪……。
オスクリタより少し背は低いが、それでも長身の類に入るだろう。
「言っておくが、殺しに来たわけじゃない。僕だって穏便に済ませたいんだ。だから、アンヴィを返してもらえないかな?」
「どうせ返したら僕たちを難癖付けて殺すんだろう」
「殺しはしないよ。陛下が直々に生け捕りにしろと命令されたもので」
レオーネはにこやかに笑いながら指先から水銀を生み出し、宙を舞うようにしてクルクルと操る。
実質、相手はメルクリオと同じだ。水銀を自在に生成し、操ることができる。違う点と言えば人間ではないことくらいか。
そう、レオーネはオスクリタが創り出した魔術人形……。
彼の場合、起動源のスペサルティンガーネットを胸に埋め込まれており、人間の滑らかさを生み出すために外殻は水銀で作られている。
だから、どうやっても死なない。さっきメルクリオに意味深なことを言っていたが、その真意は分からない。
「で、アンヴィはどこに?」
「誰がお前に教えるか」
「素直に教えてくれよ……。俺、君らとは相性悪いんだよね。互いに無効化されちゃうからさ」
「確かにな。ここに僕が殺せない二人が揃っている時点で混沌を極めるのは分かり切ったようなものだ」
この世界で僕が殺せないのは4人だけだ。……多分。
レオーネはさっき言った通りの性質だから殺せない。
だが、レオーネも僕たちを殺せない。メルクリオは水銀に強耐性があるし、僕は水晶で盾を作れば食らうことはない。
あとはカリマ。トルメンタの統率者だが、全ての魔法を無効化するせいで歯が立たない。おまけに剣さばきも上手いので太刀打ちできない。
オスクリタとメルクリオはほとんどの動きを見切られるから、そもそも魔法を当てることができない。あの二人は、まるで未来でも予知しているかのような立ち振る舞いをするのだ。
「もちろん、援軍はいるけどね。迂闊に火は使えないけど」
ぞろぞろと木陰から十数人の魔術師たちが出てくる。
手には針のようなものを何本も持っている。
おいおい、いるなら言ってくれよジャーダ……。
「メルクリオ、暴れてもいい?」
「処刑されるのはお前だけだからいいんじゃないのか」
「じゃあ、殺すか」
無数の鋭利な水晶を一直線に敵軍へと打ち込む。
アレを飲んだからか生成のスピードが速い。これなら一人でも押し切れそうだ。
敵集団は散り散りにばらけた。持っている針は気になるが、一人ずつ仕留めていこうじゃないか。
「ハハハッ、直線にしか飛ばせないとでも思っているのかい?」
水晶は意思を持っているかのように自由自在に方向転換する。
打ち砕かない限り永遠に追い続ける追尾式の水晶……。魔力消耗が激しいが、今であればいくら撃っても問題ない。
相手からの魔法も単結晶のケイ素を使えば防ぐことができる。絶対に相手は火が使えないのだから常に有利対面でしかない。
「――殺す」
小回りの利くファルシオンを作り出し、一人に狙いを定め振り下ろす。
ダンッ、と鈍い音が響くと同時に女の劈く悲鳴が上がった。
どうやら、右足首に命中したようだ。
「なんだ、女か」
大声で泣きながら命乞いをされたが、特に躊躇することもなく首にファルシオンを叩きつけた。
「あ”っ」と短い叫びと共に鮮血が辺りを染め上げる。
骨を叩き折る手ごたえ……。確実に逝ったな。
こっちも殺されかねないから仕方がない。恨むなら血を恨め。
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