これは拗らせてます
新学期初日ということもあり、今日は簡単な連絡事項のみで放課となった。そこで僕は早速、先ほど爆弾を投げつけてくれた彼と連れ立って学校近くの公園に来たわけだけど……。
喫茶店で会話? 金欠なので厳しいです。あ、でも今後必要になるかもしれないし、バイトでも検討するべきかな。ほら、デートとか? プレゼントとか?
「えーと、話いいか?」
「え? あ、ごめんね、ボーっとしてて」
呼び出した相手を放って頭の中で妄言を吐いてしまった。
「別にいいけど。……話の内容は多分だけど、さっきのアレでいいのか?」
幸い彼は気にしていないようで、僕の態度には頓着せず本題に入ってくれた。がしかし、質問されたところで僕ははたと気付いた。『さっきのアレ』という言葉に対してどう答えたとしても、それは発言内容を肯定したことになるのではないか、と。
「う。……あのー、アレって言うとその、……何と言いますか」
結局なんと言っていいのかわからず、一縷の望みにかけて惚けようとしてみたが、
「めちゃくちゃ思いの込められた…………“好きだなあ”?」
「ああああ……、小声で呟いたのにいい……、やっぱり聞かれてたあ……」
悩む必要などなし。彼の耳にはばっちり届いていたようである。
「そりゃここまで呼び出すくらいだから。誤魔化そうとするのは無理があるだろう」
彼が呆れたように指摘する。まったくもってその通りである。
そりゃあ僕だって、あのまま何でもないふりをして帰るのが一番いいのは分かってはいたのだけど。しかし自分の恋心を聞かれたかどうかというのは、やはり気になってしまうもので……。あのまま帰ったところで一晩中悶々としていただろうし。……いや、今はそれよりも気にすべきことがある。
「あのー、そのことなんだけど……」
「心配しなくても言いふらしたりしないって。そんなことしても恨まれるだけだし」
「あ、そ、そう? よかったあ」
どうやら最悪の事態にはならないようだ。これからアプローチしようというときに微妙な空気になってしまっては、目も当てられないところだった。初対面の人に気持ちを知られてしまったのは恥ずかしいが、言いふらされたりするよりは余程マシというものだ。
僕はひとまず胸を撫で下ろした。が、安心して今後のことを考えられるとホッとしていたところに、彼がまたしても爆弾を放り込んできた。
「で、告白するの? 松原さんに」
「うええ!? な、なんでそんなことを!?」
「そりゃ、男子高校生だし? 恋バナの一つ二つしてみたいな、と」
一難去ったと思ったら今度は野次馬が発生していた。ていうか恋バナって……。そういう単語に食いつくタイプとは思わなかった。見た目とのギャップがものすごい。
いやしかし、驚いている場合ではない。ここは毅然とした対応をすべきところだ。
「い、いやその、これでも結構真面目に考えていることで。なんというか茶化されると困るというか……」
そう、傍から見れば青臭い、子供っぽい恋心かもしれないけど、僕にとっては真剣な想いなのだ。だから野次馬根性で首を突っ込まれるのも、あまりいい気はしないわけで。
「あー、すまん、別に冷やかすつもりではなくてだな。なんだか悩んでいるようで見てられなかったので、話す相手もいないなら相談の一つでもと思って。いや、別に良いアドバイスができるというわけでもないのだが……。……すまん、やっぱり余計なお節介だったな、忘れて――」
「……あの」
「ん?」
「話、聞いてくれる?」
「へ?」
僕は一瞬で寝返りをうった。
――――仕方ないじゃん、相談に乗ってくれるって言うんだもの。今まで誰にも言えてないんだもの。もうすでに心の内を聞かれてしまったんだから今更だもの。
「相談その他諸々、お願いします」
「……あ、うん。……えーと、じゃあ、喫茶店にでも行こうか? まだ少し肌寒いし、真面目な相談なら腰を据えて聞きたいし」
「う、うん、わかったよ」
僕の掌返しに彼も少々驚いた様子だったが、特に文句を言うでもなく了承し、その上こちらを気遣って場所の変更まで提案してくれた。
やだ、なんて紳士的。きっとこういう人がモテるに違いない。早速一つ参考になってしまった。
そんなことを考えつつ、僕は彼に続いて公園を後にしたのだった。
――――前を歩く大きな背中を眺めながら、ふと思った。僕がチョロいのは、女の子に対してだけではないのかもしれない……と。
ところ変わってここは学校から少々離れた某コーヒーショップ。彼曰く、学校の近場で誰かに聞かれても困るだろうとのこと。
自然にそんな配慮ができるなんてすごい人だ。もういっそ彼の行動を観察することがモテる近道かもしれない。…………あ、いや違う。僕の目標は松原さんと恋人になることだ。危ない危ない、ゴールを間違えてはいけない。
「で、相談ということだが……」
コーヒーを一口飲んだ目の前の彼が、僕に改めて問いかける。ブラックで飲めるところが大変かっこいい。
「あ、うん。その、僕の気持ちはさっき聞かれた通りなんだけども、この先どうしたらいいのか悩んでいて。まずはそれとなーくアピールしようかなと考えているんだ。好意があるかも分からないくらい軽いジャブを……」
「待った待った」
では遠慮なくとばかりに今後の方針を述べ始めたところで、慌てて彼からストップがかけられた。
「俺は去年の君らをよく知らない。だからまず、その辺りをさらっと教えてもらえると助かる」
言われてみればその通りだ。相手が初対面の人だということを忘れていた。初めての恋愛相談ということで僕も浮き足立っていたようだ。
「あ、そうだよね、ごめん。……えーと、松原さんと出会ったのは高校に入ってからで……」
僕は一旦心を落ち着けて、ここ一年間の松原さんとのエピソードを掻い摘んで話すことにした。
……。
…………。
………………。
「……でね、一学期の間にクラスのみんなから大まかな希望を募って、夏休みに入ってからもメールやらで意見を調整してたんだ。で、八月始めの登校日にあっさり出し物が決まっちゃったんだよ。あの行動力とリーダーシップは驚いたよ。
それでね、夏休み中に少しずつ作業を進めておこうってことで、松原さんが何度か僕を自宅に招いてくれたのだけど、最初は緊張したなあ。お母さんがいるのは予想していたけど、お父さんも偶然仕事が休みでさ。なんとか失礼のないように挨拶できたとは思うんだけどヒヤヒヤだったよ。
松原さんの『同級生のお宅訪問レッスン』を受けていなかったら何か失敗をやらかしていたに違いないと思う。いつもフォローしてもらってばかりで頭が上がらないよ。当然のように松原さんは夏休みの課題も終わらせていたから、勉強の面倒まで見てもらっちゃったし。
で、夏休み明けの文化祭作業は松原さんが本当にすごくてさ、作業は僕の倍速いし、クラスメイトに不満を抱かせることなく、無理なく作業を割り振るし、全体の進捗状況を正確に把握しているし、それでいて遅れも無いしで、まさに完璧。クラス全体がすごいやる気で一丸となって、みんな楽しそうでさ。
うん、それはすごくいいことなんだけどね。でもやっぱり思うことはあったんだよ、……その、僕は役に立ってないなって。松原さんが優秀過ぎるのは分かっていたんだけど、やっぱり隣にいると劣等感を感じてしまって……。
でもその悩みを解決してくれたのも、やっぱり松原さんだったんだ。実は松原さんは生徒会の方の業務も手伝っていてね。うん、クラスとの掛け持ちだったんだよ、先輩にどうしてもって頼まれて断れなくて。で、さすがに準備が大詰めになると松原さんも疲れてきてね、書類仕事が結構溜まってきてたんだ。
そこで、特に考えはなく僕がその仕事を代わったんだ。うん、あの瞬間は本当に下心はなかったよ。こんな簡単な仕事をやってあげたところで、大した助けにもならないだろうなって、少しやさぐれていたから。でも書類を持っていこうとしたとき松原さんが、笑いながら『ありがとう』って言ってくれたんだ。
それまでもたくさんありがとうは言われていたし、その気持ちも嘘じゃなかったと思う。でもあのときの松原さんはかなり疲れていたこともあって、本当にうれしそうに『ありがとう』って言ってくれたんだ。もうその一言で落ちたね、二回目の一目惚れだったよ。
それ以来僕は劣等感なんか忘れて、僕にできることで松原さんの役に立つようにひたすら頑張るようになったんだ。『松原さんだって普通の女の子だ、辛いときはあるんだ、なら僕がその助けになりたい』ってね。単純な男でしょ? 実際の状況は変わってないんだけどね、僕自身の能力は変わってないわけだし……。
でもネックだったのは松原さんの近くにいるときの劣等感、つまり僕の心の問題だけだったから。それが無くなったらまた彼女の隣にいられるようになったんだよ。
もちろんそのままじゃ前と同じで大した役には立てないから、それ以来いろいろ頑張るようになったんだ。
あ、別に大それたことをしたわけじゃなくて、普通に勉強とか運動を頑張って、松原さんの足を引っ張らないようにしたりだよ。あと彼女が忙しいときにクラスの取りまとめを代われるように、クラスメイトともっとコミュニケーションを取ったり、その程度のこと。
でもそれで僅かでも松原さんの助けになって彼女が笑ってくれたら、すごくやる気が出るんだ。また頑張ろうって。
それでもまだまだ、松原さんにおんぶに抱っこの状態なんだけど。いや、例えとしてね。高校の学級委員の仕事がそんな四六時中あるわけないし、常に松原さんがいないと生きていけないわけじゃないけど。
二人で何かやるときは自然に松原さんが僕のフォローに回る空気が出来上がっちゃっているんだ。きっと彼女にとって僕はまだまだ頼りない奴なんだろうなあ。男として見てもらえたら、関係も少しは変わるかな? なんて、はは。
あっ、でもね……」
「待って待って待って。……だいたい分かったから」
「え、そう? ならいいんだけど」
あまり口が回る方ではないからうまく伝えられたか自信はないけど、彼は察しがいい人みたいだから、きちんと汲み取ってくれたのだろう。そういうところも見習わなくてはいけない。
そして今は空になったカップを右手で弄びながら、何か考え込んでいる。絵になるなあ。
「で、こんな感じなんだけどどうかな。何か気付いたこととかある?」
「……とりあえず、井山が松原さんのことが大好きなのはよーくわかった」
「うぇええ!? い、いやあ、それはそうだけどさ。そんなはっきり面と向かって言われるとちょっと照れるというか……」
人から直に言われると恥ずかしいものがある。思わず、人差し指どうしをくっ付けるなんて乙女チックな動作をしてしまった。
「あれだけ盛大に惚気ておいて何を言う」
「え?」
「いや。とにかく、井山の気持ちが確かなことはよく伝わった。それで今後の方針なんだが、アピールすると言っていたがその前に、あることを確認しないといけない」
確認とは一体何をだろう? 松原さんの好みのタイプとかだろうか?
「今現在、松原さんに彼氏、またはそれに準ずるくらい仲のいい男子がいるかどうかの確認だ」
「ぐふう……」
彼の繰り出した一撃に僕は崩れ落ちた。痛恨の一撃である。
「おーい、これくらいでダメージを受けないでくれ」
「だ、だって……」
僕自身何度も考えたことではあるものの、改めて言われるとショックが大きい。やはりいるのだろうか?
「心配するな、いい方法がある。しかもこの方法ならアピールにもなるぞ」
「な、なんと!」
打ちひしがれる僕に対して、彼が頼りがいのある笑みを向けてくれた。とても自身あり気な表情だ。
彼氏の有無の確認と松原さんへのアピール、どちらも僕がこの一年間全くできなかったこと。それを同時に成し遂げられるとは一体どのような方法なのか。僕が期待を込めて待っていると、満を持して彼がそれを口にした。
「その方法とは…………、君が直接松原さんに、彼氏がいるのか聞くことだ」
「そのまんまじゃないか!! それができたら苦労しないよ!!」
彼の返答はなんの捻りもないストレートだった。それもデッドボール気味の暴投だ。一体どの辺りが『いい方法』なのか。
「高校生が恋人の有無を聞くなんて、相手に気があることと同義だからな。完璧な作戦だ」
不平を言う僕を気にせず、彼はうんうんと頷いている。
「どこが!? 直球過ぎるよ! 脈がなかったら終わりだよ! 何かの雑誌で読んだけど、女の子は好意を抱いていない相手からのアプローチに対しては迷惑、下手すると嫌悪を感じるらしいんだよ!? 今後の関係がギクシャクしたらどうするのさ!?」
その状況を想像するだけで背すじが震えてしまう。松原さんに微妙な表情で、『あ……、お、おはよう……、…………い、急ぐから、私先行くね?』とか言われたら、僕はきっと立ち直れない。
「心配しなくても、この一年の話を聞く限り、脈がないということはないと思うぞ。少なくともあちらからの印象はプラスのはずだ」
「そ、そうかなあ?」
「あれだけ色々あって、ただの友達扱いはないと思うんだが……。そんなに不安なら何日か君らを観察させてくれ。より強い根拠があれば自信も持てるだろう?」
煮え切らない僕に対して、彼が次善策を提示してくれた。
うう、ヘタレで大変申し訳ない。こうなったら、少しでも彼のサポートを行うしかない。
「じゃ、じゃあ明日にでも松原さんに紹介するよ。ある程度仲良くなっていた方が観察しやすいでしょ?」
「いや、それはいい。いきなり紹介されても向こうも困るだろうし。外から観察したほうが色々とわかると思う」
しかし彼はそれには及ばないと言う。僕としては、観察するには近しいほうがいいかと思ったのだけど。
「ええ? そういうものかなあ?」
「そういうもんだ」
本人がそう言うならそれでいいのだろう。それによく考えると、何と言って紹介していいのかも悩むところだし。
僕がそんな風に妙に思いながらも納得していると、不意に彼が真面目な顔をしてこちらを見据えてきた。
「それと、もうひとつアドバイスというか忠告なんだが……、井山は猪突猛進というか、思い込んだら一直線、他が見えないという傾向があるように思える」
え、そうかな? どちらかというと控えめなほうだと思うけど。一年間何もできないヘタレだし……。うう……。
「ほら、また何か考え込んで沈み込んでいる」
「う、そうかもしれない……」
彼の指摘により自分を顧みると、確かにそういう傾向があったかもしれない。先ほども相手を放っておいて妄想していたし……。
「とにかく。ドツボにはまりそうになったら、周りを見ること。そして何より相手を見ること。松原さんが何を考えて何を望んでいるのか、顔を見て、会話して、本人の口から直接想いを聞くこと。恋愛は相手と二人でやるんだから」
!? し、師匠! 師匠や! この人は恋愛マスターや!!
「ありがとうございます、師匠! 僕頑張ります!」
「お、おう」
あれ、師匠が苦笑してらっしゃる。また何かやってしまったかな?
「まずは目の前の相手を見ることから始めようか。……とりあえず師匠はやめてくれ。名前で呼んでくれればいいから」
「うん、わかったよ。はは、ごめんね、ついテンションが上がって。これからよろしくね、え……と…………アレ?」
改めて挨拶をしようとしたところで、彼の名前が頭から出てこないことに気付いた。
あれ? 名前、なんだっけ? ……あれ、もしかして聞いてない?
「ホームルームのときは混乱していて聞こえてなかっただろうし、もう一度自己紹介しようか。はじめまして、浮島永二といいます。よろしくお願いします」
「…………ハイ、僕は井山春希と申します。よろしくお願いいたします……」
なんということだ。僕は初対面の相手をいきなり呼び出して、名前も聞かずに延々語って相談して、さらに協力まで頼んでいたのか。
なんという失礼。相手をきちんと見ろと言われるのも当然だ。こんなことでは松原さんに対しても、独りよがりでどんな失礼をしてしまうことか……。
よし、差し当たっては相手を褒めて挽回しよう。えーとえーと、……そうだ!
「浮島永二って名前、かっこいいね!」
「え? あ、うん……。…………あ、ありがとう?」
浮島君は微妙な笑顔で返してくれた。
……駄目だ、全然挽回できてない。むしろ気を遣わせている。
こ、こんな調子で果たして松原さんにアプローチできるのだろうか? 早くも暗雲が立ち込めてきた気がする……。




