The little Harmonia villagers η´
「だから――犯人はトリボロスさん、キミしか考えられないんだよ」
「……ハッ。笑わせるな」
「さっき、トリボロスさんは言ってたよね。私の推論通りだろうって。だけど、キミの発言は皆の反応と比べてみても浮いていたんだ。
みんな、だれかしら私の穴だらけの推理に首をかしげ、まるっきり賛同しようとする人はいなかった。
トリボロスさんが私の考えを肯定したのは、私の考えが正しいんじゃなくて――自分にとって都合の好い考え方だったから、じゃないのかな?」
「言いたいのはそれだけか」
「あの2人はトリボロスさんを庇う為にアクションを起こしていたんだ。茶雀君は誰が犯人か分からなかっただろうけど、アレックスさんの様子は、犯人が誰かを知っている様子だった。
アレックスさんが犯人じゃなければ――それは、この事件の犯人が殺人者だと言う事を示す立派な証拠になる。トリボロスさん、私にはキミが殺人者だとしか考えられない」
「ハッ、この裁判は殺人者とその仲間が全員で殺しに回れば終わる話だ。それで、この中に殺人者が居ると? 寝惚けてンのは頭か? 目か? 水でも被ってこい」
「それでも実際に殺人は起こったんだよ。それなら、そうならなかった理由があるハズだ。
そこでだ、殺人者以外に人殺しは許されてないってルールがあったらどう?」
「そこの石碑を見ろ」
「……成程。わからなくもないよ」
【ようこそ、審判の間へ。此処は仮初の楽園、罪を暴き裁き立てる神域。
汝ら容疑者は真なる殺人者を見付け出すか、哀れなる罪人を引き出し、審判官に差し出せ。
自死であれ事故死であれ病死であれ殺人者以外の者であれ――その罪からは逃れられない。
その罪を赦されたくば、浄化されたくば、他者の血によって贖え】
「ゴメン。ついていけないんだけど……田中、教えて。あのふたりの間に割って入ってくのはムリ」
菜種がくいくいっと田中の服の袖を掴んで引っ張り、耳元でささやく。田中はびくっと身体を揺らし、口許を手で覆いごほごほっと咳き込んだ。
「だ、だいじょうぶ?」
「何でもない。……掻い摘んで言うとだな、石碑の2行目と3行目を見ろ。この文章から読み取れるのは、誰しも人を殺せば殺人者に為ると言う事だ」
「? ったりめーだろ、そんなん」
「……はあ。倫理観や道徳観は一旦、払い除けろ。いいか、殺人者と言う役職の人間には殺人を推奨されている。
異質だが、ある意味では殺人を許可されている役職と考えてもいいだろう。処刑人よりはアサシンの立ち位置に近いな」
「あたしらの敵はヤクザや殺し屋みたいなモンかね。で、白がヤると村八分だと。ハアァ……」
「そっか、殺人者は仲間と連携とれるかもしれないけど、其れ以外の人が殺人を犯すと孤立するんだ。
うう、ムダにリアルで最悪のシステムだあ……」
「村人陣営を裏切って村人を殺し、殺人者陣営で力を合わせて村人を殺し尽くせば、ルール次第では外法だが勝利となるだろう」
「私は――殺人者陣営だろうが、人を殺すと言う役割を実行したがる人はいないと思うよ。だから、出来る事なら殺人者に押し付けて自分は下準備だけにしておきたいんじゃないかな。
人を殺したくないからこそ、人は人を殺す役目をみんなで押し付け合うんだよ。社会的地位が低いから、世襲制度があったから、で処刑人を務めてきた人は多いと思うんだけど――殺人者はそんな人間ってイキモノを信用出来るのかな?」
「それとこれとは話が別だよ。論旨をすり替えてない? だけど、赤の他人が殺しに協力するって言われても信用できないのはわかる」
「そら、裕福な人間がわざわざ罪人を殺すような仕事やらないだろうしねぇ。仲間割れは考えられるだろうし、田中の兄ちゃんが言うようなのは机上の空論でしょ。ある意味キレイゴトってな」
「ううん、それを言ったのは田中君じゃなくてトリボロスさんだよ。非現実的な話をさも現実にありげに語るのは、他に尤もらしい言葉を持ち合わせていないからかな?」
鳩羽は舌鋒鋭く斬りかかるが、トリボロスはつるりと口角を吊り上げる。不敵な笑みに鳩羽は右眉を上げながら、淡々と持論を述べた。
「オシロサマを背後から刺殺する事が出来たのは、オシロサマが油断していたから、それは少なくともオシロサマはトリボロスさんを仲間だと思い込んでいた――アレックスさんとオシロサマの役職は同じようなモノなんじゃないかな」
「オレは村人だ。何よりあの不気味な野郎がそれぐれえで油断するとは思わねぇがな」
「オシロサマは印象操作をしていたんだ。自身に疑いの目を向けさせる事で、他の人間の関心を減らし、疑惑を薄める。今思えば、彼の戦略は最初の最初から始まっていたんだよ」
「ちょっと待って、それだとオシロサマは誘拐犯の一味にならない? 最初から自分の役職を知ってる人なんて、誰も居ないよ」
「その根拠は無いよ。菜種、私達の最初がみんな同じものだとは、誰にも保障出来ないんだ。みんなの意識が同時に覚醒する方がたぶん、現実的ではないと思うよ」
「待てよ、そんなの疑ったらキリがねーぞ。最初に全員がボーっとしてる間に1人だけ目覚めた奴が先に個室を見て回って、全員の役職だって把握してるかもしんねーだろ」
「そう。だから、オシロサマの性格ならよっぽどの事が無いと背中から刺される事は無いだろうって言う私たちの印象は、印象でしかないよ」
「それは……そうだけどな」
「納得してくれた? それじゃ、次へいこう。トリボロスさんの部屋には、物を入れて持ち運びするような鞄の類は何もなかった。
他の人の部屋には段ボールとかあったけど、それは少し考え辛い。だから、ここではトリボロスさんが懐に凶器を忍ばせていたけど、素手で部屋に入ったと解釈するよ。
トリボロスさんは共有者である事を名目にオシロサマの部屋を訪ねた。恐らく、殺しの話をしていたらオシロサマも話題が話題なだけに警戒はしただろうから、していないと思う。
殺人者とその仲間って言う同胞意識から、オシロサマは油断して背中を見せてしまい、刺された。
オシロサマがどうして犯人に抵抗しなかったって言うのは、犯人が殺人者でオシロサマはその仲間だったからで説明が付くんだ」
「おかしいだろ。仲間だと思ってたら殺されそうになったんだ、カッとなって反撃するのがフツーだろ」
「うん。りょっくんが言うように、抵抗しない理由にはならないかなって思う……」
「そこは考え直すよ。今はサクッと進めよう。トリボロスさんはオシロサマを殺害し、カルマ君を殺害する。
次にトリボロスさんはアレックスさんに頃合いを見計らって厨房へ包丁を返しに行け、と凶器を押し付けた。
アレックスさんは指示に素直に従って、散歩に行ってくると言って1階へ降りて行き、厨房で包丁を仕舞おうとして、おかしな事に気が付いたんだ。包丁の数が、“足りている”事に。
しかも厨房の包丁の柄の色は統一されてるのに、自分の持ってる包丁の柄の色だけは違う。そう、アレックスさんはハメられたんだ。
トリボロスさんが私達と一緒に捜査していたのは、自分のアリバイを証明する為。娯楽室に返せって命令していたら、海松さんたちが廊下に居るせいでアレックスさんは凶器を隠し持ったままだった。
そうなると、彼は男子トイレなり音楽室なり、凶器を何処か別の場所に一旦隠す可能性がある。
それは自分にとって予定外の事が起きた時、アレックスさんを追い詰める一手にならないかもしれなかった」
「予定外の事態について具体例を挙げてもらおうか。そこまで用心深い犯人ならば、勘などと言う曖昧な根拠はなかろう」
「審判の間の捜索とかね。あれは全員がバラバラになって動いてたでしょ? 田中君が冴えていたからトリボロスさんは言わなくて済んだけど、本来なら殺人者の人が審判の間の情報を示す段取りになっていたんじゃないかな。
私たちは人を殺せば出られるっていう情報を持ち合わせていなかったし、今も持ってない。それはただの推測。
だけど、こうして殺人が起こったのならば、そういう約束事があるのだと読むのが道理でしょう?
だから“殺人者”のトリボロスさんは田中君のようなケースも想定していて、アレックスさんを“1階の厨房”に誘導した。
トリボロスさんは私達と一緒になってアリバイを作り、徹底的にアレックスさんを犯人だと誘導したんだ」
「それなら娯楽室でも構わないだろう。アレックスが娯楽室に入るところを見張り役が目撃すれば、アレックスは言い逃れが出来なかった。
個室フロアの廊下から娯楽室までは途中、音楽室へ続く曲がり角があるが、娯楽室へ行くには一直線で進めばいい。つまり、見張りは娯楽室まで見通せたと言う事だ」
「それは近道のように見えるが、待っているのは落とし穴だけだ。ローマは一日にしてならずってね。
アレックスさんが隙を見て娯楽室に行くためには、見張り役が居ない時間帯を狙わなくてはならない。それでは、トリボロスさんの仕掛けた罠は発動しないんだよ。
海松さんを余所へやればいいように思えるかもしれないが、田中君は怪しい動きをする者が居ないかどうか、海松さんに見張らせていた」
「えっ、あたしそんな大事な役目やってた!?」
「少なくとも、殺人者は田中君の意図を読み取っていたと思うよ。あの時は海松さん自身にそこまでの信用があった訳ではないでしょ?
だから田中君が直に頼む事は出来なかっただろうし、菜種は信用出来るけど顔芸苦手そうだからそこに居させたんだろうと思う。
それにトリボロスさんが部屋の中で何をやっていようと、外に出さなければ良い訳だから」
「…………女狐が」
トリボロスは敵意に漲った双眸で剣呑に鳩羽を見据える。鳩羽は引き攣りそうになる表情筋を堪えさせ、両手をホールドアップしてへらっと間抜けな笑顔を返した。
「お褒めの言葉をどうもありがとーって言っておくべき?」
鳩羽は人の喰った言動をすると、腕を組んで「うーん、やっぱうれしくないなぁ」と首を傾げながらマイペースに述べる。
菜種が「つ、強い……」とぷるぷる震えていた。テグスは紅潮した頬で鳩羽の活躍に見惚れている。
「話を戻すけど、アレックスさんが厨房で事の真相を理解した時、彼に残された選択肢は少なかった。
けれども、凶器の包丁だけは不自然のないよう仕舞っておかなくてはならないと前提が決まっていただろう。
だから、彼は包丁を入れ替えて厨房の何処かに隠すか、何処かへ棄てるか、あるいは持ち歩いて娯楽室に仕舞いに行くかのどれかを選ぶしか道がなかったんだ。
そして、それは――その時のアレックスさんがどう足掻いても、アレックスさん犯人へ誘導する証拠に為り得るだろうね?」
「そ、それってひどくない……? アレックス、トリボロスの為に危ないことしてるのに……」
「まだ犯人と決まった訳ではない。早とちりだ」
「で、でもさぁ!? ハトの推理には説得力があるじゃんか! ぼく的には、引っかかってたことも解決してくれたし、これはどう見たって……」
「アレックスさんは優しい人だよ。茶雀君は庇われるだなんて思ってなかった筈だ。
だから、あの時彼はアレックスさんを御人好しだと言ったんだ。彼を庇えば疑われるのは、回り回ってアレックスさんに集まるのに。
もちろん、それも戦略のひとつとしてアリだろうけど、果たしてアレックスさんのはそうだと言えたのかな」
(私は彼の優しさを信じたい。すべてが、敵としての打算ではなかった筈だと思いたいんだ。……弱さだな。でも、私は弱さを棄てたくないよ)
「使い捨てるべき駒を庇う姿を見た犯人は、アレックスさんに危惧を抱いた。
彼の甘さが悪影響を及ぼすかもしれない、だから犯人は逆にアレックスさんの優しさに漬け込んで、彼を殺人犯に仕立て上げたんだ。アレックスさんなら、冤罪にも甘んじると思ってだ!」
「それは有り得るな。勝利の為とはいえ、死よりも名誉を重んじる者も居れば、一時の苦痛に耐えきれない者もいる。
ヘタに仲間を殺人犯に仕立て上げて糾弾しても、本人が根を上げて仲間を道連れに自爆と言う最悪の事態が待ち受けている可能性は否定出来ない」
「勝つためになんでもするってほうが、怖いとおもうなー……」
「悠長だな。負ければ死ぬんだぞ?」
「え? は? いやいや、だれもそんなの言ってないし、そうかもしれないってだけでしょ?」
「君は他人の血で贖えと言う石碑の文章をどう解釈しているんだ?」
「そんなの……だって、信じられないよ……いままで、なんにもそういうの、なかったじゃんか」
(ああ、そうだ。敵と私たちではカードの枚数が異なる。生死を懸けた覚悟も違うんだ。
村人である処刑人だからこそ、私は石碑の言葉の意味を信じなくてはならない。希望的観測は、止めだ)
「そ、そうだ。俺らが勝ったって、死なないかもしれねーし、不安を煽るようなのはよせよ」
「……わかった」
「……俺達が真犯人を見付けたとしても、その人は裁かれる。その人の末路の事を考えるなら、俺はやっぱり田中さんの言ってる事が真実だと思うよ」
「テグス、なに言って――!!」
「皮を被ってるだけで、きっと、俺達の議論も殺し合いなんだと思う。誰が法の生贄になるのか、それを争い合うために……」
「テグスちゃんまでお嬢さんみてぇな発言するこたぁないでしょ。考えすぎだって。なあ、ニーチャンら?」
「トーゼンだ! そんなのありえねーって! もっと前向こうぜ!」
「……ひとが死んでるのに、俺達は……おかしいのかもしれない」
テグスがぽつりと誰にも言えない呟きを漏らしたのち、山鳩の方を見てこくりと頷く。山鳩は「そうだそうだ! 見るのは前だけでいいんだよ!」と笑顔でウンウン頷いている。
田中がしっしっと手で山鳩を払いながら「親しい者同士の席は離してあるのに固まるな」と釘を刺した。
「――其れは手前がオシロサマ殺人後、カルマ殺人を軸にした推理には違いねぇってコトだな?」
「……そうだよ」
「なら、ピースを引っ繰り返しちまえばイイだけだ、タァーコ」
「っ……!? なら、ご教授願えるかな、殺人者さん?」
「ハッ……手前が犯人じゃねぇって根拠も無いのは、確かだな?」
「キミが犯人じゃないって根拠も無いのと同じ事だよ」
「十分だ。オレは手前が犯人だと踏ンだ。何もあてつけって訳ではねえよ。手前の行動が不審だからだ。
先ず、手前は第一発見者だ。発見に至るまでの過程も便所に行こうとしてっつう胡散臭い理由。
大方、力の無い女じゃ短い時間で2人ものの人間を殺せねえと言う先入観を植え込ませるタメだろうが――死ンだのはガキ1人だけだ。
凶器は細腕のオンナでも扱えるような刺身包丁、大の男は不意を突かれて背中から刺され、抵抗出来る状況で抵抗しなかったとかいうふざけた話だ。冷静に局面を見下ろせ。手前にでもヤれるだろうが」
「刺された箇所は背中でも腰に近い位置にある。身長差を考慮すれば、寧ろ自然だろうな」
「田中、オメー何言ってやがる!?」
「冷静に局面を見ろ、と言われたからな。僕は中立に物事を見なくてはならない立場に居る」
「だっ、だだだだっだったら! 俺にだってできるよ! それだけでハトちゃん犯人はヘンだっ!」
「扼殺の痕からしてテグスではないと結論が出ている。君の爪は非常に短く痕に残りにくいが、他はしっかりと痕が残るだろうな。
それに、扼殺痕は非常に不安定な形状をしていた。死後、犯人が手形から特定されないよう細工された恐れがあるだけに迂闊な判断をする訳にはいかない」
「殺人者がアイツを生かしたのは――アイツがガキの後に刺されたと印象付けさせるタメだ」
「いいや、違うよ。それはオシロサマがカルマ君の後に刺されたと誤認させる為だ」
「殺人者は手前だ」
「殺人者はキミだ」
両者は無表情ながら、一歩も譲らない。田中がふたりを制止し、方向転換を図る。
「トリボロス。貴方が先程言った発言の意味を教えてもらいたい」
「フン。手前等は凝り固まった脳味噌をしてっから教えてやるが――最初にアイツが死んだなら、血濡れたシーツは誰のモンだ?」
「それはトリボロスさんの物だよ。犯行後、オシロサマの部屋のシーツと取り換えたんだ。血濡れたシーツが盾に使われたのは、床の血痕が証明している」
「有り得ねぇな。オンナ、手前があのガキの部屋を訪問、ドアを開いたときに体調を崩していたガキを見て魔が差して絞め殺したんだ。
扼痕を誤魔化しやがった後はガキの部屋のシーツを持ってアイツの部屋に入って、ガキを殺したから証拠隠滅を手伝えと強請り、アイツが準備に背を向けた瞬間を目掛けて刺し殺した。
部屋のシーツをガキの物と取り換えた後は、手前と同じでいい。手前は部屋にあった便所を使えねぇとほざきやがるし、不審な点は数多い、オレよりもよっぽど目立ちやがるじゃねぇか」
「私がカルマ君の部屋を訪ねる動機は無い。そもそも、犯人はどうしてカルマ君を殺した後にもう1人を殺そうとしたの?」
「手前が言ってただろ、仲間は信用ならねぇってな。とんだ自白だ」
「そっくりそのままお返しするよ」
「……なるほど。そういう事か。わかった」
「田中君? どういう事? 何が分かった?」
「テグスと同意見と言う話だよ。ハト、君の主張はオシロサマが共有者で殺人者の共犯であると言う前提があったから最初に殺され、次に口封じの為にカルマが殺されたと言う主張だな?」
「あれ、そんなの言ってなかったよね?」
「考えてもみて欲しい。確かにカルマは……こんなふうに言いたくはないが、この中だと一番殺しやすい人間だろう。
オシロサマ殺しで疑いが被らないよう、殺すには最適だ。だが、やはり2人殺しのデメリットには敵わない。
それなら、菜種たちが言うようにカルマとオシロサマとトリボロスが殺人グループで、カルマは殺人者であるトリボロスの指示で内訳を細工し、オシロサマはトリボロスと共有者となった。
だが、トリボロスはオシロサマを裏切るつもりだった。トリボロスはオシロサマを殺害後、口封じの為にカルマを殺した。そうすれば、オシロサマの死体で経緯を把握したカルマがボロを出す事も無い」
「そんな……そんな理由で……」
「あの、カルマくんが無関係でも、ふたりがイカサマみたいのをしたら、同じ役職になれるんじゃないかな……」
「カルマはやたらとオシロサマをGMの立場から引き摺り下ろそうとしていた。あれは今思えば不自然だ」
(私にはオシロサマがあのゲームを利用し、1人だけ安全な高見から悠々と他人の思考収集見物をしていたのだとしか思えなかった。例えるなら、訓練生が参考にするFPSゲームの銃撃戦を横から眺めるようなもの。
だからカルマ君がせがまなかったら確実に私がやってたけども、言われてみればそうだ)
「……そうだね。カルマ君の情報が、犯人には邪魔でならなかったんだ」
「そして、トリボロスの主張はと言えば、犯人は人狼である。これに尽きるんだ」
「そうだ。手前は人狼、2回目のゲームは占い欠けだったンだよ。手前は占い2を覚悟して飛び出たつもりだったが、占い欠けのせいで乗っ取りに成功した。
そうやって手前は田中以外から疑われるコトなくゲームが進ンだ。共有者の視点からすれば、厄介な瘤だ」
「私、握力15と16しかないんだけど、今言っても無駄か」
「握力テストでもしてみるか?」
「この女が手を抜けば終わる」
「やっぱりそう言うと思った。ハァ。どうやら、私が犯人でないと証明する為には、2回目の人狼での内訳をハッキリさせなくちゃならないようだ」
「じっ、じんろう!? なんてこったい!?」
「予想外の展開だなオイ……つか、なんでゲームがここまで影響してくんだよ、ワケわかんねーよ……」
「じゃあ、人狼の人、手挙げてください。トリボロスさんの発言は肯けるところが多いけど、眠らされた事実には負ける。
だから、在りのままを言ってくれたら信じるよ。どうか、嘘偽りなく発言をお願いします」
『…………………』
「内訳を知るカルマはもう亡くなっている。此処で誰も出てこないとなると、本当にあの村の内訳がキーになるのやもしれない」
「この中の誰かが人狼……?」
ごくりと唾を呑んだテグスが顔を見渡す。人狼候補は、山鳩、鳩羽、テグス、オシロサマ、トリボロス、アレックス、茶雀の7人。この中の誰かが、本当の人狼であり、殺人者かもしれないのだ――……。
「……人狼を探す為にも、キャストを全て集める必要がありそうだ。ねえ、みんな。アレックスは無理かもしれないけど、ふたりを呼んでみない?」
審判の間を出た彼らはエレベーターで2階に降りた。2階は静まり返っている。個室の廊下を通り過ぎる時、ふとなにかに気が付いたように鳩羽が脚を止めた。
「……おかしい……ね、ねえ、テグス君。私の気のせいだったら、いいんだけど……」
「どうかし……ま、まさかっ!?」
互いに血の気の引いた顔を見合わせた2人は、一斉に走り出す。事態を把握していない彼らも後に続いた。
「はあっ、はぁっ……あっ、開いてる……!!」
鳩羽は音楽室の扉に手をかけ、蒼褪めた。音楽室の扉を開け、中へ入る。もう、あのハッピーバースデーの音色が聞こえる事は無かった。
【ハッピーセットハッピーセットハッピーハッピーみんなでハッピーハッピーハッピーしあわせしあわせみんなしあわせ】
異様な臭いはするが音楽室の内装は簡素なもので、青いクレヨンで落書きされた白い壁にフローリング、置いてある物は楽器置き場にピアノぐらいだ。
部屋の中央にあるピアノは、全体像を黒い布ですっぽりと覆われている。他には何も見当たらない。
「な、なんだよ。なんにもねーじゃんか、ビビらせやがって。他行こうぜ、他」
「奴さん、リッパな犯人候補のクセしてドコほっつき歩いてんだか……」
山鳩と海松は軽口を叩きながら踵を返そうとする。鳩羽は立ち竦み、菜種は顔を上げられずに居た。テグスと田中は厳しい顔付きである方向を見詰めている。
「おっ、おいっ! 田中! 何してんだよ!」
彼は構わず音楽室内に脚を踏み入れた。山鳩が咄嗟に腕を掴みとるが、田中は無下に振り払う。
解っていても、行かなければならない。それは、明日のためだ。彼はピアノの下まで歩み寄り、ピアノを覆う黒い布に手をかける。
「やめろ……やめろよ……田中ァァァアアアアアアッ!!!」
震える声を出していた山鳩の絶叫が響き、彼は静かに布を引き剥がす。秘密のヴェールは取り払われ、年代物の黒いグランドピアノが露となる。
そして、彼の身体はピアノに喰われていた。
首半分と両手を鍵盤の蓋に呑み込まれ、ピアノに対し前傾姿勢をとっている。
白いシャツに琥珀のループタイ、ベージュのカーディガンにブラウンのテーラードジャケット。彼らには見間違いようがなかった。
田中は鍵盤の蓋を取ろうと手を伸ばすが、その手はためらうように宙を彷徨う。彼は唇を噛み締め、瞼を瞑った。
数秒後、彼は瞼を開き、鍵盤の蓋を持ち上げる。真っ先に映り込んだのは、白いうなじにくっきりと残る線状の痣の痕だ。
茶髪に近い金髪は血に濡れ、後頭部は金と赤の斑模様が描かれている。手袋を嵌めた田中は吸う息を押し殺すように、遺体の両肩を掴んで頭を少しでも持ち上げさせた。
だらん、と首が重力に従って落ちるところまで落ちる。僅かに窪んだ額からは血がどくどくと流れていた。
カッと見開かれた眼球には生気がなく、目に嵌め込んだカラーコンタクトは眼球から逸れ、唇からはだらりと唾液が垂れ落ち、鍵盤へ滴り落ちている。額から滴り落ちる血は白い鍵盤を赤く染めていた。
鍵盤をなぞる両手首には暗赤紫色の線状の痣が巻かれるように残っている。鍵盤上には凶器と思しき血塗られたフルートが分解されて転がっていた。
「……たすかりそうに、ないな」
田中は安易に人の生死を判断しない人間だった。だからこそ、告げられた言葉は鈍器のように重々しく心臓へ叩き付けられる。
「うっ、うぁっ……あっ、うっ、ぁあっ……うああああああああああああああああっ!!」
「い、いや……いっ、いやぁ……いやぁぁああああああああああああああああっ!!!」
鳩羽は堪え切れず絶叫し、視界が惑う。菜種は両目から涙をあふれさせながら、両手で口許を覆った。
不味い、と鳩羽が悟った瞬間にはもう遅く、彼女は咄嗟に近くに居た彼の袖を摘まんで引っ張った。
がくり、と両膝から大きく揺れ、がくがくと崩れ落ちていく両脚から躊躇なく後頭部も床へ落ちていき――床に直撃するかと思われた寸前、袖を掴まれた彼は彼女の背中に手を伸ばし、抱き込むように支えた。
「おっ、お前まで……ったく、心配させんじゃねーよ……」
安堵したように口許をゆるませた山鳩は、改めて彼女の背中を支え直す。テグスは心配そうな表情で、彼女の乱れた前髪をそっと手で整えた。
田中は落書きされた白い壁を見遣り、眉を顰める。子供が書いた様な文章だが、果たして何時から書かれていた物なのか。
【ハッピーセットハッピーセットハッピーハッピーみんなでハッピーハッピーハッピーしあわせしあわせみんなしあわせハッピーハッピーハッピーハッピーセットハッピーセットハッピーハッピーみんなでハッピーハッピーハッピーしあわせしあわせみんなしあわせハッピーハッピーハッピー……】
ひたすら同じ単語が繰り返されていて、田中には何を伝えたいのか、そもそもこれは独り言なのか伝言なのか、それさえも見分けが付かなかった。
「そっ、そうだっ!」
はっとしたようにテグスは声を上げ、音楽室を飛び出す。トリボロスが後に続き、田中は海松にこの場を任せてから2人を追い掛けた。
「っ……テグス、状況は……」
「げほっ、ごほっごほっ、ごっめっゲホッ……!」
医務室まで走ってきた田中は、咳き込むテグスの背中をさすりながら、医務室の中を覗き込む。
医務室の中では、茶雀が床に倒れ込んでいた。傍らには薬のパッケージが大量に散らばっており、トリボロスが一つ一つ拾い上げて確認している。
「トリボロス。それは睡眠薬か?」
「ああ」
少しして落ち着いたテグスは目尻の涙を拭いながら「睡眠薬って、今の物は死なないように出来てるんじゃ……」としゃがみ込んだ姿勢のまま、田中に上目遣いで聞き出す。
「どんな良薬も過ぎたれば毒薬だ。睡眠薬で命を落とすケースがゼロになった訳じゃない」
「…………どうして、みんな、いなくなっちゃったんだろう……こんなに、いっぱい……ひとが死ぬなんて」
「亡くなってしまった命は蘇らないが、僕達にはまだこれからがある。諦めるな」
「…………田中くんは、強い。つよいよ」
ともすれば非難を伴うような瞳の純粋さから、田中は逃れるように眸を逸らした。
「田中兄ちゃん、オッサンにも分かるよう教えとくれ!」
医務室に駆け込んできた海松は真っ先に田中へ近寄り、菜種はオシロサマの下へ駆け寄った。
「……心臓、止まってる……」
そして、オシロサマの心停止と呼吸停止が判明した。その後、田中と山鳩と海松は心臓マッサージとAEDによる除細動を行ったが、彼の心臓が蘇る事は無かった。
「ハァッ、ハアッ、ハァッ……クソッ!!」
山鳩は壁に拳を打ち付ける。壁には小さな窪みが出来たが、彼の激情は収まらず、パイプ椅子を蹴り飛ばす。
「止めろ!」
田中が叫んで制止する。医務室には沈痛な沈黙だけが流れるようになった。此処に助けは来ない。
その事実だけが、彼らの頭の中に木霊し、絶望的な響きで心を縛り付けていた。
「……真綿でさ、首を絞められてるみたい。なにかあったら死ぬんだって、これが人なんだって……すこしずつ、追い詰められていくみたいで……ぼく、もういやだよ……」
「……お医者さんがいれば……設備があったなら……いつものせかいであったなら……」
菜種とテグスは繰り返し呟き、悲観した顔で俯き、医務室の椅子に脱力したように座り込んでいる。
「んっ……う、あたま、痛い……」
「ッ……じっとしてろ。もう少し、休んでたっていいんだぞ」
鳩羽は背もたれのないイスに寝かされていた。彼女が上体を起こそうとすると、山鳩が静穏とした声で宥める。安らかな顔をしていた彼を見て、彼女は開きかけた唇を閉ざす。
(もう、ずっと。何年もこんな顔をしていなかったような、そんな錯覚に囚われる。実際、何時ぶりだったかな、山鳩のこんなカオ)
皮肉だなと自嘲めいた笑みをこぼしつつ、鳩羽は上体を起こす。頭がじわりと痛むが、今は気にしてなどいられない。
「テグス君、なんともない?」
「平気だよ。平気じゃないのはオメーな」
「私はだいじょうぶ。山鳩こそ、顔真っ青だったじゃん」
「俺は何ともねーよ。頑丈なのが取り柄だ」
「田中君のパンチ一発で沈んどったやん」
「ミゾオチにパンチ喰らってヘーキなヤツがそういるかよ!」
「やだな、そんな怒らないでよ。飴っこあげるから」
「いらねーよ!」
「ブドウ、オレンジ、モモ、どれがいい?」
「……モモ」
「はーいどうぞー。葡萄は豊穣の象徴で、オレンジは黄金の林檎の正体説があったり、桃はネクタルを元ネタにした交配種の桃があったりするんだから、ありがたく頂きたまえ」
「アメぐれーでえっらそーに」
「飴をバカにする者は飴で泣きを見るんだよ。七五三で飴食べれた?」
「覚えてねっつの」
「私は食べたかった」
「泣きを見てんのかよ」
「そう。つまり、教訓なのだよ。人からのアドバイスは好意的に受け取ろう。でないと人間、面倒臭くなるよ」
「へいへい。オメーはいっつも変わんねえな。そのクセ、急に倒れるしよォ」
「貧血になりやすい体質なんだよ」
「鉄分足りねーだけだろ。食事ふやせよ女子」
「だから、ダイエットなんかしてないってば。いつも、もっと食べなさいって言われる側だし」
「なんで食わねーの?」
「……だって、たべたくないんだもん」
鳩羽は爪先を両手で掴みながら、ほっぺたをふくらませてごねる。山鳩は「はぁ?」と心情を1ミリも隠す気のない素を曝け出し、鳩羽にべーっと舌を出された。
「……茶雀君は、どうだった?」
「…………ダメだった。田中が言うには、もともと薬物依存症のケがあったから、それで体内に溜め込んでて、致死量を超えちまったのかもって話だ。
今の睡眠薬じゃ死なないって聞いてたけど、この前ニュースでもそんなのやってたしな……信じるっきゃねぇよ」
「……茶雀君……アレックス……」
鳩羽はアレックスと茶雀に黙祷を捧げる。山鳩もその間は目を瞑っていた。
「とにかくさ、あいつらの分もキチンとメシ食え。ハナシはそれからだ」
「はーい……あのさ、辛いものっておいしそうに見えるよね?」
「だな。テグスは布団被ろうとするぐらいムリだけど」
「かわいいなあ。でもさ、食べたら辛くてとてもじゃないけど食べられないのってしんどくない? 地獄行きじゃない?」
「俺は好きだぞ! 豚キムチチョーうめえ!」
「……だろうよ。はあ、山鳩らしい」
鳩羽は爪先を手で弄りながら、ぐーらぐーらと身体を左右に動かしている。ぽん、と頭の上に手の平が載った。鳩羽が顔を上げる。目の前に山鳩が居た。
「俺はなにも解らねえから、何も教えてやれねぇけど……真相、辿り着けよな」
「あったりまえだろ。私を何だと思ってる?」
にっと大きく歯を見せて笑った鳩羽に、山鳩は前髪を持ち上げてきゅーっと束ね上げる。
「へっ、ブサイクでやんの~」
「なんだとゴラー! キミの髪もこうしてやるー!!」
「……お熱いところ申し訳ないが、少しいいだろうか」
声がする方を見れば、娯楽室の出入り口に呆れた表情の田中が何時ものように両腕を組んで立っていた。
「ハト! だいじょうぶだった? 大丈夫じゃないと許さないよ!?」
審判の間を再び訪ねると、真っ先に駆け寄って来たのは菜種だった。菜種はぷくりと頬をちいさくふくらませ、目を吊り上げて心配なのか怒ってるのか読み辛い顔で問いただしてくる。
「だ、大丈夫だから、落ち着いて」
「もーっ! ハトまで何か遭ったらぼくもう耐えられないからっ! しっかりしてよ!」
「ハ、ハイ」
「オメーもな」
「パンチ一発喰らってやられたくせに!」
「テメーもかよ! 許せや!」
「私はカッコよかったと思うよ。勇気は行動で示すべしって言うし」
「言うっけ?」
「私が今作った」
にへへ~っと笑顔を作る鳩羽に菜種と山鳩は協力して、鳩羽の頭を掻き混ぜる。すっかり乱された鳩羽は泣きそうな顔になりながら、ぐしゃぐしゃの髪を直しだした。
「ハトちゃん、俺、櫛持ってるから貸すよ」
「わっ、ありがとテグスくーん」
「えっ、わっわわっ」
鳩羽がテグスに抱き付くと、テグスはすぐに顔を真っ赤にして目をぐるぐると回しだす。
「ガンバレよ。応援してるぜ」
山鳩の生暖かい眼差しとガッツとばかりの拳に、気恥ずかしさにうつむきこんだテグスは無言で山鳩のすねを蹴った。
「うおっいてぇっ!?」
「よーしっ! みんなでがんばって犯人ふん縛るぞっ!」
おーっと拳を振り上げた鳩羽に、おぉーっと遅れて付き合う彼ら。しかし後ろに張り付いた田中がこほんと咳払いをする事で、一同は蜘蛛の巣を散らしたようにポジションに就きだす。
「君の仮説はアタリのようだな。見たまえ、“11本目の包丁”だ。厨房の棚の1番奥に隠されてあった」
「オメーいつのまに……」
「テグスと鶸柚に手伝ってもらった。これで信用に足りるだろう」
「田中君、ありがとう。これでやっと、一歩前進だね。それから犯人が人狼だと仮定して、生存してるのは全員役持ち。自分で言うのも何だけど、対抗の居ない占い師と霊媒師は真と見ていいんじゃないかな」
「自分達だけ高見に登ろうってか。初日の発言を思い出せ、自称霊媒師は何を言ってた?」
「? 何の話だよ?」
「テメエも同じ発言をしてただろうが」
「『言えない』……ゲームではなく、昨日の話か。確かに何故、自分のカードを公表出来なかったか、気にかかっている」
「お、俺はその……なんつーか、言ったらダメなんだよ」
「あーなるほどね」
「ハト? どういうこと? ぼくには狂信者みたいなミスリー役職に聞こえてならないんだけど」
「考えてもみてよ。村役職であろうと、団結出来ないような立場をとらされる役職はあるんじゃないかな。
例えば、狂人。狂人は村人として扱われるけど、厄介な敵。同じように敵サイドから寝返った裏切り者が村の味方としているけど、立場上、敵陣営の1人だから話せないだとか。ねえ、山鳩?」
「お、おう! そうだぜ! そーゆーカンジの話せないヤツだ!」
「へー、ハトってよく考えてるなぁ。ぼくはどーも茶雀やアレックスのことで考えられないんだよね。
なんで、こんなことになったんだろうってばかり思ってしまう……はあ」
「菜種。辛いときこそ、ニッコリ笑って? ファイトだよ! 飴っこあげるから!」
「あめっこ? いや、食欲ないからいいよ、ありがと」
(……田中君辺りが解ってくれると良いんだけど、いざとなったら私が……闘うしか、ないか)
鳩羽は菜種に笑いかけたあと、こっそりと瞳を逸らして無意識に溜息を吐く。あけていた左手を固く握り締めた。
「お嬢さん。あたしにもアメちゃんくれるかい?」
「あ、はい。どうぞ」
「ありがと。こっから出たら、よっちゃんあげる」
「大丈夫ですよ」
「だといいんだけどねぇ」
海松が口が物寂しいのか咥えていたポッキーを食べ終え、丸いオレンジ色の飴を放り込んでガリガリと噛み潰す。
「海松さんそれもったいないよ!?」
鳩羽が驚いて指摘するが、海松は「アメちゃんは噛むのがイチバン」と言って譲らず、飴の包み紙で小さな鶴を折り始める。
鳩羽は額に手を当てて2度目の溜息を吐きたくなったが、既に田中が同様の仕草をとっていたので、思わず微笑む。
(テグスは真霊能だと思っていた。だけど、初日の『言えない』発言でどうにも疑念が拭えない。
敵対しているのなら易々と尻尾を出す筈がないとも考えかけたけど、だったら山鳩は何だ? やはり、あの2人組を信用する訳にはいかない)
「ふつーに考えたら、茶雀のは自殺。茶雀は狩人に出ていたんだから、人狼なのも納得がいく。
だけど、ぼくたちは茶雀狂信者説を知るまで、綺麗にお膳立てされてた……今みたいな状況といっしょだよ」
「ああ。だが、解せない事もある。茶雀の遺体には防御創が見られなかった。あの量の薬だ、自発的に飲んだとしか思えない……だと言うのに、何故だ? 死んだら、無意味だろう」
「誰かを助けたかった……だめだ。アレックスは死んでるし、茶雀と他に付き合いがある人って言ったらハトぐらいで……」
「何だお嬢さん、おまえさんが犯人だったのかい。こりゃ一本とられたね」
「それは違いますよ! 大体、茶雀君が他の人たちと付き合いがあっても隠そうと思えば隠せましたし、それを言ったら距離をとった人の方が怪しくなるよ」
「ぼくらに容疑を押しつけてきてない?」
「喧嘩は止せ。鳩羽、潔白を証明したいのなら今のような発言は慎め。君の為にならない」
「わかってるよ……」
「ありゃりゃ。どっかで見た反応だ」
海松は田中を見ながらニヨニヨ笑っている。田中は不可解そうな顔で海松を見た。
「亀は万年の齢を経、鶴は千代をや重ぬらん」
海松は小さな折り鶴をぽんっと鳩羽の頭の上に載せた。頭上の様子が分からず首をかしげる鳩羽は、海松にくくっと笑われる。
「お嬢さんも、若いうちから死ぬモンじゃないよ」
「だったら海松さんも手伝ってください。私を犯人と名指しするなら、論理的な推理をお願いしますよ」
「アー……オッサン、頭脳労働はからっきしでねえ。理屈っぽいのはダメなんだわさ」
「はぁ、だろうなぁ……」
「ガッハッハッハッハ!」
「笑いでごまかすなっつの。やっぱ俺はアレックスか茶雀が怪しいと思うぜ。あいつら意味ワカンネーし」
『おれは、カルマさんの事、とてもきらいです』
ブラックホール、ダークマター、光を連想させない極大の闇の塊が、眸の中に住んでいる。
彼の眼は白と黒だけにくっきりと別れていて、儚い淡色などは全て掻き消されてしまったかのようだ。
『だってあのひとは――アレックスさんを殺したから』
ドクン、と心臓が跳ねた。自然とあの時の彼の話を連想してしまい、鳩羽は山鳩を見遣る。
(山鳩がそう言うからには、あのふたりは犯人ではない? だけど、山鳩は私の役を誤解していた。
山鳩にもこの事件の犯人は見抜けていないのか? だとしたら、茶雀君がカルマ君を……)
「まァ……人狼がダレかっつったら、そりゃオッサンは山鳩だと思うぜ」
「ッ……!? 何でそうなるんだよ! 俺は共有だぞ!?」
「あたしとしちゃあ、作為的ジャナイのってぐらいに山鳩人狼説が出てこない方が気になるけどな。ゲーム中はみんな、山鳩が人狼じゃないかって言ってたのに、まだ誰も言い出してない」
「……やっぱり、そうなんだ。様子を見てたんだけど、そうだよね、ぼくもヘンだと思ってた」
「人狼が犯人みてぇな空気になったからだろ。俺は犯人じゃないんだから、人狼だって当て嵌まらねえ。俺は本物の共有だったんだ」
「そういえば、カルマ君の部屋に遺された日記には最後の襲撃予想が共有だって書かれてた。その予想通り、共有のオシロサマが亡くなったんだ……」
「よ、予言? じゃない、予告状? カルマにはわかってたってこと!?」
「焦るな。単純にゲームの話だろう。前日の襲撃予想はどうだった?」
「外れていたし、関係ないと思う。2日目はたしか、茶雀君だったよ。結果は菜種ちゃんだってきちんと書いてあったし」
「睡眠薬が効くまでそのぐらい時間がかかったのかもです。ホントは睡眠薬のパッケージ、死因を分かりやすく伝えるためと服用時刻をミスリードさせるために置かれていただけかも……」
「ぼく睡眠薬はよくわかんない。テグスは見たんだし、わかる?」
「茶雀にはそのような前兆がなかった。睡眠薬の名称も確認したので間違いないだろう」
「さっすが田中! はいぱー物知り!」
「はっ、そうだよ! あいつらが偽物の共有者なら、トリボロスから夜何話してたか聞けばいいねーか!」
「あぁ? 初日以外、会話してねぇよ。ハンディキャップがどうたらこうたらほざいてたな」
「オシロサマは経験者だったから、初心者のトリボロスに席を譲ると?」
「ああ、そうだ。糞の役にも立たねえ」
「むーん、トリボロス、ちょびっと怪しいような、でもでも、怪し過ぎるのは茶雀とアレックスだし……」
「あたしゃトリボロス人狼ってのはないと思ってる。ゲーム進行に違和感はなかったし、真共有の動きだった。
あのとき、完グレの田中吊じゃなく狩人ランをするのが狼にとって最良の道だった。オシロサマもトリボロスも自分から田中吊を言い出したんだよ。狼が自分に不利な提案をするかね? なあ、ハトちゃん?」
「それは…………」
「加えて、トリボロスが犯人だったらこの流れで叩くのはお嬢さんじゃない、山鳩の兄ちゃんだろう。
これまで犯人疑惑の薄かった兄ちゃんでも、人狼≒人殺しのレッテルが貼りついたこの状況じゃあカンケーない。
それどころか、この場で最も人狼らしい動きをしてるのは、対抗のハトお嬢さんだ。オジサン、なんか間違ったコト言ったかね?」
「狼だったら、自分が怪しまれなけりゃいいってスタンスが出ちまうよな。
人を殺したんなら、隠そうとしたってそういうのが出そうだし、散々叩かれて悔しい思いしたけどよ、トリボロスは狂ったほうの共有者でも人狼じゃねーよ……」
「僕はハトが偽占い師だとは思わないが、人狼はアレックスだと見ている。あの動きは噛まれ回避の狂アピに見えるが、オシロサマの意見を尊重した。アレックスの共有擦り寄りは怪しい」
「オッサンからすると、1回目で狂人経験したアレックスなら狩人でも同じ動きをするだろうって思ったぜ。
だから、オッチャンは茶雀人狼だ。殺し過ぎて落ち着かなくなり、薬物依存症が高まって飲みすぎちまって結果的に死んだんだ。これなら、説明がつく」
「アレックスが犯人だったとしても、そのアレックスを殺した人間がいて、それが茶雀だから……混乱してきた」
「罪の意識に苛まれた結果の自殺に見せかけて、茶雀君の情緒不安定が招いた事故だったと? 茶雀君、そういうところがあったから、分からなくもないけど……」
『やだなぁ。おれだって、好きな人の為なら頑張れるし、そうじゃない人の為だったらやれって言われたって力出ませんよぉ……』
(彼に――罪の意識なんて、あったのか? さすがに、人を殺せば動揺くらいは……だから、私に動機めいた事を教えた? わからない、彼はどんな思惑で私に……?)
「全員、足並みが揃わないようだな。しかし、僕にはもうひとつ、気になる事がある」
「もったいぶらずに言ってよ、もう」
「……鶸柚。君の推理が正しいとしてだ、そうなると犯人の数はどうなる?」
「2人になるけど……あっ。こ、これ、この機械、きちんと2人ってやってくれるのかな……」
「大丈夫だろ。そこまでポンコツだったら、設計者を殴ってやる」
「こんな悪趣味なゲームを考えておいて、そんな事態を想定してないってのは考え難いかな。だから、私もそこは問題ないと思う」
「……それなら、結論は出ただろう。僕達は全員、意見を覆す気が無いようだ。だとしたら、後は投票で答えを出すだけだ」
「俺は人狼が犯人っつうトンデモ理論についてけねーけど、犯人は決めてあるぜ」
「ここまで殺人者の仲間達が生き残ってるのはもう考えられないし、考えたくもない。だから、ぼくは思い思いに投票したい。自分のミスならまだしも、誰かに同調したせいで敗けるのは嫌だよ」
「俺はまだ……悩んでる、けど……一番信頼したいひとは、決まってる」
「テグス君まで……」
未だ荒野を彷徨っているのは、鳩羽独りだ。顔を上げた彼女は、テグスの決意が秘められた姿を見て神々しさすら感じ、自然と俯いてしまう。
『……カードの事だ』
(トリボロス犯人説の根拠は、山鳩にも当てはまる。山鳩が『茶雀かアレックスが犯人』と言っていたのもそうだ、自分が犯人じゃなければいいという人狼の思惑が透けて見えるようだった。
まさか、山鳩狼……? いや、そんなはずはない。でも、山鳩は……夜、私に言ったんだ。あの発言は……いや、ゲームと混同するのはよくない。あれは現実で、これはゲームで……本当に、これはゲームなんだろうか? そのゲームで、命が決まろうとしているのに……分からない解らないわからないっ!! 私が信じたら良いのは何だっ!?)
「皆、決意はしたようだな。恨みっこなしだ。それでは――投票時間に入る!」
『やっぱりか。あの時見たのは、見間違えじゃねえみたいだな』
『……皆に言うつもり?』
『いいや。どうやら……同じチームらしいからな』
『それは……』
『ま、仲良くしようぜ』
(犯人は……犯人は……)
【待った!】
【……………………】
『おーい、アヤメ。ニイちゃんと一緒にゲームやろうぜ』
「【……………………】」
【投票を締め切りました。集計中です……】
「……帰ったら、久々にやろうかなあ、ゲーム」
【 アレックス 1票
オシロサマ 0票
カルマ 0票
田中始 0票
茶雀璃寛 3票
テグス 0票
トリボロス 2票
ハト 0票
鶸柚菜種 0票
海松若菜 0票
山鳩緑 1票 】
「おっ、俺に1票ッ……!?」
「届かなかった……!」
「やった! これでぼくたちはっ……!」
「おいおいおい、ホントにバラバラってのは参るねぇ」
「嗚呼……誤まった、か……」
「そう、か、そうだ、そうなんだよね……ごめんなさい……」
結果、それは走馬灯のような幻だったらしい。彼女には、笑うしかなかった。
【投票の結果、コスモスの勝利です!】
《無垢の歌、始まりの詩、ウィリアム・ブレイク作》
【《笛を吹いて谷を下ろう
陽気な歌を奏でよう
雲の上の小さな子どもが
僕のほうに微笑みかける
“子羊の歌を吹いてみてよ”
陽気な歌はいかがかな
“ねえもう一度吹いてみてよ”
涙がでるほど素敵かい
“ねえその笛はもういいから
キミの声で歌ってみてよ“
こんな具合でいかがかな
涙が出るほど素敵かい
“その歌を本に書いてみてよ
ほかのみんなも読めるように“
小さな子どもがいなくなると
僕は葦の茎を引き抜き
それで一本の葦ペンを作り
きれいな水をインク代わりに
楽しい歌を書き込んだ
ほかのみんなも聞けるように》
――キミは葦なのさ 】




