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アーク・ノヴァ――天球の音楽――  作者: 道詠
鹿砦の罠
15/19

ヘンペルのカラス V【選択肢1】

「【例え村人でも殺してしまったら、殺人者と同類って意味なんだろう】」


「ああ。僕も同意見だ。話を先に進めよう」

 田中が賛同してくるように頷いた。続いての話題は無論、カルマの動向だ。


「茶雀さんを捜索した後、皆さんは思い思いにその場を後にしました。別れた後、俺は田中さんと残り、ハトさんの部屋を訪ねる事にしたんです」

「どうしてかな? その時点で、ハトが亡くなっていたんだと勘付いたのかい?」

「いいえ。俺達が心配性だっただけです」

「へえ、ってことは田中も同じ理由から居残ったって?」

「ああ。茶雀が言うには神経質、だそうだが」

「はは、犯人だから焦ったんだ。ばっかみたい」

「そこで茶雀さんが現れて、茶雀さんは少し必死な様子で俺達を止めました。長居されたくなかったような印象を見受けたのは本当です。

彼は睡眠の重要性を説き、彼女をそっとしておくべきだと言いました。茶雀さん、そうですね?」

「ガムテープを外しておくか」

「えっ、いいの?」

「真犯人なら嘘を吐こうと本当だろうと困る事は特に無い」

 田中はビリッと茶雀のガムテープを剥がす。茶雀は眸を逸らしながら「覚えてませんよぉ」とわざとらしく言い返した。

「このッ……!!」

「緑!」

 テグスが凛とした声で一喝し、山鳩は渋々拳を下ろす。茶雀は顔を俯かせ、周りを見ようとしない。

「……りっくん、挑発に乗ったら向こうの思うツボだよ。ここは、冷静にいこう」

「うっせえな……!」

 山鳩はテグスを睨み付けるが、テグスは飄々と流す。真剣な面立ちのアレックスは議論を再開しようと促した。

「茶雀さんの説得により、田中さんも立つ鳥跡を濁さずと言った風に去ります。それでも俺達2人は残ったんです」

「そこまで強く言われたのに引き下がらなかった理由を聞かせて欲しいな」

「俺は茶雀さんを疑っていました。このような場所で起きた騒ぎには何か意味があるのでは、と下手な勘繰りを持っていたからです」

「でも、その勘繰りは当たった。キミはホントに執念深いんだねぇ?」

 オシロサマがケラケラと笑う。その場にいる殆どが眉間に眉を寄せた。

「おじさん、皺になってるよ」

「おおっと、こりゃ失礼」

「……君達は、こんな時でも変わらないな」

「時には大事な事だと思いますよ」

 菜種が海松の額を指差し、海松はおどけた顔をして指で眉間を凝り解す。田中は呆れ返るが、カルマは深々と頷くように言う。

「マジメにやれよ! ハトの死を何だと思ってんだよ!」

「……正直、まだ現実感がないよ。夢から覚めたすぐ後みたいに、頭がぼーっとしてるんだ」

 菜種は右肘に手をやり、顔を背けてうつむきがちにつぶやく。独り言のような響きに、かえってテグスは真実味を覚えたが、山鳩は赦せずに吠えた。

「しっかりやれっつってんだろ! テメーもだジジイ!」

「わ、わかったよ、お願いだから爺はよして。オッサンまだまだピチピチだから」

「海松。今は山鳩の言う事を聞いてくれないか」

 眉を顰めた田中が、山鳩よりも先に注意する。海松は分かってるのか分かってないのか、と言った態度で応じた。山鳩は露骨に苛々しているようで片足を何度も揺らしている。


【山鳩はさっきまでふざけてたように見て取れたのに、突然どうしたんだ?】

【山鳩はまだ感情の整理がついていないみたいだから、止さないか】

【…………】


「【…………】」

「茶雀さんはそこまで疑うなら、とピッキングの手法を持ち出してきました。俺は反対せず、彼はピッキングで彼女の部屋を開けました」

「はあっ!? ちょっ、真っ黒が更にまっくろくなってる!?」

「犯人で間違いないみたいだね……」

 菜種が口を大きく開けて驚愕し、アレックス・テグス・海松の顔が厳しくなるが、田中は1人首を振る。

「その後、俺は彼に突き飛ばされて部屋の中に入れられました。それからは発見されるまで、2人きりです」

「よ、よく生き残れたね、さすがのイカれた殺人鬼も子供相手は寝覚めが悪かったか……」

「鶸柚さん……本当にそうなのかな?」

「テグス? 他に何があるの?」

「茶雀さんが犯人だとすると、ピッキングも軟禁も悪手なんです」

「証拠を隠滅してた後だったら、入れても困らなくない?」

「軟禁がそもそも疑われる根拠になるだろ? オッサンも今ちっと考えてみたが、言い方は悪いがね、この子を生かして軟禁しておく理由がないよ」

「そこが不可解だからこそ、カルマは納得がいかなかったんだろう。カルマが中に入ってから、茶雀はどうしたんだ?」

「彼は扉の前に立ち、俺を外に出さないようにしていました。だから、俺は部屋と彼女を調べてみたんです。

部屋は暖房がかかっていて、彼女はベッドの上に寝かされていました。着衣の乱れはなかったところが印象的でしたよ。

布団はきちんとかけられていて、布団の上に寝かされていたのでたぶん、犯人が運んだんだと思います。

家具も調べてみましたが、何もおかしなところはありませんでした。ただ、ゴミ箱の中にはマスクと手袋とハンカチとポリエチレン製の袋が棄てられてあったんです。

チャック付の半透明の袋は折り畳んだハンカチが入るほどの大きさで、中には保冷剤が入っていました。白い絹の手袋は子供用で掌の部分だけが濡れていましたね。

ハンカチは水拭きをする時のように濡れていて、マスクは隙間がなく顔の下半分を覆い尽くす市販用の立体マスクでした。ここまでで何かご質問はありますか?」

「ぽりえちれんせーのふくろ? って何だよ?」

「所謂、ビニール袋と呼ばれている袋の事だ。半透明の袋と言っていただろう」

「ふーん……俺からはそれだけだ」

(…………?)

「えーと、なんで子供用? この中でそれが使えるのは、カルマかテグスぐらいだと思うんだけど……?」

「被害者が使ったんじゃないかね。お嬢ちゃんなら、使えないワケじゃないんだろう。オッサン知らんけど」

「だとしても何に使うの?」

「そりゃあ、乙女の秘密でしょ」

「あははは! 海松はホンットに面白いよねぇ。彼女が部屋を使ったのは1日ぽっきり。フツーは山鳩か犯人の所有品を疑うよねえ?」

「俺はあいつが部屋使う時に荷物整理したし、ゴミ箱だって中は全部捨てた」

「犯人が現場のゴミ箱に捨てたのは証拠品を棄てても痛くも痒くもなかったからだとして……やっぱり、子供用が理解できないんだけど。だって、スーパーにも物置にも大人用の手袋はあるよね?」

「オレは見てないけどあるんじゃなーい?」

「一通り見てみたが、同じような物がスーパーから発見された。物置は時間が足りていなかったので全てを探した訳ではないが、目に付く所には同じ物は無かったぞ」

「証言出来るのは田中だけ?」

「俺も現場に居ました。田中さんが、1人では証言に信憑性がないとおっしゃられたので同行したんです」

「ふぅん、やるじゃん田中。ぼくも推理に貢献するよ。……けど、他に怪しい点ってあった?」

「暖房がかかっていたのは、何か意味があったりするのかい?」

「死亡推定時刻をずらすには有効だが、遺体から時刻を特定出来ていない時点で無意味だな」

「あっ、それそれ! あと、アリバイも調べなきゃいけないんだよね。ハトが……生きてたのは、何時頃だかわかる……?」

「ボクたちは朝食を一緒に摂ったけど、昼食には来てなかった。だから、ハトは昼ごろにはもう……」

「待て。カルマの話が先だ。他に部屋で気にかかった事はないか?」

 田中が制して確認してみるが、どうやら皆、死亡推定時刻やアリバイに関心がいっているようだ。冷静に議論を、と言ってもそこはやはり一般人、気になる点に意識が集中してしまうらしい。

「濡れたハンカチって言やぁクロロフォルムだよな」

「映画やドラマで見かけるが、揮発性の高いクロロフォルムでは不可能だ。

だが、他の毒液の可能性はある。カルマ君。ハンカチからは刺激臭がしなかったか?」

「現場が現場でしたので、一応濡らしたハンカチを鼻と口許に当てていました。だから、そういった事は分かりません」

「発見時にハンカチを覆っていた様子はなかったし、茶雀もドアの前には居なかった。その理由は説明出来るか?」

「おれは彼女の死体を見ていたかったんですよぉ……とっても、綺麗で魅力的でしたぁ……」

 茶雀はうっとりするような魅惑の響きを孕んだ声と陶酔しきった表情を呈している。

「……一応危険物の疑いがあったので、密室に出来るシャワー室へ放り込んでおきました」

「毒物の疑いがあるって、あいつに外傷はなかったのか」

「常温で気化する物ではないという事か。まぁ、そういう物だったら隔離してガスを放つか、時間差で発動する仕組みを作っておかなければ犯人にもガスマスクのような物が必要になるから考えにくいな」

「そんな便利グッズ不吉すぎるし、置いてあったら使えないようにしとくよ。こわすぎだもん。シンプルに鼻と口を塞いで窒息させたんじゃないかなあ」

「ハトさんの御遺体には一目見ただけでは外傷が見当たらず、失敬して身体も調べさせていただきましたが、背中に点々とした濃い痣のようなものが見付かりました」

「皮下出血か死斑かどちらかだろうが、判別は難しいな」

「あの、田中くん。皮下出血ってどういう意味か、教えてくれないかな。内出血と違うの?」

「文字通り、皮膚の下の出血だ。何らかの原因で体内の血管が破れると体表に斑が出るんだ。外部からの衝撃でも皮下出血はあるから、挫傷の可能性は見過ごせないだろう。

内出血とは同じような意味だとは思うが、僕も詳しくはないんだ。すまないな、お役に立てず。オシロサマ、君なら何か知ってるんじゃないのか?」

「フフフフ、買いかぶりだよワトソンクン」

「そうだったんだ。ありがとう、田中くん、オシロサマさん。それで、カルマくん。頭部に打撲傷は見付かった?」

「髪の毛で見逃したかもしれませんが、見たところではありませんでした」

「……なあ、田中くん。俺、思うんだけど殴られた傷じゃないと思うんだ。背中に複数の斑点の痣が見えるって外傷による皮下出血だったら不自然じゃないかな」

 顎に親指の腹と折り曲げた人差し指の関節を添え、俯きがちに考え込んでいたテグスは顔を上げて発言する。淀んだ表情で山鳩がテグスを注視した。

「それはまたどーして? オシロサマに教えてちょうだい?」

「だって、背中を何度も殴るっておかしいよ。殺す気がなくて痛めつけたいっていう目的だったら分かるけど、殺すつもりなら頭を狙う筈だから」

「背中を殴った後、頭を殴ったかもしれないよー?」

「だったら、どうして複数の斑点が出るの? それだけ殴られたから出来た痣なんだろう?」

「だってさ、田中クン? キミはどういう見解を出すつもりかなぁ?」

「人の死で遊ぶな。虫唾が走るが、君の意見も聞かせてもらいたい」

「それが人に頼む態度?」

「それが人の死への態度か?」

 にっこりと笑って返したオシロサマの言葉に田中は即座に切り返す。一刀入れた手応えはなかったが、掠り傷にもならなかったようでオシロサマは被告人席の上に座りだし、にこやかににべもなく突き放す。

「イ・ヤ。オレ、アマノジャクなんだよねぇ。それにホラ、返歌もロクに出来ない子はザンネンだから★」

 にっこーと笑いかけてくるオシロサマがいやに浮いていて、茶雀とトリボロスを除く全員が辟易とした顔をする。

「何の話か意味わかんねーし。やっぱこいつ日本語使えねぇんだよ」

「言えてる。それに大賛成」

「やれやれ。んな問題児さんは置いといて、あたしらも本腰入れるべきでしょ。坊主、ちょっくら聞きたいんだが、彼女の身体に気になる点は他にあったかね?」

「はい。それでは、遺体の状況について証言させて頂きます。まず、死後硬直は部屋に入った後に調べた時にはなかったと思います。

次に赤紫色の痣が背面部に幾つかありました。手足や唇は青紫色に染まっていました。

それと、鼻と口許にはピンクがかった、唾が乾いた跡のようなものがあったと思います」

「ピンクがかった唾が乾いた跡……? それって、出血なのかい?」

 アレックスが戸惑いの色を露わにすると、カルマは静かに首を横に振って「わかりません」と正確な答えを言う。

「……カルマってすっごく頼もしいんだね。憶測と事実を混同しないように言ってくれてるし、助かるんだけど、すごすぎじゃない……? ぼく、自信なくしそう」

「俺も不安でしょうがないです……」

「オッサンも分からんよ」

 しょぼーんと顔を俯かせて両腕を組んでいた菜種は、ずーんと沈み込んだテグスと同じく腕を組んでいた真顔の海松からのフォロー(?)に激しく微妙な顔をした。

「そんで、オジサンからもう2点いこか。チアノーゼはあったか? 手足の冷えはどうだったか?」

「はい。手足の爪先や唇にはチアノーゼの反応が見られました。後者の質問も同様です」

「チアノーゼって青紫色になるやつか。ねえ、暖房入ってるのに冷たいの?」

「冷え症だって暖房かけても手足冷えてるでしょ。手足あっためてるなら別だけど。どっちでもいいんだけど、これってどういう意味指してるか分かるかね?」

 海松は田中とオシロサマに言っているようだ。田中は「死体の体温が室内の気温に低下したのだろう」と言い、オシロサマは黙って肩を竦め、両手を広げて伸ばしナンセンスな問いだと言いたげな仕草だ。

「チッチッチ。そいつぁナンセンスだぜ、田中少年。いいかい、部屋には暖房がかかってるんだ。

部屋はあっためられてたのに、どうして死体の温度は室温より低かったのか、って疑問が出るだろう」

「誰も遺体の体温が室温より低いなどとは言っていないが」

「…………オジサンのミッスー。ゴッメーン」

「くたばれファッキュー」

 菜種が絶対零度の眼差しで海松を罵り、海松は身体をくねらせている。全員が見なかったふりを決め込んだ。

「暖房は20度に設定されていました。温度計や湿度計はなかったので、どちらも分かりません。

状況が特殊だったので、俺の体感温度が参考になるかは怪しいので明言は控えさせて頂きます。大人と児童だと体温も異なりますし」

「それって自律神経やら副交感神経やらが通常とは違う働きをしてた可能性が高いからってことだよね? んー、言えてる。にしてもホントカルマってクールでカッコイイね、スゴイよ」

「……一理あるな。だが、暖房が点けられたばかり、つまり犯人が暖房をつけていたのだとしたらどうする?」

「それだったら死亡推定時刻は逆算出来るだろ。後は計算好きの子にでも任せりゃいい。オッサンは電卓使用だからダメね」

「電卓って、海松、あんたいくつ? お爺ちゃんじゃないんだから……」

「算盤現役の子に謝っとけ。あたしは算盤の子を応援してる派だから!」

「海松さん……もしかして、機械が苦手な人、なんですか?」

「ちっ、ちちちちがうしっ! ちがうからっ! バリバリのIT系だから!」

「すっごい弱点だって判るくらいには苦手なんだ。むー、役に立ちそうにない弱点だなあ……」

「議論を遮る様ならば、犯人認定させてもらうがよろしいかね?」

 一斉に黙り込む。田中は山鳩に目を向けた。友人を亡くした怒りに駆られていた様子にしては、気にかかる。茶雀とは対極的な意味で怪しくなってきただけに、不安を拭いきれない。

「これまでの疑問点をまとめた方がよさそうですね。何方か、お願い出来ますか」

「ボクが筆記しておいたんだ。よかったら、見てみるかい?」

「助かります。左から順に回してくれ」

 田中の指示に従い、アレックスはメモを回していく。全員の手に渡り、チェックが終わった。


『解消出来ていない疑問点

・ゴミ箱の中に無造作に捨てられていた物は、何時、誰が、どういう目的で棄てたのか?

(子供用の絹製手袋、濡れたハンカチ、ハンカチが入る大きさのポリ袋、袋の中の保冷剤、立体マスク)

・遺体の背中には痣の斑点があった。痣か、皮下出血か?

・遺体の鼻や口から垂れていた痕跡は血か?

・部屋は暖房がかかって温められていたにも関わらず、遺体にはチアノーゼ反応が出ている』


「4番目の項目は海松の発言を真に受けて書いたのか? それは必要ない……ん? おい、茶雀の件が書かれていないぞ。痣や皮下出血の他にも死斑の可能性だってある」

「茶雀の話も書くのかい? 何を書けばいいのかな?」

「茶雀はピッキングが出来る。それが意味するのは反対の施錠も可能だという事だ。加えて被害者の部屋に立入れないようにした事も載せてくれ」

「ボク、こういうコトには詳しくないから分からないんだけど、死斑って何かな?」

「死体現象の1つだ。血液が重力に従って沈む。すると、その重みで痣のような斑点が見られる。……そういえば、死斑の強弱も死亡推定時刻を測る一手だったな。カルマ!」

「前にも申し上げましたが、痣は濃かったですよ」

「う、すまないな。聞き逃していたようだ」

「俺には何が大事な事なのか分かりません。ですから、お願いします」

「ほいほいさー☆ オレっちに任せてね~」

「申し訳ないが、君は少し黙っててもらえるか」

「……!! ……☆♪!!」

 オシロサマの身振り手振りが激しくなり、表情も五月蠅くなる。田中は参りましたと両手を挙げた。

 やったね! と言わんばかりにオシロサマがサムズアップしてきたので、田中の頬がひきつく。

「アレックスって漢字上手いよな。オジサンと生まれ代わってもらいたいレベルよ~」

「ああ、海松はヘタだったよね。ガンバレ」

「通信講座頑張るっきゃないね。ドンマイ」

「――ねえ、カルマクン。キミにヒトツ聞きたいんだけれど――遺体の下肢は浮腫んでたカナァ?」

「……? そういえばそうですね、足先が……」

「OK,もういいよ。オレの聞きたい話は終わり」

「何か分かったのかい? オシロサマが掴んでいるものは、いったい何なんだ?」

「――真実ダヨ」

「真実? だったら、今すぐにでも――」

 アレックスが食い付き、オシロサマに追及する。オシロサマはニパッと笑い、両手を開いた。

「――なーんてね。あはは! 驚いた? イヤだなぁ、名探偵じゃないんだから問いかけひとつで解るワケないでしょ? もっと見縊っていいのよ、フフフフ~」

 さしものアレックスも困惑の色を隠せず、戸惑うように眉間へ皺を寄せる。気にするな、と海松がポンポンと肩を叩いた。


「次に死亡推定時刻だが……死後硬直が始まっていなかったという事は、死後2~3時間未満だろう。

死斑の濃さを考えるとそれ以上の時間が経過しているとも考えられるが、実物を見た訳ではないので保留する。

騒動が起こったのは、午後4時から午後4時半までの間だ。他の皆が現地に集合している合間、犯人は約30分間、自由行動を取る事が可能だった。とんだ遅刻魔だな」

「やっぱり、遠足が楽しみで寝坊してきた子が犯人かな」

「僕達が娯楽室に集まり、アレックスの勧めで茶雀が娯楽室を出たのは午後10時過ぎ。被害者が寝室に帰って間もなくだったから、精々が5分だろう」

「5時間もあれば、起き出したっておかしくないよね。彼は犯行計画に支障を来たす恐れがある不確定要素を何とか消したかったんだ。アリバイでもトリックでもなく、自分の体調管理がなってないってのもお笑い草だけど」

「其の可能性は高いが、引っかかる事があるだけに僕はそれを肯定する事は出来ない」

「回りくどい言い回しだなぁ~。なにが納得いってないの?」

「話を進めていけば解る」

「フフ、白いカラスもいるって言われたいのかなぁ?」

「茶雀が出て行った事で、僕達は解散した。せっかく彼女が復帰した事だし、遊ぶならみんなでと言う流れになっていたからだ」

「ハトちゃん……元気になってくれたのに、どうして……どうして、こんなの……」

 テグスは隣の空席を見る。鳩羽菖蒲はもういない。共に席を囲んで笑い合う幸せも、食事を摂る当たり前も、すべては手の平から零れ落ちてしまった。

「テグス……今は前を向け。俺の背中を叩いたのは、お前だろ」

「ああ、分かってる。すまない、緑」

「なーにがすまないだ、エラソーに言いやがって」

「わー!? ぐるし~よ~! ぐっ、ぐるじっ……!!」

 カッコよく決められそうだったテグスはあえなく山鳩のホールドに遭い、撃沈した。

「山鳩、君は席に戻りたまえ。わざわざ真反対の席まで向かうんじゃない。何の為に君達2人を離したと思っている」

「ダチもいない誰かさんが妬いたんだろ?」

「君達2人に無用な疑いがかからない為だっ!!」

 親しい仲の者達はなるべく対角線上に位置するよう、田中が考案したのだ。だからテグスは常に空席を意識してしまうような位置に居る。

「俺が茶雀さんと部屋に入ったのは、午後5時を指していました。被害者の部屋の時計が誤まっていなければ、間違いありません」

「すっごい怪しいけど、一応偶然って言う可能性や作戦のひとつに組み込んだって可能性も否定できないよね。だから、アリバイは娯楽室で解散してからでいいんじゃないかな」

「そうだな、皆にはそうしてもらおう」

「じゃ、白アピがてらぼくから言うよ。ぼくは物置で家具を探してたよ。ヒマだったから、インテリアに凝ることにしたんだ。昼食までアレックスに手伝ってもらって、海松はパシリに使ってたよ」

「アレックスとあっしの違いはなに!?」

「キモさの違いかな! 昼食後は自分の部屋でインテリアコーディネートに没頭してた。都合よくアリバイなんてないよ。ハイ、次」

「朝食時間は朝8時。昼食は12時。夕食は午後8時。火災報知器が鳴った際、山鳩さん、テグスさん、鶸柚さん、海松さん、トリロボスさんの5人は私室に居た事が確認されていて、騒動が鎮火するまで共に居ました。

一方、5人が食堂前で騒動の原因を発見した後、駆け付けて来たのはアレックスさん、田中さん、俺の3人。最後に来たのはオシロサマ。そうですよね?」

「そうだった、そうだった。記憶力イイね。カルマみたいな息子が欲しいよ、その前に嫁さんだがなハッハッハッハ!

……オジチャンは午前中、嬢ちゃんの付き合いで時間が潰れて、午後からはクッタクタに疲れたから娯楽室の酒場で酒呑んで、アレックスに止められてからは一緒に部屋に帰って後は部屋でゴロゴロしてたな」

「海松はいつも飲んでるんだ。ボクが止めないと、二日酔いになって生活リズム崩すまで飲むんだから……少しは気を付けて欲しいよ」

「ハハ、スマンスマン」

「俺は部屋で寛いでたぞ。ヒマだったから、筋トレしてたぜ。テグスは日記書いてたな」

「日記……? そういえば……」

「うん、日付をつけておかないと分からなくなりそうだから」

「オレはテキトーに娯楽室から酒を取り出して、お酒片手にお散歩してたよ」

「どの辺りかも聞いておきたいよね」

「そ・と」

「ハイアリバイゼロ。怪しさマックスなオシロサマのお次は誰かな」

「朝食は朝6時。昼食は10時。他は使用人部屋に居た」

「内容まで教えてもらおう。でないと証明は出来ないぞ」

「ハッ。疑いたけりゃ疑えよ」

「では疑わせてもらう。残るはアレックス、僕、カルマ、茶雀か。誰から言うんだ?」

「……。ボクは部屋に戻った後、少ししてまた物置に行ったんだ。探し物があって」

「では僕のタイムテーブルを言おうか。僕は朝食を終えた後、書庫で書物を漁っていた。

昼食に参加し、その後は騒動が起こるまでまた書庫に居た。カルマ、証言してくれ」

「はい。俺は娯楽室を後にしてから、体調が優れなかったので私室に居ました。昼食後からは、田中さんと一緒に書庫に籠もってましたね」

 田中が肯く。残るは茶雀1人なので、田中が促す。これまで縛られた体勢で唇を尖らせていた茶雀だが、意外にも快く答えた。

「おれはみなさんと解散してからぁ、ずっと書庫に居ましたよぉ?」

「は? あからさまな嘘を吐いて、僕の信用を落としたつもりか? 滑稽だな」

「うふふふ、嘘を吐いてるのはどちらですかぁ?」

「繰り返すようですが、俺と田中さんは午後からずっと一緒でした。茶雀さんの姿は一切見ていません」

「じゃあおふたりがグルなんですね、とっとと白状してくれませんかぁ?」

「この喋り方すっごくムカッとくるんだけど……!!」

「挑発されてる本人差し置いてキレたらあきまへんで~。ちょっ、オジサン無実無実!」

「問答無用ッ!! 第一、何でこの人がぼくの隣なんだよ! ムカツク! 生理的にムリ!!」

「ど、どうしよう、りっくん、海松さんが……」

「オロオロすんな。3日にいっぺんは起こる現象だろ。オヤジアレルギーなんだよ、あいつ」

「ちょっとそこ! 誤解させるような話はナシッ! ぼくは海松が嫌いなだけっ!」

「アレックス~! 鶸柚もんが虐めてくるよ~」

「オメーいくつだよっ!! つーか何で青ダヌキが虐めてんだよ! アレックスじゃねーのか!」

「茶雀は睡眠薬を飲んでいたから、間違いなく横になっていた筈だよ。そうでないと、危ないじゃないか。ボクは彼が安眠できるよう、ハーブティーも淹れていたんだ」

「茶雀の服用していた睡眠薬について、アレックスは分かるか?」

「ベノジール」

「ハルシオンだよ」

「多数決で茶雀さんの意見は無効化されました~。よし、茶雀犯人確定間違いなし。判決に移ろうよ。そして帰ろう!」

「ま、待てよ。まだ決まっちゃいねーだろ」

「なにさ山鳩? 茶雀が犯人だと困るような立場なワケ?」

「早く判決に移ろう。ボクも早く帰らないといけないんだ」

「あたしももうこの生活はコリゴリ。さっさとみんなで帰ろうぜ」

「早くしろ」

 痺れを切らせたトリボロスまで促してくる。テグスとカルマと山鳩以外、菜種の帰るという発言にすっかり目を輝かせている。無表情を保つ田中とトリボロスでさえ、その響きには心が躍った。

「分かり切ったことを洗い直して何の意味があるの? ぼくらはもう帰りたいけど、他の人たちはなに? 帰りたくないの?」

「納得がいかねーんだよ! そうだろ、テグス!」

「…………」

「テグス!?」

「テグスさん」

 カルマがテグスを呼ぶ。山鳩の声に耳を貸さず、独り俯き込んでいたテグスはカルマの方を向いた。

「彼女は枕許に防犯ブザーを置いていました。ブザーにつけていたのは、テグスさんが作ったキーホルダーです。

何より――彼女は祈るように手を折り重ね、お守りを握っていました。彼女は、祈ったんです」

「ッ……あのこは……かみさまに、祈ったのかな……」

「分かりません」

「あいつは……最期まで……クソッ!!」

 山鳩は机にドンッと拳を打ち付け、吠えるように叫ぶ。彼の顔は沈み込んだままだ。

「……あのこは、なにを祈ったのかな……」

「求めろ。そうすれば、与えられる。探せ。そうすれば、見つけられる。門を叩け。そうすれば、開かれる」

「……トリボロスさん?」

 テグスは眸を見開き、戸惑いを織り交ぜた顔でトリボロスを見つめた。トリボロスは手に巻き付けていたロザリオを手が真っ白になるまで握り込んでいる。

「フン……」

 トリボロスは腕を組み、顔を背けた。テグスは一度顔を伏せ、数秒後、勢いよく表を上げる。

「だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門を叩く者には開かれる。……俺は、門を叩く! 皆さん、手伝ってください! お願いします!」

 テグスは机に両手を置き、全員の顔を見渡して頭を下げる。俯いた山鳩は安堵したように息を吐き、菜種は難しい顔で考え込み、海松は顔を逸らし、茶雀は大きく首を傾げ、オシロサマは無表情で見返し、アレックスは悲しげにテグスを見つめた。

「おれはモチロン、そうしてくれたほうがありがたいですけどぉ」

「俺はどちらでも構いません」

「ま、きみが言うんじゃ仕方ないよね……いいよ、付き合ってあげる。感謝してくれよ?」

「オジサンは反対なんだけど、そういうの言える空気じゃないか、はあ……」

「オレは反対。以上」

「ボクも反対だ。茶雀の行動は、茶雀が犯人だと言ってるようなものだよ。だから、茶雀が犯人なんだ」

「好きにしろ」

「トリボロスまで言い出すとは思わなかったけどよ、俺は良いと思うぜテグス!」

「……まさか、君に良いところを持って行かれるとはな」

 田中は片手を持ち上げ、テグスを見据えながら柔らかに苦笑する。テグスが慌てふためき出すと、その手で制した。

「最後まで語り合おう。最後の最後まで。それこそが、彼女への弔いとなる」

 凛とした眼差しが全員を射抜く。それは1人足りとて、不正は見過ごさぬという姿勢だ。


「だけど、アリバイに関しては全員がないようなものじゃないかな。彼女の死因は分からないんだろう?」

「外傷性は低いという事だけだな。カルマの確認だけだから、保証はない。アリバイの証明をする為にも、1度此処を出て戻らないか」

 菜種が「休憩入れたいと思ってた!」と嬉しそうに出入り口へ走る。田中が「まだそうと決めた訳では……」と言いかけた時、菜種の悲壮な声が響き渡った。

「うっそ!? ねっ、ねえみんな! ドアが開かないんだ! どうすればいい!?」

 ドアは金属製の自動ドアだ。ドアノブはついておらず、菜種はドアを叩くが沈黙を保つのみ。他の者たちが駆け寄るが、やはり開く様子はない。

「……判決を下すまで、外に出すつもりはないらしい」

「……ボクたちは、閉じ込められたのか」

 アレックスの顔は青白く染まり、手が震える。手の震えを抑えようと、彼は右手で左手を押さえ込んだ。


「取り敢えず、ゴミ箱の中に棄てられていた持ち物について話そう。出所は何処だ?」

「子供用の絹製手袋は分かりませんが、ポリ袋は食堂や厨房、物置など様々な所にあったと思います」

「濡れたハンカチは……そういえば、柄や色は聞いていないな。意味があるとは思えないが、一応聞いておこう。カルマ、スーパーの商品だったな?」

「そうだと思います。ハンカチは無地のベージュで光沢がある、それなりに値が張る物でしたね」

「へ~、そんなのあったんだ。てか、ハンカチコーナーなんて誰も見ないよね、フツー」

「タオルは物置の中にあるしな。他の物運ぶついでに持ってくだろ」

「洗面所の中にあるタオルだけでじゅーぶんだって。山鳩は使いすぎ」

「んなコトねーよ」

「ねえ、オレ犯人と犯行方法分かったんだけど言っていい?」

「……反対意見はないようだ。言ってくれ」

 田中は周りを見渡して確かめると、オシロサマに向かってこくりと頷いた。オシロサマはにこやかに笑いながら、ショーでもするかのように礼をする。

 雫を蕾に咲き誇る薔薇は今日も健在で、眼帯の蝶が彼らを誘う。さあ、劇の幕開けだ――とでも言うかのように。


「犯人は当初、毒殺に見せかける予定だった。だから、わざと毒殺に見えるような手掛かりを残し、外傷を見せない遣り方で殺したんだよ。

目にはサングラス、鼻と口にはマスク、毒を染み込ませたハンカチが気化しないようにぷっ、ふふっ、保冷剤……! あはっ、あはははははっ!! 犯人は毒薬の知識を持ってなかったんだろうねえ! 揮発って単語もきっと知らないんだろう! ぶふふっ、滑稽だねえ!!」

「だけど、この中で子供用の手袋を嵌められそうな人はカルマぐらいだよ。きみはカルマが犯人だって言う気? 正気じゃないね、ぼくは知ってたけど」

「ああ、周知の事実だな。だが、それは手の平部分だけが濡れていたという点から説明可能だ。説明しろ、オシロサマ」

「ハイハーイ。それはですねぇ、手袋だから嵌めて使うモノって皆さん先入観に囚われてるけど、布代わりに使うコトだって出来るんだよねえ。

子供用にした目的? そんなの、毒は力のない女子供が使う凶器ってイメージを利用したんでしょ。カルマを犯人に仕立て上げるとしたら、強引な手でも使わなきゃいけないワケだしー?」

「ちょっとまってよ。どうしてそこまでカルマを犯人に仕立て上げたいのさ? 無理があるって。

カルマに恨みがあるって言っても、一部の例外を除いたらぼくら赤の他人同士でしょう?」

「人の接点なんて分からナイモノサ。それとも、他に見当たりそうな理由はあるのかねぇ?」

「……ないよ。五十歩百歩譲って、認めるけど」

「一応、茶雀さんがカルマくんを閉じ込めた理由の説明は出来てます。茶雀さんは初めて人を殺した影響で、錯乱状態みたいになってたのかも……それで、カルマくんとふたりきりになったから衝動的にムリヤリな手をとったしまった、とか」

「辻褄は合うね。ボクもそんな気がしてきたよ。ソレ以外に茶雀がカルマを閉じ込めておく理由が思い付かない」

「あ~、カルマ坊ちゃん頭いいもんなぁ。オッサン、知能犯カルマって説明されても信用しちゃうぜ」

「海松はホントに年齢気にせず疑うんだな……ボクは、あまり考えたくない。カルマ犯人説は視野に入れたくないんだ」

「アレックスお坊ちゃんはホントに人が良いねえ。あたしは平等に疑ってるつもりだぜ?」

「だったら、ボクも疑ってくれよ。疑われないのは、心苦しいよ」

 アレックスが胸に手を当てて海松に訴えると、海松は首を傾げて両腕を組む。

「難儀な性格してるっつーか、聖人みたいね、おまえさん。どういう環境で育ったらそうなるんだか」

「オハナシシチャッテイイノカーイ? キミらの友情話は横に置いといて~。

溺死って言うのは、顔面を洗面器に突っ込ませて暫く泳がせてれば勝手に溺死してくれるナイスなアイディアだ。素晴らしいよねえ、惚れ惚れしちゃうくらいにはさ?

彼女の鼻口部分から出ていたのは泡沫状の痰が乾いたものだ。これは溺死と肺水腫に見られる特異的な特徴なんだよ。

更に急死した人間は死斑が強く出る。血液の静水圧により小血管――毛細血管とかのアレね――が破裂するからだ。

彼女は髪が短いし、ドライヤーでサッとかければ髪は乾く。チアノーゼは冷感によるもの。部屋には暖房がかかってたんだしね?」

「顔も乾かして、残ったのは泡状の痰だったってこと? 静水圧ってなに?」

「おやおやおやぁ……うんうん、なるほど、お若いんだねえ。静水圧ってのは文字通り、静かな水の中での水圧を意味する。

なんで静水圧が関係するかって? それはだねぇ、人の子の体内には血液があるからなんだねえ」

「……バカにされてる気がする……」

「よくできまちたねーおーいよちよち」

「くたばれファッキュー!!」

「えぇー? キミがネタふりしてくるから、応えてあげただけじゃないのさぶーぶー」

「さっきのむくみがどうのこうのって話はどんな繋がりが?」

「浮腫は顔や手足の末端に水分が溜まる状態を指さしまーす。後の説明はメンドイから田中クンにパスで☆」

「……。例えば、就寝中。就寝中は身体が水平になっているので全体に水分が行き渡り、顔や手がむくむんだ。身体を動かす仕事は別だが、立ち仕事は足がむくみやすいという訳だ」

「だから、茶雀さんは本当に寝ていました。残念ながら鶸柚さん、海松さん、田中さん、アレックスさん方が其れを証明してくれますよ」

「ん? それってどうなんだろう。むくみが引くのは、時間が必要だよ。茶雀は見るからに血行が悪そうだし、数十分そこらじゃ引かないと思うんだ。だったら、むくみは何の証明にもならない。違うかい?」

「では何か。君は彼が犯行を起こす前まで爆睡していた、犯行の直前に目覚めたと? 茶雀が朝食に同行していたのは、君も知っているだろう」

「朝食が始まったのは午前7時50分、朝食と朝食後のティータイムが終わったのは午前9時30分だった……かな。朝食に遅れたのはカルマくん、オシロサマさんで、10分ぐらいの違いだったと思うよ。

昼食が始まったのは12時5分。遅れたのはカルマくん、田中さん、鶸柚さん、海松さん、アレックスさんだけど鶸柚さん達3人は20分遅れてた」

「って、ぼくらすっごい休日満喫してるタイムスケジュール……」

「殺し合いに怯えながら、休日なんて満喫したくないですよぅ」

 唇を尖らせ、眸を細めながら茶雀は不満をつぶやく。菜種は肯きかけ――「さ、殺人犯には賛同しないしっ」とあわてて否定した。

「たらふくお水を飲んだ茶雀クンが浮腫んだ顔でか弱き乙女を溺死させたでいいじゃない。オレ大正解大正義ってね~」

「貴様の推理は信用ならない。貴様の言動は鼻持ちならない。それ以上の理由が必要か?」

「いらなーい。でもね、ヒヒッ、オレちゃんの忠言聞かずに後悔してもオソイからねー?」

「オジサンも決め付けはよくないと思うぜ~。茶雀庇いたくてしょうがないようにしか見えんしのう」

「それはありませんから、御安心を」

「有り得ないな」

「そんなの、あたしたちには分かんないだろ。矢張りさっきから、茶雀を庇ってるようにしか見えないよ。あたしんの中じゃ確信に近付いて来たかな」

「分からなくもないけど、んー、テグスは白いからなぁ。カルマと田中は何か隠しごとしてそうだなーって思うよ。アリバイ言うのも最後だったし、あれじゃ嘘吐くのも簡単だよね。

アレックスはあの様子が演技とは思えないし、逆に田中とカルマは冷静過ぎる。犯人を指名するまでここから出られないってこのふたりは知ってたんじゃないのかなあ?」

「マジかよ、田中、カルマッ……!?」

「さっきまではアレックスさんも圏内だったけど……アレックスさんは、ちょっと、疑えないかな……あれは、ホントに知らない人の反応だと思う」

「僕は人を殺していない。言える事はそれだけだ」

「俺をどう思おうと構いません。ですが、後悔だけはしないでください」

「じゃあさ? さっきから茶雀犯人じゃない説推してくるけど、それだったらきみたちの考える真犯人ってやつはだれなのさ。オシロサマが犯人の可能性はないの?」

「確信は持てない。茶雀の可能性はある。だが、茶雀の行動が不可解だ」

「……それこそ、カードのせい、じゃないの?」

「カード? ……そうか! 茶雀が殺人者を庇うような役割に就いていたら、ここまで不審な行動も説明が付く!」

「ごめん、ぼく言っててきみの話わかってないんだ。説明してくれる?」

「茶雀はカルマを殺さなかった。何故だか解るか? もし茶雀がカルマを殺してしまえば、自分まで殺人者になってしまうからだ! 石碑には書かれていただろう、殺人者以外の役が殺人を犯せば罪からは逃れられないと!」

「ほうほう。すごいじゃん田中! 見直したよ! 120ルピアぐらい!」

「ルピア? ルピーじゃねえの? よく解んねえけど、よかったな」

「……話を先に進めるぞ」

 田中は苦々しい顔で重々しく言う。菜種はあははーっとぺろっと舌を出して笑った。海松が「爽やかにヒデェのね……」と自分が言われたような表情で呟く。

「でもさ――ぼくはこう考えたんだ。茶雀がカルマを殺せなかったのは、ルール上の問題だって。この手の物だとルールは何よりも尊く守られるべきだ。クソくだらない遊戯を創り出した黒幕と黒幕が手塩にかけて選んだ裏切り者以外はね?」

 菜種は両手を広げて肩を竦め、皮肉がかった物言いとニヒルな微笑で口許を歪ませる。その仕草を見た田中はオシロサマに似ているなと感じたが、怒られそうなので黙っておく事にした。

「結論から述べると――こうした話し合いと投票と言うシステムが設けられているのならば、人殺しを制限するルールも作っている筈だとぼくは判断したんだよ」

「なるほど。それは非常に納得がいく」

「でしょ? でも、次はきみにこう言う。だが、何故1人と言い切れる? 1人では事故が怒り易いし、2人以上は殺してはならないというルールの方が真実味はあるだろう、ってね」

「……だが、何故1人と言い切れる? 1人では事故が怒り易いし、2人以上は殺してはならないというルールの方が真実味はあるだろう」

 田中はほんの数秒口を閉ざし、肩を落とし掛けたが、顔を斜めに俯かせて額に手を当てると淡々と紡いだ。菜種はきゃっと両手でぱんっと叩き、嬉しそうに笑って優雅に一礼する。

「ぼくと踊ってくれて、ありがとう。ぼくもそれは考えた、でもさ、そうすると他の人間が殺人を犯したらどうなる?」

「なるほど、殺人者自身と殺人者の仲間が殺人を犯し物理的に数を減らせば、村人たちは敗北する。

無論、そのような物理的手段はルール上規制が入っていると考えるべきだが、それでも呼び出された者達の中には都合の悪い者と都合の好い者に分かれる」

「そ。脳筋だっている。それに何よりも考えてみて? あの石碑は伝えてるんだよ。

このゲームで殺人者は孤独で、味方も何もいなくても――村人は狂人になれるし、村を裏切ることは出来るんだ」

「……審判の間が開放されていたなら、誰しもが狂人になる可能性を孕んでいた。鶸柚さんの仰りたい結論とはそういう事ですか」

「うん。ぼくはPPのときを思い出したんだ。ぼくはそんな皆殺しにするのと大差ない方法をGMが許可しているとは思わない。

ムカツクけど、こういう役のルールってオシロサマが教えてくれたあのゲームに似てるじゃない?」

「――汝は人狼なりや?」

 オシロサマはニッコリと微笑んだ。田中の肌にぞわりと鳥肌が立つ。田中は険しい顔で聞き出した。

「どういう意図で選んだ?」

「似てるからさぁ、素敵なコトだと思ったんだよ。オレスゴイでしょー? あれが元ネタじゃなくってもさ、参考になるじゃん?」


(……そういうハナシか。アレを練習台に……)


「ゲーム上、初心者の初心者では人狼の方が有利だ。全員がセオリーどころか空気も掴めていないだけに、人狼があからさまボロを出してもバレにくい。

感情吊に走りやすいし、残りの吊数や偶数・奇数に意識を割いて行動方針を立てるのも難しい。

攻略に関してはチェスや将棋よりはハードルが低いとはいえ、典型的な対人ゲーなだけに様々な思考を持った人物と協力する必要がある。それだけに乱数も生まれる。シキミとシイの実を間違えて食中毒を起こすように、逆転敗北を手にする可能性だって最後まである感動的な遊戯だ」

「……きみ、友だちからおまえとだけは桃鉄も大乱闘もしたくないって言われない?」

「何の話だ?」

「フフフフ、それじゃあさ、ブラジルで1羽のワタリガラスの羽ばたきがテキサスで台風を起こさないと命題にして、キミはどうやって証明するのかな?」

「大鴉が書き物机に似ているのはなぜか?」

「おお、コワイコワイ。実にナンセンスだ」

「きみが言うと、まんじゅうがこわいみたい。それでさ、海松からするとちんぷんかんぷんな言葉遊びはよして、フツーに話そうよ。

あいにくとぼくはマップもロクに見ずに朗々とした名推理を急く愚かな警部かんきゃくだからさ」

 両腕を組んで己を卑下する菜種は口端を吊り上げ、早くしてよとばかりに手のひらを返す。田中の頬が引き攣り、思わずため息を吐きそうになった。

「僕は名探偵じゃない、ド素人も良いところだ。だが、君の発言は尤もだな。

仲間が居ようと居なかろうと、人狼は1匹と確定している。ならば後は私刑にするだけだ」

「ワタリガラスは明白だ。だけどもだけども、主人公はあくまでも“わたし”。キミは“わたし”なのだろう?」

 オシロサマは瞼を閉じて呟くように問う。否、其れは規定された作業の確認だ。それは独言などではないが、“彼”には誰を指しているか掴めない。

「ああ、言えてるね。確かに人狼は主人公だ。だってたった1人しかいないもの!」

 肩を窄めた菜種は皮肉気に口端を歪めて笑う。反感のこもった視線が彼を取り囲んだが、返って来たのはやけっぱちな笑みだけだった。


「しかし――カードが殺人を教唆する役割でしかないと言うのは納得がいったが、やはり犯人候補を言及すれば殺人者とその仲間以外は考えられないように思う」

「どうしてだい?」

「動機が無い。事故や魔が差したなどと言う理由でもなければ、そうないだろう。

此処から出たいと言うのは共通の意志だが、人を殺せば外に出られると確証を持った人間は敵陣営くらいなものだ。

僕達の中に村人やそれに類する役職で、そういった情報を貰った人間が居るのか?」

 全員に役職を確認してみるものの、皆、自分は村人だとしか主張しない。例外的に怪しい反応を示したのは口をもごもごとさせたテグスだったが、山鳩が「テグスも村人だっつの!」とテグスの主張を先制する事で追及を逃れた。

「……そもそも、オッサンらはハトお嬢さんの衝撃的告白で自分の役職を言いそびれただろうに。

ホントの意味で信じられるのは、アルテミスだって証拠を見せたそこの嬢ちゃんくらいでしょ」

「否定はしない。だが、僕は自分なりに推理を進めて来た筈だ」

「人殺しなら率先して自分が犯人役に指名されないよう、探偵役として主導権を握ろうとするんじゃないのかね。

これまで仕切って来たのはアレックスだったのに、急にしゃしゃり出てきたあんちゃんを信じるにゃどうにも決め手に欠ける」

「アレックスの事は信じて、僕の事は疑うと言いたいのか」

「そんなんじゃねえよ。どちらにせよ、おめえさんが犯人だってんならもうオッチャンらは詰みの段階だ。

だったら、信じるしかねえ。つってもどうせなら、嬢ちゃんとアレックスに先導してもらいたいと思ったのさ」

「そこまで言うなら、君自身でやればいいだろう」

「あたしの性に合わねえんだよ。そういう、“リーダー”ってのは。それにオッサンはそんなに白く見えんのかね?」

「見えないな」

「ガッハッハッハッハ! そりゃま、そーだな。でもまぁ、オッサンがアレックスを信じるのはちゃんとした理由があるんだぜ。

アレックスってのはバカな男なんだよ。初めてアレックスの部屋に入ったとき、オッチャンはお嬢さんの件もあって警戒してた。

だってのに、この男は会ったばかりの人間に背中を向けるときた! こりゃあ、参ったねって思わず笑ったさ! 今でもあのときを思い出すと……」

「海松! そんなに笑わないでくれよ。客人を持て成そうって思ったんだ。まだ、あのときは部屋になにもなかったから出来なかったけど、今はお茶だって用意するよ」

「アレックス、それは無警戒過ぎやしないか……?」

「背中向けちゃ何か不味いのかよ? フツーじゃねーの?」

「山鳩は外国に旅行したら、捌き易い鴨になりそうだな」

「ボクはみんなと同じ立場だ。鶸柚が適任だよ」

「ぼくはそういうの苦手だから、田中でいいよ。おかしなところがあったらみんなで突っ込んでよ。さすがにぼく1人だけ村陣営って話はないじゃん?」

「それでは……こほん。カルマが茶雀と部屋に入ったのは午後5時頃。

亡くなる前の彼女が激しい運動をしているとは考えられないし、また彼女の健康状態は悪く体型も痩せ型で筋肉は無い方だろう。

よって死後硬直の始まりは遅いと考える。素人考えではあるが、その時点の死後硬直の度合いから死後2~3時間未満と推定しよう。

死亡推定時刻は午後2時頃から午後5時前までになる。しかし、騒動が起こった時以外でのアリバイは全員が無きに等しい。

確信が持てないのは辛いが、犯人の心理を考慮するとボヤ騒ぎが起こった時間帯に犯行が行われたと見る事が筋だろう。

ボヤ騒ぎの騒動が作為的であれば、テグスと犯人役が居る。しかし、テグスは度忘れからくる事故だと主張している以上、情報は引き出せない。

ボヤ騒ぎが偶発的に起こった事故であれば、犯人は騒ぎに乗じて犯行を行った事となる」

「ごめんね、ハトちゃん、ごめんね……」

「それは共犯としての自白なのかい?」

「君のせいではない。魔が差しての犯行であろうと練られた上での犯行だろうと、何れは起こる事件だった。それだけだ。

犯行の手口から、溺死や薬物中毒であれば計画的犯行、単純な窒息死であれば衝動的・計画的犯行の両者どちらもが有り得る」

「実はテグスと茶雀ともう1人誰かが犯人グループで、陽動がテグス、押さえ付けたのが茶雀、実際に殺したのはその誰かだから、茶雀が自分から目立ちに来てるんじゃないかってオッチャン思うんだけどどうだい」

「それだとオシロサマの話とも符合します……けど。俺は、ちがいます、犯人の仲間じゃないです」

「口じゃあいくらでも言えるにしたって、そのぐらい弱っちい否定じゃ怪しいだけだぜ」

「俺が犯人達と相談し合えるような時間はありませんでしたし、あったらそもそも山鳩が勘付くはずです!」

「は~、そんな身内ネタでの反論じゃ突っ込むだけ野暮かね。それでオッチャン考えてみたんだけど、嬢ちゃんが亡くなるまでにかかった時間ってのは考えなくていいのかい?」

「……盲点だった」

「おいおい、シッカリしてくれよ、名探偵」

「貴方まで何を言う……彼女の死因を考えれば、溺死だと被害者の抵抗が無ければ急死も考えられるが、他は時間がかかる。となれば、カルマが部屋に入って来た時、彼女がまだ生きていた可能性は考えられるだろう」

「だから、カルマは犯人じゃない。そう言いたいのは分かるよ、田中」

「でーも、それが怪しいよね、今のはナチュラルなフォローだった」

「かなり露骨ですし、本当にこの人たちは違うのかもです……」

 アレックスが優しく語り掛けてくるが、菜種はこくんと頷きながらも田中へ目を光らせている。自信なさげに俯き込むテグスだけが否定的だった。

「少しいいですかぁ? 実はおれ、大事な事をお伝えしていなかったんですけどぉ……」

「え~、今更何言ってるのさ?」

「……だって、信用ゼロですもん、がんばったって無意味じゃないですかー。だけど、言うだけ言っておいたほうがいいかなって。

あのですねぇ、ピッキングをしたのはおれじゃなくカルマさんで、カルマさんがおれを閉じ込めたんです。

すっごく怖かったんですよぉ、死にたてホヤホヤさんとご一緒したときは最初もう怖くて怖くて……何時間も一緒にいたら、恐い通り過ぎてどっかいきましたけどねぇ~」

「御冗談を。俺はかように外道な手段は用いません。第一、体躯の小さな俺がどうやって貴方を閉じ込めるのですか。理解し難いですね」

「あなたが体当たりしてきたんじゃないですかぁ、健忘症なら医者に診てもらうべきですよぉ」

「貴方が睡眠障害を患ったの間違いでしょう。睡眠薬の副作用が出ましたか?」

「ウフフフフ……信用差では負けてます。だから、おれが正しい事を言ってもおれが嘘になる。いいんですよぉ、べつに……?」

「鍵開けを試したのは茶雀さんです。第一、俺は他人を殺す事が出来ない。被害者に為るだけですよ。非合理的だ」

「しつこい悪足掻きだよなぁ、やっぱイカレたのが犯人か。この調子じゃ他と手を組むのもムリだろさ。

前言撤回、犯人は紛れもなくこのクレイジーだ。さっさと投票しちまおう。サイコパシーを放置するにゃ忍びねえぜ。祝杯もあげたいしな」

 海松は酒が切れてきたと不満を漏らす。被害者が小柄な女性と言う事、犯行時刻のアリバイ、死因などから容疑者は絞り込めず、こうして議論は停滞してしまった。

(なにか……なにか……なにか、ないのか? 信頼関係が無いだけに共犯の線は考え難かったが、カードがその隙間を埋める役割を果たしているなら、海松と鶸柚の発言には説得力がある……駄目だ、やはり……)

「失礼な事言わないでくださいよぉ。彼女は生きたあなたたちよりもよっぽど、物静かで優しいひとなんですからぁ。

遺体は何も語らない。そりゃあ、血や臓物が出てたら怖かったと思いますけど、見ての通り、綺麗な御遺体でしたから……それはもう、綺麗でしたよぉ……うふふ、ふふふふふ」

(……茶雀以外に犯人だとは、考えられない……)

「……僕なりに考えてみた結果だが、やはり茶雀が犯人だろう」

「それはいいんだけど、いいの?」

「ああ。ずっと納得のいかないところは、鶸柚の説明で納得した。すまなかったな」

「ほらー! ぼくの言ってるとーりじゃーん!!」

「それなら、茶雀は殺人者を庇ってるふりをした真犯人ってコトなのかな?」

「間違いない。元々、彼は1人だけアリバイの無い状況に居た。ボヤ騒ぎを起こしたのはテグスだが、テグスが調理していた事を忘れていたせいで起こった偶発的なものだ。

彼は睡眠薬を服用して眠っていただけに周りの音が入ってこなかった。もしくは、起き掛けで意識が朦朧としていた。これは睡眠薬の副作用だ。

しかし、後から状況を理解し、これは好機と見て彼はこの機会を利用した。自分があからさまに怪しく動けば、何人かはそれを訝しがって深読みし、他の人間が殺したのではと疑い出す。

申し訳ない、見事に僕は茶雀の思惑に踊らされていたようだ」

「よっしゃ! これでやっと生きて帰れんだな! マジ死ぬかと思ったぜ! なあ、テグス!」

「善は急げ! 酒が飲めなくなるのは惜しいけど、やーっとこさわけのわからん事態から抜け出せるんだ!」

 全員が安堵したように笑い合い、我先にと投票のパネルを押し出す。そこで――テグスが蒼褪めた顔で叫んだ。

「待ってくれ! ちがう、これは違うんだ! みんな、思い出して!」

「もう押した」

「ええっ? 俺も押したぜ?」

「ボクも押してしまったよ」

「俺も押しましたが……残念でしたね」

「押してないひとはだれ!? 手をあげてっ!!」

 挙手したのは、田中、菜種、海松、オシロサマ、茶雀、テグスも合わせて6人だ。

「6人なら大丈夫……まだ、間に合う……みんな! 思い出してほしいんだ。こんなことは言いたくなかった、でも――山鳩は敵だから」

『…………ッ!?』

「お、おい、テグス、なにいって……」

「俺のカードはアポロンだ。アルテミスと対を為す役割を持ち、同じ陣営に属してる」

「えッ? お、おい、テグス……」

「就寝時、夢の中で監視役の白き鴉から全員分の報告を聴く事が可。ただし、監視役の白き鴉が死んでいれば聴く事は出来ない。殺人が起こった際は自動的に全ての鴉が喪に服し姿を消す。

手紙にはそう書かれてあった。鶸柚さんが殺した鴉は自分の分だけ。だから、俺は知ってるんだ。

保冷剤を部屋に持ち入れたのは、山鳩、海松さんの2人だけなんだよ」

「はあっ!? あのカラスってそんな意味があるのっ!?」

「鴉!? 何の話だ!?」

「人のプライバシーを蔑ろにしたってぇ!? 女の子の着替えも見たってワケか!?」

「鴉? そんなもの、何処に居たんですか? 監視カメラは見付かりませんでしたが……」

「えっ!? な、何言ってるのさ?」

「鶸柚さん、鴉が去って行ったのは午後5時0分。カルマくんと茶雀さんが彼女の部屋に居た時です。そうですよね?」

「ま、待ってくれ! 彼女が死んだのは、何時だって!?」

「う、うん、カラスがいなくなったのは、5時過ぎだったと思う……追いかけて行ったんだけど、バルコニーから飛び立っていったところで見失って……隠し扉みたいなの探したんだけど、やっぱり何も見付からなかった。羽根一枚だって……ぼく、夢でも見てるのかな……?」

 誰も彼もが茫然とし、立ち竦む。今までの常識が引っ繰り返されたような衝撃が胃腸六腑を走り抜く。

「ま、まってください、本当にあのひとは死んでいて、瞳孔も脈も心臓も……」

「矛盾する」

「――まさか、貴方は俺を――」

「ああ、そうだよ。だいじょうぶだ、俺も犯人候補に入る。だから――勝負してくれるよね、カルマくん?」

 テグスは真剣な表情でカルマを見据え、発言する。カルマは青白らんだ顔を憔悴させ、汗を垂れ流しながら首を振る。

「なにを――何故――アポロン――!? わ、訳が分からない。俺は違います!」

「先に言っておくよ。俺は自分のカードを言えなかった。それは俺のカードがこういった特殊な役割を持った物だからだ。

このカードは諸刃の剣。鴉が目に見えているのは俺と鶸柚さんだけ。アリバイの証明といっしょだよ。

俺は自分の潔白を証明出来ない。だけど、俺は敵の陣営じゃない。だから、俺は精一杯の誠意を持って接するしかなかったんだ」

「犯人候補に入るって言うのは?」

「俺がアポロンだって証明出来ないから。カードは部屋に置いて来たんだ。俺が嘘を吐いてるんだとしたら、俺も怪しくなる。

俺と山鳩のアリバイは成立しない。遅効性の毒だとしたら騒動が起きた時間に彼女は殺されたと印象付けて、実はその前って考え方も有り得るからだよ」

「まっ、まてまてまてっ! 死因は溺死だろっ!? オシロサマ、そうだと言ってよオシロサマー!」

「血を薄めて鼻と口に垂らしたら、溺死の偽装は出来るだろうねぇ。むくみは女性のお悩みに付き物だし? 顔から垂れ流れた体液なんて拭い取ればいいだけだしねえ?」

「オシロサマー!? 何言っちゃってんのォ!? あたしはカンペキに溺死と決め付けてたのにどういうこった!?」

「ヘエ。医者でもない警察関係者でもない上に他人から遺体の話を聞いただけのオレのお話の信頼性ってそんな高かったのー?」

「……ない……がない……よな……ない……」

「俺が中毒死を誤魔化したって言うんですか?」

「テグス。毒ガスと呼ばれる殆どのものは液体だが、通常は刺激臭から毒ガスを吸い込むのは難しい筈だ」

「彼女は衰弱していて、それも急な出来事に動揺して失神したら? ビックリして過呼吸起こし、そこでハンカチで塞がれたから呼吸が出来ずに失神してしまい、その時に吸ってしまっただとか」

「過換気症候群は血液中の二酸化炭素濃度の低下により起こるんだぜ。酸欠とは真逆なのよ。オッチャン、姪っ子がそういうのかかってたから知ってるよん」

「真逆とは正しくない表現です。空気清浄器も稼働していましたが、毒ガスの線は考えにくいでしょう」

「空気清浄器ってそんなに使えるのかね? メカに弱いオッサン、いまいちピーン! とこないんだけど」

「効果よりも使われているという事実が大事だよ。毒ガス特有の刺激臭を消し去りたいという犯人の心理が見てとれる、かもだし? ああもうっ、いみわかんない、犯人ってだれ!?」

「――俺が狂人です」

 ピタリ、と空気が止まる。全員が息を呑んで、たった1人のちいさな少年を見つめた。


「俺は狂人。御主人様に尽くす忠義の人間。俺の御主人様は何方でしょう?」


「……げ、ゲームをやってるんじゃないんだよ!」

「ええ、もちろん。理解した上で言っています」

「それなら、カードを見せてもらえないかな。カルマ、話はそれからだよ」

「カード? 役職説明書? そんなもの、焼き捨てましたよ。当然でしょう、ボディチェックや部屋の確認などは想定済みです。であるならば、相応の対策はさせていただいておりますよ」

「どうして想定出来たのかな」

「何も知らない愚かなる村人ならば、不安から皆に相談しようとするでしょう。訳の分からない物を1人で抱え込もうとする奇特な人間も居るかもしれませんが、村人の数がそれなりに居れば最低1人は相談しに来る筈だと想定するのはとても容易な事でしたが?」

「……」

「なにか、問題でも?」

 少年は不敵に微笑み、優美に指を肘に添える。組んだ腕に持ち上げられた顎、高慢に見下ろされた双眼は、王者だけが持ち得る支配者の光を放っている。


「ふふふ……面白い。そうきましたか。それじゃあ、おれはこう言いましょう。おれが――殺人者なんですよぉ?」


「茶雀……!? 自白したのか!?」

「違いますよぉ? おれは人を殺したんじゃありません。役上の話です。おれは殺人者だけど、人殺しじゃないんですぅ。ふふ、納得していただけました?」

「でっ、出来るわきゃねーだろっ!! 何言ってんだ!?」

「おれは殺人者ですから、おれの命令に従ってくださいねえ?」

「貴方が殺人者だと証明出来る根拠は?」

「そのような証拠は処分済ですう。残しちゃうようなお馬鹿さんは、要らないでしょう?」

「ええ、主人には相応しくない。しかし、これで貴方は自身が主人だと証明出来なくなった」

「人狼なら村人の騙りは禁止されているけど、これは人狼じゃない。どういう意味だか解るよね、カルマ?」

「分かりませんね」

 アレックスが問い詰めると、カルマはシラを切る。オシロサマはクスクスと笑いながら、山鳩に笑いかけた。

「往生際が悪いねぇ。少し頭を回せば判るコトだよ。ねえ、山鳩クン?」

「っ、そうか! カルマは村人で、狂人を騙ってる! 真犯人を炙りだすつもりか!」

「山鳩の言うことが正しいなら、真犯人はやっぱり茶雀で、勝負に出たってことだ。うん、ぼくが当たってたんだ、やっぱり!」

「ボクも混乱したけど、どうやら鶸柚の言う通りにすれば問題ないみたいだよ、みんな!」

「おっしゃー! 色々パニくったが、嬢ちゃんらが言うなら間違いなーし! みんな、押せ押せ! オッサンはもう押したぞーい!」

 解放感から、皆が次々に犯人を押していく。最早、躊躇う者達に迷う権利は与えられない。

「ッ――ごめん、カルマくん、俺のせいだ……!!」


 全員が押し終えると、各人の画像の下に数字が浮上する。これで誰に何票入ったかが判るシステムのようだ。


【投票中です…………】



【 アレックス 0票

  オシロサマ 0票

  カルマ   1票

  田中始   0票

  茶雀璃寛  6表

  テグス   0票

  トリボロス 0票

  ハト    1票

  鶸柚菜種  0票

  海松若菜  0票

  山鳩緑   1票 】



【投票の結果、コスモスの勝利が確定しました!】


「……ま、鸚鵡は嫌いだからちかたない。ドンマイ、か弱いラピュセルちゃん」


 ハッピーバースデートゥーユー! ハッピーバースデートゥーユー! ハッピーバースデートゥーユー!


 お祝いにケーキをたべよう。ケーキを食べよう。ケーキを食べよう。おいしいおいしいケーキを食べよう。

 デザートのストロベリータルトは甘酸っぱくておいしいな。チョコレートソースにつけたらもっとおいしいよ。

 メインはパンケーキ。おいしいおいしい朝ごはん。お日様といっしょにいただきます。蝋燭を何本も差してもぐもぐもぐ。


 ハッピーバースデートゥーユー! ハッピーバースデートゥーユー! ハッピーバースデートゥーユー!


 お祝いにケーキをたべよう。ケーキを食べよう。ケーキを食べよう。おいしいおいしいケーキを食べよう。

 デザートのストロベリータルトは甘酸っぱくておいしいな。チョコレートソースにつけたらもっとおいしいよ。

 メインはパンケーキ。おいしいおいしい朝ごはん。お日様といっしょにいただきます。蝋燭を何本も差してもぐもぐもぐ。


「ハッピーバースデートゥーユー!」」「Happy Birthday to You」「ハッピーバースデートゥーユー」「ハッピーバースデートゥーユー」「Zum Geburtstag」


 さあ――どうぞ、召し上がれ! 食べ終わるまで、パーティーは終わらない! うれしいうれしいパーティのはじまりだ!




 ハロウィンも終わり、文化祭の季節が訪れる。彼女は窓の外に聳える銀杏並木を眺めていた。

『きゃー! ヤバくない!?』

『カワイイー! クソカワイイんですけどぉー!!』

『くっそかわ~っ!! ねえねえ、あーんして、あーん!』

『ニコイチやめろよ~!』

 近くの教室からは賑やかな姦しい会話が聞こえてくる。甲高い声を耳にした彼女は、振り向いた。家庭科室、とネームプレートに書かれてある。

 ケーキが焼き上がるいい匂いに寄せられたのか、鳩羽は家庭科室に吸い込まれるように足を踏み入れた。

 中に居た女子高生たちは生活部の部員で、中には親しいクラスメートも混じっている。文化祭で喫茶店を開くようで、メニューの品を試しに作っている最中のようだ。

「いい匂い~。ねね、私にも味見させてよ!」

「いいよー。よかったらいっしょにつくる? てか、てつだってー」

「りょーかい!」

「じゃ、これ混ぜて!」

「これってどう!?」

「う、うおお、イエローケーキ……蛍光色……あ、アメリカンだね!」

「可愛いと思ったんだけどな~」

(そういえば、クロも洋菓子が好きだったな……作ってあげたら、すこしは元気になってくれるだろうか……)

(あのこもいっしょにくれば、しあわせになれるのにね?)

(っ……そんな筈がない。……あいつも彼もどうして……2人の接点なんか、私が作ったあれ以外に無かった筈だし、あの後から2人は欠席を繰り返してて、実質私独りで調査をしていたんだ……!)

「何故なんだ……! いったい、なにが……?」

「もーう! 売ってる着色料でかわいくデコっただけなのに、ヒドイ!」

 はっとした彼女は目の前に並んだアイシングクッキーとケーキを眺め、にっこりと笑って「冗談だって~。すっごいカワイイよね!」取り繕う。

 女子部員たちは手作りのジンジャーマンクッキーを口に運び、おいしいおいしいとあふれんばかりの笑顔を披露していた。

 彼女も笑いながら、ミキサーでボールの中の卵白を泡立てる。白い、白い、ボールの中の白い雪景色。

 家に帰ったら、友人の為にケーキを焼こう。彼女の大好きなぶどうジュースといっしょにみんなで食べよう。

 そうすれば、もとどおりの一歩に近付く。きっと、きっと、いつかは乗り越えられるはずだから。そんな事を想いながら、彼女は忘れる為のケーキを作り始めた。


 ――そして、みんなはまたいつものパンを食べる。




 BAD END……?

これもひとつのオワリのカタチ?

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