完璧な女の子
少し不思議で、少し切ない恋のお話です。
最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。
この子以上に完璧な女の子は居ない。
少なくとも僕が生きてきた十八年の中では、最高のレベルである。と、思う。
テレビ画面の向こうで、彼女は歌っている。
眩しいほどの照明を浴び、大勢の観客を前にして、
それでもまるで僕一人に向かって歌っているかのように笑っている。
僕の憧れ。
手を伸ばしたところで決して届かない虚像。
一般的に言うところの――「アイドル」だ。
大きくきらきらとした瞳。
いつだって綺麗に上がった口角。
透き通るような白い肌。
手足はすらりと細いけれど、心配になるような細さではない。
健康的で、それでいて女性らしい身体のラインは、
最初から完璧な比率を計算して作られたみたいだった。
長い髪は艶のある黒。
ダメージなんて言葉とは一生無縁なんじゃないかと思うほど綺麗な髪が、
今日は高い位置で二つに結ばれている。
彼女が踊るたび、さらさらと揺れるツインテール。
それすら憎らしいほど美しい。
美鈴。
それが彼女の名前だ。
正直、この子はアイドルという枠ではないと思っている。
完璧すぎるのだ。
どこを取っても。
今どきのアイドルは、もっと人間臭い。
SNSを更新して、ファンと交流して、
握手会だとかイベントだとかで、
運がよければ実際に会うことだってできる。
熱愛が報じられることだって珍しくない。
けれど、美鈴にはそれがない。
SNSをやっているという話も聞かない。
握手会もない。 ライブもない。
バラエティ番組にも出ない。
考えてみれば僕は、美鈴を歌番組以外で見たことがなかった。
それなのに彼女は有名だった。
新曲を出せば必ずランキングの上位に入り、
歌番組にも呼ばれる。
でも、それだけ。
僕たちが知っているのは、
ステージの上で歌っている美鈴だけなのだ。
表現として一番近いものを挙げるなら――
僕の好みをそのまま具現化した、二次元の女の子。
そんなところだろうか。
そして、さらに美鈴の魅力を語るとすれば――
「……ぃちゃん」
まず声だ。
いや、今のは美鈴の声じゃない。
「……にぃちゃん!」
うるさい。
今ちょうどサビなのに。
「お、にぃ、ちゃ、ん!!」
「うわっ!」
突然耳元で響いた大声に、
僕は現実へ引き戻された。
振り返る。
そこにいたのは、
二歳年下の妹――加奈だった。
「なんだよ」
至福の美鈴タイムを邪魔された僕は、
露骨に不機嫌な声を出した。
加奈はそんな僕を見て、呆れたようにため息をつく。
「なんだとは何よ。美鈴ちゃんばっかり見てないで、
たまにはリアルな女の子と恋愛でもしたら?」
「余計なお世話だ」
ごもっともではある。
しかし、それとこれとは話が別だ。
少なくとも美鈴が歌っている三分四十七秒のあいだくらい、
現実の女の子の話なんて忘れさせてほしい。
「で、何か用?」
とにかく早く加奈には退散してもらいたい。
とはいえ、わざわざ呼びに来たのだから何か用事があるのだろう。
それに加奈は、こういうとき適当にあしらうと後々面倒なのである。
すると加奈は、なぜか僕の隣に腰を下ろした。
「加奈ね、ちょっとお勉強がしたくて」
「勉強?」
珍しい言葉を聞いた。
「お前からそんな単語が出てくるとは」
「失礼なんだけど」
加奈が僕の脇腹を小突く。
「で? 数学? 英語?」
「違うよ」
加奈はそう言うと、制服のスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。
そして、画面を僕に向ける。
「これについて調べたいの」
映っていたのは、一枚の写真だった。
暗い場所で撮られたのか、画質はひどく荒い。
どこかの駅のホームらしい。
時刻は夜。
人影もほとんどない。
そんなホームの端に、一人の女の子が立っている。
黒く長い髪。
細い手足。
こちらに背を向けているため、顔は見えない。
けれど。
僕は一瞬で分かった。
「……美鈴?」
加奈は答えなかった。
代わりに、写真を拡大する。
ホームに設置された電光掲示板が見えた。
そこに表示されていた日付を見て、僕は眉をひそめる。
「……なんだよ、これ」
ありえない。
美鈴がデビューしたのは三年前だ。
僕が彼女を知ったのも、その頃だった。
なのに。
写真の日付は――
二〇〇六年八月十一日。
今から、二十年前だった。
「ねえ、お兄ちゃん」
加奈が言った。
さっきまでのふざけた声ではなかった。
「美鈴ちゃんって、本当に人間なの?」
テレビから歓声が上がった。
反射的に画面を見る。
歌い終えた美鈴が、カメラに向かって微笑んでいる。
いつもの完璧な笑顔。
けれど、その瞬間。
なぜだろう。
僕には彼女が――
こちらを見ているように思えた。




