43. ジェフールの証言
サーキニアの南西部から帝都までは、長い道のりだった。
サーキニアを北上して大公国を経由し、旧王国を抜けて帝都へ。遮断箱を載せた荷馬車の速度に合わせて進んだため、通常よりも時間がかかった。途中、箱の状態をカウラが毎朝確認した。魔法陣の光が安定していることを確かめ、異常がないことを俺に報告した。
二十日近くかかった。
帝都に着いたのは、秋の初めの風が吹く頃だった。
皇宮に入り、遮断箱は、地下の封印庫に運び込まれた。封印庫は、皇宮の最深部にある。厚い石壁に囲まれ、複数の魔法陣が重ねて刻まれた、帝国で最も安全な保管場所だった。
カウラが、封印庫の中で、遮断箱から球体を取り出し、封印庫専用の台座に据え直した。
「これで、完全に封印されたわ」カウラは言った。顔に疲労があったが、目は満足げだった。「封印庫の魔法陣が機能している限り、この球体が目を覚ますことはない」
「ご苦労だった」
「褒めてくれるの。嬉しいわ」
「事実を述べただけだ」
「それが、一番嬉しいのよ」
カウラは少し笑った。
封印庫の処理を終えた翌日、俺はエルザ陛下に拝謁した。
前回と同じ、北の窓のある部屋だった。
陛下は立っていた。窓辺に寄り、旧魔王領の方角を見ていた。俺が入ると、振り返った。
「戻ったか」
「はい。遮断箱は、封印庫に納めました」
「カウラの仕事は」
「見事でした。ダークス家の名に恥じない働きです」
「そうか。あの娘の祖父にも、伝えておこう」
陛下は卓に着いた。俺も座った。
「では、通信で書けなかった部分を、聞かせろ」
俺は、全てを話した。
ロドの書き置きのこと。ジェフールの名が記されていたこと。増幅器が旧魔王領から持ち出され、サーキニアのダンジョンに据えられたこと。コーレン家の末端の者が、ジェフールの指示と信じて、独自に動いた可能性があること。
陛下は黙って聞いていた。
話し終えると、陛下は少し考えてから言った。
「ジェフール本人は、暴走を意図していなかった、と」
「魔法具では、そう判定されます。ただし、まだ直接確認を取っていません。ガレダ町に戻り、ジェフールに会う必要があります」
「行くつもりか」
「はい。陛下のお許しをいただければ」
「行け」陛下は言った。「ただし、確認を取った結果は、直接、私に報告しろ。通信ではなく」
「承知いたしました」
「それと」陛下は少し、声を落とした。「ジェフールの処遇については、スロックとも協議する。お前が確認を取ってからだ。急ぐな」
「はい」
「ザックロード」
「はい」
「お前は、よくやっている」
俺は深く頭を下げた。
帝都を発ち、北中央街道を北上した。
今度は一人だった。カウラは帝都に残り、ダークス家への報告と休養に充てた。精鋭たちも、帝都の青の団の宿営地に戻した。
俺は馬を飛ばした。身軽だった。遮断箱もなく、隊列もなく、ただ一人と一頭の旅だった。
ガレダ町に着いたのは、帝都を発ってから六日後の昼過ぎだった。
ハルムの監視塔に、まず顔を出した。
「アモス殿」ハルムは少し、驚いた顔をした。「もうお戻りですか」
「ジェフールに、確認を取りに来ました。彼は、まだ町に」
「おります。『狐の宿』から、動いていません」
「わかりました。ジェフールに会ってきます」
「承知いたしました」
俺は監視塔を出て、「狐の宿」に向かった。
宿の食堂に入ると、見覚えのある姿があった。
ジェフールが、窓際の卓で、手帳に何かを書き込んでいた。あの時と同じ姿だった。何も変わっていなかった。
俺が入ると、ジェフールは顔を上げた。
「アモス殿」
穏やかな目だった。
「お戻りでしたか」
「ああ。少し、話がある」
「お座りください」
俺はジェフールの向かいに座った。宿の主人に茶を頼んだ。
茶が来るまで、俺は黙っていた。ジェフールも、黙っていた。
茶が来た。俺は一口飲んだ。
「ジェフール」俺は言った。敬称をつけなかった。
ジェフールの目が、少し動いた。俺が敬称を外したことに、気づいた。
「はい」
「サーキニアのダンジョンで、暴走が起きた」
「聞いています。町にも、噂が流れてきました」
「暴走の原因は、魔力の増幅器だった。魔王の遺物だ」
ジェフールの手が、茶器の上で、少し止まった。
「その増幅器は、外から持ち込まれたものだった。台座の裏に、書き置きがあった。ロドという名の者が、ジェフール様へ、と書いていた」
ジェフールの顔から、穏やかさが消えた。
驚きだった。
俺は石を取り出した。
「魔法具を使わせてもらう」
ジェフールは黙って頷いた。
「ロドに、魔力の増幅器を、サーキニアのダンジョンに据えるよう、指示したか」
「いいえ」ジェフールは言った。「していません」
石は揺れなかった。
「ロドに、増幅器を渡したことは、あるか」
ジェフールは少し、間を置いた。
「あります」
石は揺れなかった。
「何のために」
「保管を頼みました。倉庫の中に、他の遺物と一緒に、保管するように、と」
石は揺れなかった。
「増幅器が何をするものか、ロドに説明したか」
「いいえ」ジェフールは静かに言った。「増幅器の機能については、私自身も、完全には理解しておりませんでした。古い記録には、魔力を増幅する装置としか記されていなかった。それを特定の場所に据えた場合に何が起きるかまでは、記録になかった」
石は揺れなかった。
「ロドが、独自の判断で、増幅器をダンジョンに持ち込んだ可能性は」
「あります」ジェフールは言った。声が、低くなっていた。「ロドは、コーレン家への恩義を果たしたがっていた。私に認められたい、という気持ちが強い男でした。私が増幅器に関心を示していたことを、彼なりに解釈して、自分の判断で動いた可能性は、否定できません」
石は揺れなかった。
俺は石を仕舞った。
「ジェフール」
「はい」
「お前が、意図的に暴走を引き起こしたのではないことは、わかった。しかし、お前が集めた遺物が、お前の管理を離れて、数百人の避難民を出し、兵士の命を危険に晒した。その結果について、お前は責任を負う」
ジェフールは長く、黙っていた。
窓の外で、ガレダ町の日常の音が聞こえていた。馬車の車輪、子供の声、商人の呼び声。何も知らない人々の、いつもの暮らし。
「承知しております」ジェフールはやがて言った。「アモス殿。私は、知識を追い求めるあまり、手元のものを管理する目を、疎かにしていました。ロドに増幅器を預けたとき、あれが何をするか、もっと慎重に考えるべきでした」
「お前の処遇は、帝国が判断する。俺が判断する範囲を越えている」
「わかっております」
「ただし、一つだけ、俺の判断で言えることがある」
「何でしょうか」
「魔法の契約は、有効のままだ。お前が封印文書の内容を口外しない限り、お前の自由を、不当に制限するつもりはない。それは、俺が誓ったことだ」
ジェフールは少し、目を伏せた。
「ありがとうございます」
俺は茶を飲み干した。
立ち上がった。
「ロドの身柄は、ハルム塔長に確保を依頼する。お前自身は、ここにいるか」
「ここにおります。どこへも行きません」
「ああ。前にも、同じことを言っていたな」
「同じことしか、言えないのです」
ジェフールは少し笑った。穏やかな笑い方だった。しかし、その笑い方の奥に、以前はなかったものがあった。
後悔だった。
俺は宿を出た。




