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第三話 聖女アネモネ

『まあ、聖女様とラファエル様がご一緒におられるわ』 

『神に愛された御二方が揃われると何て神々しいのかしら?』

『ラファエル様はあんなにも人々の心を捉えるほどお美しくお優しいのに…。

 もしあの御方がご病気でなければ、王族としてどんな輝かしい道を歩まれたことでしょう…』

『いいえ、きっと神はあの方が無垢であられることをお望みなのよ…。神の愛し子であるラファエル様に、余計な俗世の憂いなど必要ないことなのだから…』

『ご覧になって…何て幸せそうに微笑まれているのかしら…。ラファエル様は聖女様とご一緒の時が一番お幸せなのね…眼福だわ…』




 春の暖かい日差しの中、花々が咲き誇る教会の中庭で仲良くお茶をする聖女アネモネと第二王子ラファエル。

 神に愛された二人を額縁に収めたようなこの光景を見ることが、規律の厳しい教会でシスター達に許された数少ない娯楽の1つであった。




「アネモネさま、あっち〜!!あっちのほうにきれいなチョウチョがいるよ!!

 いっしょにきて〜!!」

 ラファエルに引っ張られて、アネモネはシスター達から少し離れた花園へと向かう。

 それを微笑ましい目で見守るシスター達。




 蝶を追いかけ、シスター達の目が届かなくなったところで、アネモネは少し立ち止まった。


「アネモネさま、どうしたの?

 チョウチョがいるのはこっちだよ!!」


 突然止まってしまったアネモネの手を不満そうに引っ張るラファエルの目をじっと見つめ…アネモネは尋ねた。


「ラファエル様はどうしてそんな幼子のような()()をされているの?」


 その問いは疑念ではなく確信であった。


「……聖女様は気づいていたんだ…。

 たぶん家族でさえ気づいていないのに…。

 聖女様は真実を見る目を持っているからかな〜?」

 そう微笑んで返すラファエルの顔は、相変わらず宗教画に描かれた天使のように美しいけれど…

 その表情はもう無垢な子供のものではなく、思慮深さを感じさせる年齢相応のものだった…。

 敵か味方か見定めるようなラファエルの鋭い視線をいなすように、アネモネは砕けた表情で答えた。


「そんな大層なものではありません。

 ただ…孤児院で弟や子供達に囲まれて育った私から見ると、本物の幼子とラファエル様では興味を示す時に見せる表情が異なるのです」


「そうか…家族は騙せても、沢山の子供達を見て育ったアネモネ様は騙せなかったか…」

 アネモネに敵意がないと悟ったラファエルは、悪びれた様子もなくそう呟くと花園に屈み込み、近くに咲いた薔薇の花をいたずらに手折った。

 きっと少し離れたところに立つシスター達には、ラファエルの興味が今度は美しい花に移ったように見えることだろう…。


「痛っ…」

 適当に手折るから、失敗して薔薇のトゲが刺さったようだ。


「貸してください」

 アネモネがラファエルの手を包み治癒の魔法をかけると、傷はあっという間になくなった。


「ありがとう。聖女様がいるからケガをしても安心だね。

 ほら…またシスター達が僕達を見て何か噂している。聖女様も手を振ってあげて」

 ラファエルは傷1つなくなった綺麗な手を上げると、いつもの()使()()()()でシスター達に向かって大きく手を振った。

 シスター達も嬉しそうに振り返している。

 その光景は、まるで子供を見守る母親のようだ…。


 〜・〜・〜・〜・〜


 アネモネは両親の顔をハッキリとは覚えていない。ただ兄妹がやたらと多かったことは覚えている。

 兄達はある程度成長すると農家に売りに出され、両親はそれによって収入を得ていた。

 いつも飲んでばかりの父親は、酔っぱらうと母や子供達に手を挙げることもしばしばで…

 母は小さな人だった…。今思えば、ろくに食べていないのに妊娠ばかりして、栄養が足りていなかったのかもしれない…。

 家で内職をしていたが、身重だったり、小さな赤子の世話で外に働きに行くことは難しかったのだろう…。

 アネモネは唯一の女の子ということで兄達より大切に扱われた。それは決して娘が可愛いからなんて理由ではなく、女子ならある程度成長したら娼館に売り飛ばして兄達よりも高く売れるだろうという打算の元であった。

 それが大きく変わったのは、妹が生まれたことによる。

 妹は幼いながらも、とても美しい顔をしていた。両親は妹を高く売りつけるために、更に美しさを磨いて育てようとお金をかけた。

 そのためにはアネモネや弟のノルンを育てるために掛かる費用が足りなくなり、結果二人は…捨てられた。


 孤児院では最低限の食事で朝から晩まで働かされ、泥のように眠り、また朝早くから働かされる。けれど、それは実家にいる時と変わらなかったので、父親に暴力を振るわれないだけ孤児院の方がマシだったかもしれない…。




 アネモネに突然、聖魔法が開眼したのは思い掛けない事故が原因だった。


 孤児院で頼まれて、市場に買い出しに行った時に、それは起こった…。

 いつもはシスターだけで行くのだが、その時はシスターアンジェラが腰を痛めてしまい、アネモネとノルンも荷物持ちに付き合うことになった。

 大きな荷物を抱え、市場の中をゆっくり歩いていたところに、突然暴走した馬が突っ込んで来たのだ…。

 馬に乗っていたのは、明らかに裕福そうな貴族の若者だった。平民なんて蹴散らしても何とも思わないような…。


 弟のノルンはみんなが食べる大切な小麦の袋を抱えていたため、とっさに避けることが出来なかった…。そして…そのまま馬の前脚に蹴られ…


 かなりの衝撃があったはずなのに、馬に乗った若者は、ノルンに何の気もとめることなく、そのまま馬で駆け去って行った。


 アネモネが駆け寄った時には、ノルンは頭から血を流し、もうピクリとも動かない状態であった…。


 そんなノルンを見たアネモネは


『唯一の家族を、()()()()をたとえ私の命に替えても助けてください…』


 と神に祈った。アネモネにとっては、一緒に苦楽を共にしてきたノルンだけが自分の本当の家族だったから…。

 そんなアネモネの強い願いを聞き届けた神は、アネモネに治癒の力を授けた。

 そのおかげでノルンは、奇跡的に命を取り留めることができた。後遺症で歩けなくなったため、アネモネと一緒に教会に引き取られることになり、結果彼女を教会に縛りつける楔となったけれど…


 貧しく、権力もなく、何の抗う知恵も持たない二人は、ただ大人達に言われるままに動くしかなかった。


 聖女と認められたアネモネは、マナーや教養を身につけるために王立学園に通うことになる。

 そこでは信じられないことに王太子や高位貴族の人達が、自分を恭しく扱い世話をしてくれた。それを面白く思わない他の貴族の人達に嫌がらせをされたりもしたけれど…

 アネモネにそんなものを気にしている余裕などなかった。少しでも知識を身につけ、弟と自分を守るための力を手にしなくてはならないのだから…



 〜・〜・〜・〜・〜



「ラファエル様はいつまでそのような()()を続けるつもりですか?」


 学園でよく学び王侯貴族と語り、世界の情勢や国内の動きが分かるようになったアネモネには、ラファエルの微妙な立場、何故幼子のフリをしていたのか…少し事情が分かるようになった…。

 けれど…ラファエルの従姉妹が王太子(異母兄)に嫁ぎ、世継ぎの王子も生まれた今となっては、普通の王子に戻っても構わないはず…。


「確かに、兄上のところに後継ぎが生まれた今、使()()()()()()()()()()()でいる必要はないのかもしれませんが…この方が楽なのですよ。

 誰にも何も求められず…  

 聖職者として、聖女である貴方の側にずっといられる今が…」


「でも…聖職者は一生結婚できません…。

 俗世に戻れば、美しく高貴な妻も…きっと可愛い子供達にも恵まれるでしょうに…」


 神に仕える聖女や聖職者は一生独身を貫かなければならない。

 アネモネは聖女として選ばれた時点で、その未来は神に捧げられるものと決まったが…

 ラファエルには、まだ選ぶことができる…。


「結婚などしなくても良いのです。

 政略で決められた妻と結婚して、子供を持つことが必ずしも幸せとは限りません。

 私はただ…本当に愛しい方と一緒に穏やかに時を過ごせれば…それだけで十分幸せです」




 一生孤独に、人々に癒しを与え続けるだけの存在となるはずだったアネモネの人生に追加された美しい神父とのお茶の時間は、アネモネがその生涯を終えるまで続けられた。

お読みいただきありがとうございます。


【補足】

このお話はもちろんオリジナルの世界です。

お話の中では基本、聖女や聖職者は一生婚姻せず、清らかなままでいなくてはなりません。

なので…公爵令嬢デルフィーヌが聖女と王太子の仲を疑ったのは、この世界の人にとってはあり得ない事なのですが、自分に自身がなく、疑心暗鬼に陥りやすいデルフィーヌを誤誘導した悪魔がおります。天使のようなあどけない笑顔をした悪魔です。 


ベラーノのみ少し宗教観が異なり、為政者でもある聖女の血を残すため、聖女を中心とした一妻多夫を行う国です。

夫となる者は聖女の一族から選ばれ、より聖女の血を濃く保つことが望まれます。

だから完全な政略結婚、義務のための子作り…

自身の母を見て育ったアネモネは、『ベラーノの聖女でなくて良かった…』と心から思っています。

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