散文詩『平和を下さい』
平和を下さい
お母さん。
なあに?
あのどかんっていう大きな音は何? どうしてずしんって部屋がゆれるの?
これは空襲よ。戦争がとうとう私たちの町にも来たのよ。このシェルターにいれば安全よ、たぶんね。
すごく怖いよ。お願い、ぎゅっとしていて。お父さんはどこ?
お父さんは戦場よ。あなたは眠っていなさい。子守唄を歌ってあげるから。
眠れないよ。お母さんの歌は大好きだけど、今は聞きたくない。
テレビを見る? 絵本がいいかしら。
どっちも今は楽しくないの。こんなせまくて暗い場所は嫌だよ。ウーウーうるさいスピーカーを止めて!
私も嫌だし、止めてあげたいけれど、無理なの。これは戦争だから。
戦争が終われば鳴りやむの?
そうよ。
じゃあ、戦争をやめてよ。
そうしたいけど、難しいわ。みんな戦争なんてなくしたい。でも、なくならないのよ。
どうして戦争がなくならないの?
戦争をしたい人がいるからよ。そういう人たちが始めて、続けているの。お父さんはそういう人たちと戦っているのよ。平和を守るために。
平和を守るために戦うの? なんかおかしくない?
戦争を好む人たちを倒さないと、平和はやってこないのよ。
なぜ戦争を望む人がいるの?
人を傷つけ、不幸にし、苦しめても自分が得をしたい人がいるの。泥棒や強盗と同じよ。
そんな恐い人がいるの?
自分が他の人の苦しみや悲しみの原因になっても、残念やみじめに感じずに、平気で笑っていられる人たちなのよ。人をだまし、裏切り、踏みにじることが、したたかさだと思い込んでいるの。
それは本当に人間なの? 悪魔じゃなくて?
いいえ、人間よ。残念ながらね。自分の国は大勢を殺してたくさん奪ったから強くて偉大だといばるのよ。
戦争をして人を殺す国が偉大なの?
戦争はもちろん、病気やけがでも、犯罪やその罰であっても、寿命が来る前に亡くなる人が少ない国ほどよい国だわ。でも、その反対のことをする人がいるのよ。
そういう人は嫌われないの?
嫌われるわ。
じゃあ、どうしてそんなことをするの? 嫌われても平気なの?
嫌われるのを、自分が強いからみんなに畏れられているのだと勘違いしているのよ。
嫌われたら寂しくないの?
寂しいから、一層いばって、他の人が自分を仲間はずれにできないようにするの。その力を利用したい人や、さからえない弱い人たちが付き合ってくれるのよ。
お母さんはそういういばっている人が怖くないの?
怖いより、かわいそうだと思うわね。私はやさしくて人を怖がらせない人が好きだわ。あなたやお父さんみたいに。
あたしも怖い人嫌い! やさしい人が好き!
怖がられて喜ぶ人は、人をおどしたり弱みをにぎったりして従わせないと安心できないの。人を信じることを怖がっているのね。だから、人々の笑顔を見ても裏を疑って喜べない。信じ合い許し合うよりも、疑い、憎み、殺し合っている方が自然だと思っているんだわ。だから戦争を起こすのね。
神様はそういう人を罰しないの?
しないわ。
戦争はしていいことなの? こんなに怖いのに。
戦争はだめよ。絶対にだめ。攻撃されて、武器を取らないのは自分から死を選ぶのと同じになったら仕方がない場合もあるけど、そうでないならしてはいけないの。理由があればしてもいいと言い張る人たちが戦争を始めるのよ。
神様はなぜそういう人たちを許しているの? 戦争をさせたいの?
どちらを選ぶか人間にまかせているのよ。人間が本当にかしこくなれるか、試しているのかも知れないわ。
かしこくなれば戦争は終わるの? かしこいってどういうこと?
何が本当に大切か分かっていること。そしてそれを守れることよ。
お母さんは何が一番大切だと思うの?
自分と自分の大切な人たちが毎日を心からの笑顔で過ごせること。あなたと私とお父さんと、近所の方々やこの国の人たちがみんな、お互いを信じ合い、認め合っていることよ。それ以上に幸せなことはこの世にないことに、人間はいつ気付くのかしら。そのために必要な第一歩が、戦争がなくて平和なことなのに。
そうなんだ。じゃあ、どうすれば平和になるの?
祈ることよ。自分の気持ちを確かめるために。
祈ればいいの?
そうよ。次に言葉に出して他の人に伝えるの。戦争は嫌いだ、平和を望んでいるってね。
大砲に負けないくらい、大声で言うよ!
そうして、失いたくない大切な人を持つこと。家族に囲まれ、恋人とめぐり会い、友人を増やすこと。他の人の大切な人や大切なものを、お互いに大切にし合うこと。みんながそうすれば、戦争を起こしたくてもできなくなるわ。あなたはできるかしら。
うーん、頑張ってみる。
いい子ね。あなたが幸せに向かって頑張れる日々を作ることが、私たち大人の役割だわ。お父さんはそのために戦っているのよ。お母さんもあなたを全力で守るわ。
あたしのために頑張ってくれていたの? ありがとう、お父さん、お母さん。
お礼を言うのは私の方だわ。あなたがいるから私たちは頑張れる。あなたを守ることが私たちの幸せを守ることなの。
そうなの?
そうよ。だから、この戦いには負けられない。あきらめてしまったら、あなたたちにも私たちにも、不幸と悲しみと苦しみが押し寄せてくるのだから。
悲しいのはいやかも。
きっとそうはならないわ。だから、もう寝なさい。明日のために。必ず守るから。嫌な音から耳をふさいでいてあげる。
うん、お母さんも寝てね。
ええ。あなたが眠って、空襲が終わったら、私も休むわ。
さあ、一緒に祈りましょう。
神様、平和を下さい。
この子と、私たちと、この国に。
誰も不当に傷付かず、死なず、苦しまずにすむ、
おだやかな暮らしを。
自分の幸せを追い求められる、自由と余裕を。
不満や不便があってもいい。
少しくらいの理不尽は我慢します。
ですから、せめて、おびえずに生きられる世界を下さい。
この子を不安なく眠らせてやりたいのです。
明日が少しでも平和に近付いていますように。
神様、あたしも平和がほしいです。
戦争を止めてください。
お父さんとお母さんを守ってください。
近所の人も、国中の人たちも死なせないでください。
私のことも最後でいいからお願いします。
神様でなくてもいいです。
ウサギ様でも、カラス様でも、ミミズ様でもかまいません。
もちろん人間様でも。
どうか頼みます。
お母さんの言うことをよく聞いて、いい子にしていますから。
明日目が覚めたら、みんなに笑顔が戻っていますように。
おやすみなさい。




