10・クスノキ アリサ
<夕陽から眼球を守る会>の会員たちは、あまり自分の過去について話したがらない。
それぞれに何かしらの事情があるだのろうし、あえてそれらのことについて詮索をする者もいなかった。
ただし<ゆうひ会>の広報係である、楠木 亜理紗については、いろいろな噂が流れている。
クスノキさんは現在27歳ということだが、実際にはもっと若々しい外見で、派手な化粧と服装が特徴的な女性だ。
女性向けのファッション誌に載っていてもおかしくないほどの魅力的な顔とスタイルで、“広報係”という目立つ立場にいることもあり、彼女をまるで教祖のように信奉している女性会員も多く存在する。
噂については、元中学校教師だとか、元キャバクラ嬢だとか、黒社会の中で生きていた、などといったようなことが会員たちのあいだでまことしやかに囁かれている。
クスノキさん本人も、そういった噂が<ゆうひ会>のあいだで流れていることについては知っているらしいが、まったく意に介していないようだった。
そんな噂をされるということは、それだけみんなが自分に注目しているということだから、むしろ「ありがたい」とさえ言っているらしい。
ひょっとすると会員の中には彼女のアンチがいるのかもしれないが、いまのところそんな話は聞いたことがなかった。
会員のほとんどは、<ゆうひメルマガ>を配信しているクスノキさんに好意を抱いていて、何人もの男性会員が彼女に交際を申し込んでいた。
いまのところは特定の男性と付き合ったりはしていないようで、「恋人がいない楠木 亜理紗」という人物像をあえて作り上げているようにも思えた。
その効果は目覚ましく、「いつかアリサを自分のモノにしたい」と考えている男たちはクスノキさんに良いように利用されていた。
わたしからすればそれはまさに「狡猾な女王蟻」のように見え、男性会員からも女性会員からも信奉される、巨大な<クスノキ派閥>を形成しているようだった。
彼女の恐るべき一面はこれだけではない。
定期的に開催されている<ゆうひ会>の会合は、基本的に参加費が無料となっていて、これに参加する会員たちは交通費だけを負担すれば良い。
また、<ゆうひ会館>は宿泊施設を併設しており、宿泊する場合は会員割引になるため、近隣のホテルなどよりもずいぶんと安く泊まることができる。
会合のプログラムの中にあるクスノキさん主催の「スイーツパーティ」や「ディナーパーティ」は、<ゆうひ会>の経費で賄われており、日本の各地から多くの会員が集まる<ゆうひ会館>の会場では、それらの会員を対象にした“物販事業”が行われていた。
この物販もクスノキさんが取り仕切っており、国内外から衣料品や服飾雑貨、アンティーク家具などが取り寄せられ、会場で販売されている。
とくにファッションに関する商品は「クスノキ・アイテム」と呼ばれ、洋服、バッグ、アクセサリーなどが女性会員たちに飛ぶように売れているのだという。
これらはインターネット上でも販売され、<ゆうひ会>の会員だけでなく一般客からも多くの支持を得ているらしい。
このクスノキさんの手腕による売上が、<夕陽から眼球を守る会>の全体収益の3分の1を占めるほどの大きいものとなっていて、そういった経済的な面でもクスノキさんは組織の中で重要視されていた。
クスノキさんは狼さんとも仲が良い。
狼さんは会員としての経歴が長いようで、クスノキさんとは昔から交流があるのだという。
クスノキさんは狼さんのことを、まるで自分の妹のように「夏帆」と呼び、狼さんはクスノキさんを「アリサ」の「サ」だけを省略して「アリちゃん」と呼んでいる。
まるで“女王蟻”のイメージをそのままニックネームにしたようなおもしろさがあり、わたしもクスノキさんのことを「アリちゃん」と呼ばせてもらっている。
狼さんはあまり家族のことについては語らないが、実の姉である春菜さんのことだけはよく話題にしていた。
姉のことをかなり慕っているようだった。
だがその春菜さんも結婚して仙台に移住してしまったため、狼さんは寂しさのあまりクスノキさんのことを姉の代わりのように想っているのだろう。
狼さんがわたしのことを「マブダチ」と言って慕ってくれているのも、そんな寂しさが要因となっているのかもしれない。
――秘密結社・夕陽から眼球を守る会 会員 新田 直




