『切れなかったもの』
すべてを切り分ければ、
きっと綺麗に終わる。
でも――
切り分けきれなかったものだけが、
あとに残る。
森は、静かになっている。
戦いの気配は消え、残っているのはわずかな歪みだけ。
クチナシたちは歩き出している。
ネリネも、遅れて続く。
アスモデウスは、その少し後ろ。
距離を保ったまま、同じ方向へ進んでいる。
ナベリウスはスコップを肩に担ぎ、ぶつぶつ言う。
「おれっち、完全に壁役だったんだけどな……」
ヴァレフォルはランタンを抱え、周囲を照らす。
「……も、もう……だいじょぶ……だよね……」
そのとき。
頭上で、黒い影がひらりと揺れた。
「ケケケ。終わった終わった」
軽い声。
ナベリウスが顔を上げる。
「……あ? お前、まだいたのかよ」
枝の影。
ムルムルが逆さにぶら下がっている。
くるりと体を起こし、そのまま羽ばたく。
地面には降りない。
空中で、ふわりと揺れる。
ヴァレフォルがびくっとする。
「……い、いた……」
ムルムルは気にしない。
全員を見渡す。
「いやぁ、おたくらさぁ」
ケケケ、と笑う。
「ちゃんと残す方、選ぶんだねぇ」
ナベリウスが眉をひそめる。
「……なんだその言い方」
「べつに? おいらは見れりゃなんでもいいし」
クチナシが聞く。
「…どこ行くの?」
ムルムルはくるりと一回転する。
「んー?」
一拍。
「迷子は迷子らしく、どっか行くんだよ」
「答えになってねぇだろ」
ナベリウスが呆れる。
ヴァレフォルが小さく言う。
「……ひ、とりで……だいじょぶ……だよね……?」
ムルムルはちらっと見る。
「だいじょぶだって。おいら、慣れてるからさ」
ネリネが顔を上げる。
はっきりと、不機嫌。
「……勝手に見て、勝手に帰るのね」
刺すように言う。
ムルムルは一瞬だけ止まり――すぐに笑う。
「ケケケ。そういう役だからねぇ」
軽く返す。
アスモデウスが、わずかに目を細める。
「……観測は終わり?」
ムルムルがそっちを見る。
一拍。
「さぁねぇ」
にやっとする。
「おいらが決めることじゃないし」
含みを残す。
それで十分。
「ケケケ。じゃあね、おたくら」
そのまま、体を反転させる。
羽ばたく。
上へ。
森の暗い方へ。
ナベリウスが叫ぶ。
「おい! 結局どこ行くんだよ!」
ムルムルは振り返らない。
「そのへんそのへん。迷子だからねぇ」
ケケケ、と笑う。
次の瞬間。
ムルムルの輪郭が崩れる。
黒が裂ける。
無数の小さな蝙蝠に分かれる。
森の闇へ散る。
ナベリウスが舌打ちする。
「……なんなんだよ、あいつ」
ヴァレフォルはランタンを握り直す。
「……い、いなくなっちゃった……」
クチナシはもう前を向いている。
ネリネも続く。
アスモデウスも。
誰も追わない。
黒い蝙蝠たちは、森の奥へ消えていく。
⸻
影から影へ。
枝の間を抜ける。
やがて、黒い花びらが落ちている場所へ辿り着く。
黒い傘。
ナアマが立っている。
最初から、そこにいたように。
散っていた蝙蝠たちが集まる。
一つに重なる。
ムルムルの形へ戻る。
「ただいま、ナアマ様」
軽く言う。
ナアマは目を伏せる。
「おかえりなさい」
「見てきたよ。ケケケ。ぐちゃぐちゃだった」
一拍。
「でも、切れなかった」
ナアマは微かに笑う。
「そう」
ムルムルは宙で揺れる。
「記憶でもない、契約でもない、ちゃんと揃ってもない」
一拍。
「なのに残った」
ナアマは遠くを見る。
「ええ」
黒い花びらが落ちる。
「そういうものほど、残るのよ」
ムルムルが笑う。
「変なの」
「そうね」
「でも、そういうの好きでしょ」
ナアマは答えない。
ただ、微笑む。
「次は?」
「壊れる前の場所よ」
黒い花びらが舞う。
ムルムルはその影に潜る。
「またそれかぁ。ケケケ」
黒い傘が閉じる。
二人の姿が、森の影に溶ける。
壊れなかったわけじゃない。
揃っていたわけでもない。
それでも――
切れなかったものだけが、
静かに残り続ける。




